二十一話
さて、俺が天ヶ原さんのことが好きだと気づけたのはよかった。しかし問題が沢山ある。
まず、天ヶ原さんは好きなのは俺、小野 秋人ではなくルシフェールだということ。他に好きな人がいるのなら俺の恋が実ることはない。
そして俺は天ヶ原さんに酷いことを言ってしまった。そんな俺が今更謝ったって許してもらえる筈がない。そんな男から告白されても絶対に断るだろう。
最後に天ヶ原さんは学校には来ない。つまりそもそもの話彼女と話す機会自体ないのだ。
これはもう詰んでいるのではないだろうか? まだ将棋の駒を並べた段階だと言うのに。
どうすればいいか色々考えたがエロゲで得た知識だけでは現実世界の恋愛方法など思いつく筈もなく、こうして日にちだけが過ぎていっているのだ。
打開策が思いつかない俺は人の意見を聞こうと思った。しかし悲しいことに俺には悩みを打ち明ける友人は一人もいないのだ。そもそも話したことがある人間が少ない。
数少ない人脈の中で誰に相談するのがベストだろうと考えた。まず両親と國生さんは論外。コンビにやスーパーのおばちゃんも駄目だ。一番は夏美なんだろうが何時までも妹に甘えられないというお兄ちゃん的プライドがある。
となると残ったのは一人だけで。
俺は街中にあるショッピングモールで一際異様な雰囲気をかもし出している店にやってきた。
「あ、ルシファー君じゃあないか! いらっしゃい」
残った人物はこんな怪しい店の店主である伊集院さんだ。
「ど、どうも」
「いやぁもう来ないんじゃないかと思ってたから嬉しいな。今日は眷属ちゃんは一緒じゃないのかい?」
伊集院さんがキョロキョロと顔を動かし天ヶ原さんを探している。
「いや、今日はその、一人なんです。ははっ」
「そっかぁ。実はあの後二人に感化されちゃってね。取っておきのアクセサリーを入荷したんだよ。ほら見てこれ、ハートのペンダント! シルバーなのとこのハートにギザギザの亀裂が入ってるところとか格好良くないかい?」
「そ、そうですね。格好良いと思いますよ。うん」
亀裂が入ったハートとか今一番見たくないんですけど。
「それで今日はどんな物を探してるんだい? 僕丁度暇だし一緒に探してあげるよ。あ、暇なのはいつものことか」
アハハと自虐ネタを爽やかに笑う伊集院さん。正直笑い事ではないと思うのだが。よく潰れないなこの店。
そんなツッコミはどうでもよくて。
「いや、えっと今日は買い物じゃなくてちょっと相談したいことがあってですね……」
「え? 相談? 何か悩んでいることでもあるの?」
「まぁ、そんなところです……」
俺はたどたどしく言うと伊集院さんは先程からの雰囲気から変わって。
「わかったよ。ここじゃなんだしとりあえず場所変えようか」
伊集院さんがそう言って歩き始める。俺もその細い背中についていくとレジの裏にある小さな個室に案内された。
「適当に座ってていいよ。僕お菓子とお茶もって来るから」
俺は案内されたパイプ椅子に座り、伊集院さんを待った。待っている間個室を見渡してみるとテーブルの上に幾つかの資料。そしてゴミ箱と棚の他には特に何もなく店とは大分印象が違うな。
「お待たせ。はいどうぞ」
伊集院さんがマグカップに入ったコーヒーとクッキーが入ったお皿を持ってきて俺の前に置いた。
伊集院さんは俺と対面する形で座ってから。
「それじゃあ話を聞こうか。何でも言ってごらん」
「は、はい。えっと……」
少し言うのが恥ずかしいがここまで着たのだから話さなくてはいけない。
俺はなるべく簡潔にまとめて伊集院さんに言った。
天ヶ原さんが俺、小野 秋人ではなく、ルシフェールが好きなこと。それに気がついた俺が天ヶ原さんに酷いことを言ってしまったこと。そして俺が天ヶ原さんを好きになっていたこと。
全て話終えた後でつくづく俺は最低人間だと自覚する。俺に天ヶ原さんを好きになる資格なんてないだろう。伊集院さんもそう思っている筈だ。
俺は相談に乗ってほしいなんて思ってここ着たがきっと心の何処かで叱ってほしいのだ。そして諦めろと言ってほしいのだ。その方が苦しむよりよっぽど楽だから。
しかし、伊集院さんは俺の思いとは裏腹にニッコリと笑ってから。
「いやぁなんだか青春だねぇ」
「え、えっと……」
俺はその言葉に戸惑う。
今の話を聞いてどう青春だと捉えたのだろうか。青春ってのはイケてる男女が学校のイベントでワイワイやったり放課後外で遊んだりそういうことだろ? 俺のどこにそんな要素があるんだ? ボッチで顔も格好良くない。あまつさえ好きな人に最低なことをやっている俺の何処が青春なんだ?
