二十三話
放課後、俺は下校する学生や主婦達と一緒に電車に揺られている。
天ヶ原さんの家はここから五駅先にある。こんなに遠いのにいつもお弁当を作ってくれたり家まで迎えに来てくれていたんだなと改めて思い胸が締め付けられる。
早く天ヶ原さんに会いたい。会って話しをしないと。
電車から降りて暫く歩く。住宅街に入り、小学生くらいの子供が道路で遊んでいた。
俺はそんな中幾分歩くと「鈴木」や「田中」などありきたりと表現すると失礼かもしれないが一般的な苗字が並ぶなか一際目立つ「天ヶ原」の表札がある。
俺はそこで立ち止まり家全体を見た。家は二階建ての一軒家で車が二つ止められる駐車場と庭が見える中々立派な家だ。
俺はインターホンを鳴らすべく指を伸ばすが、緊張から指が振るえ上手く押せない。
もし、天ヶ原さんの親父とかが出たら俺殺されるかもとか天ヶ原さんに会えても素っ気ない態度を取られて終わったらどうしようだとか色々不安がよぎってしまう。
しかし、ここで怖気づいていては駄目だ。ここまで来るのに俺は時間がかかってしまった。だが皆に応援してもらってようやく着たんだ。
皆に応える為にも。自分の為にも。そして天ヶ原さんの為にも勇気を振り絞らなくては!
「おらぁ!」
俺は気合の雄たけびをあげインターホンを思い切り指で押した。すると当然その指はインターホンと俺の力に挟まれる形になり、物理やらで習った何とかの法則というやつで。
「ぐわああ痛ぇえええ!」
俺が痛みに叫んだ。それと同時にインターホンのチャイムが鳴る。
ふぅ、やっと押せたな。やれば出来るじゃん。俺。とか考えている余裕がなく俺は蹲ってギンギンと痛む指を押さえた。これ折れてないよね? 大丈夫だよね?
俺が悶絶していると家からはドタドタと人が向かってくる足音が聞こえてくる。
そして。
「はーい。どちら様ですか……ってルシフェール様!?」
聞き慣れた声、そして聞きたかった声とともに姿を現した天ヶ原さん。約三週間振りの感動の再会の筈だったのだが。俺って本当に格好悪いな。
「どうなされたんですか!? 何処か怪我したんですか!?」
天ヶ原さんは心配そうな表情で俺に駆け寄ってきた。俺は痛みに我慢して立ち上がる。
「い、いや。大丈夫だから。超平気だから。うん」
「そうですか。それならよかったです」
天ヶ原さんはホッと胸を撫で下ろす。その仕草が何だか妙に愛おしかった。俺はやはり彼女のことが好きなんだろうと再確認する。
そこからは二人何と話せばいいのか分からず、気まずい雰囲気が漂う。
おい俺、しっかりしろ。何のためにここまで着たんだ。
俺は勇気の種火を燃やしてから。
「ひ、久しぶりだね。元気だった?」
なるべく明るい表情を作って話しかけてみたが彼女は俯いてしまった。
そりゃそうだ。俺が原因作ったのに元気だったって聞くのは無神経過ぎる。俺ってほんと馬鹿。燃やした種火がグングン収縮していくのを感じたがここで終わるわけにはいかない。もう一度心を奮わせて。
「今日はプリント届けにきたんだ。はい、これ」
俺は鞄から紙封筒を取り出し、彼女に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
彼女は俺にペコリと頭を下げた。しかし頭を上げても顔は俯いたままだ。
そしてまたも沈黙が続く。この沈黙が俺達二人の距離を表しているようで、天ヶ原さんはこんなに近くにいるのに、どこまでも遠い存在に感じた。
もう今日は駄目だな。今度またチャンスが巡ってくるのを待って大人しく帰ろう。
――って前の俺なら思うんだろうな。
俺は一歩彼女の方へ足を踏み出した。
散々迷って悩んでやっと掴んだチャンスなんだ。これを逃す訳にはいかない。
俺は皆に背中を押してもらった。後は自分の足で彼女のところまで行くだけだ。
それが例え、どんなに遠くても。彼女が俺のことを待っていなくても。
進まなきゃなんも変わらんねぇ!
「あ、天ヶ原さんっ!」
俺は彼女の名前を叫んだ。住宅街で大声を出すのは迷惑かもしれないが今はそんなの関係ない。
「俺、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ! 言いたくて仕方がないことがあるんだ!」
俺の声にやっとこちらを向いてくれた天ヶ原さん。
彼女は困惑した顔をしていた。どうすればいいか分からない顔だ。
それでも真剣に考え込んでから。
「……分かりました。それじゃあお話の続きは私の部屋でしましょう」