「あの、言ってる意味が分からないんですけど」
俺は正直にそう言った。本当に意味が分からないからだ。
すると伊集院さんはコーヒーを一口啜ってから。
「好きな人の為に悩んで、苦しんで、そういうのって凄く良いと思うよ。だってそれだけ君は眷属ちゃんを思ってるってことじゃないかい?」
「でも、俺は天ヶ原さんを傷つけたんですよ。それが青春だって。凄く良いことだって言えるんですか?」
そうだ。俺は好きな人を傷つけた。それを青春の一ページだとか若気の至りだとかそんな言葉で誤魔化していいものではない。
「そうだね。君は彼女を傷つけてしまった。でもだからといってもう終わったわけじゃない」
「いや、終わったんですよ俺はもう」
もし、今後天ヶ原さんが学校に戻ってきたとして、また前のような日常を送れる筈がない。
短くて、甘酸っぱくて、楽しかった青い春の季節はもう二度とやってはこないのだ。
俺は席を立って帰ろうとした。自分の本当の居場所である薄暗い闇の中に戻ろうとした。
しかし、そんな俺を引きとめるかのように伊集院さんは口を開く。
「確かに。君達は一度終わってしまったかもしれない。だけど終わりはまた新しいことの始まりなんだよ」
「……なんですかそれ。売れないロックバンドみたいなこと言って。終わりはもう終わりなんですよ。終わった後には何も残らない」
俺の口からはそんな言葉が漏れて自嘲気味に笑った。ハッピーエンドもバットエンドもどちら終わりなんだよ。続きなんてない。俺が天ヶ原さんのことがどれだけ好きでも二人の関係はもう終わっているんだから後は長ったらしい興味のないエンドロールのような日々を送るだけだ。
しかし伊集院さんは笑うことなく、真剣に俺の顔を見て。
「違うよ。終わったならもう一度始めればいいんだ。そりゃ直ぐには無理かもしれないけどゆっくり一歩ずつ前に進めばいいんだ。君はなんだか否定的だけど本当は前に進みたいんだろ?現に君は僕のところに相談にきたんじゃないか」
伊集院さんの言葉が、俺の冷え切った心を暖めるように優しく撫でた。
もし、本当に終わりが始まりだと言うのなら俺はまた一から始められるのだろうか。もし……もし……。
「……俺は前に進めますか? 進んだ先に明るい未来はありますか?」
俺は伊集院さんに問う。俺は前に進めるのか。進んでいいのか。進んだら幸せが待っているのか。そんな思いを込めて。
それを受けた伊集院さんはタハハと笑った。
「僕には何とも言えないよ。簡単にそうだねって言うのは無責任だからね。でもきっと君達には素敵な青春が待ってる。だって初めて僕の店に着たときの君達はキラキラしてて眩しくってとっても素敵だったからね」
そう言って伊集院さんはまたコーヒーを啜る。
世の中ゲームのようにリセットは出来ない。漫画のように死に戻りも出来ない。でもまた一から始めることが出来るなら俺はもう一度始めたい。天ヶ原さんともう一度一緒になりたい。
だったらやるべきことは一つだ。
「伊集院さん。ありがとうございます。俺頑張ってみます」
俺は立ち上がって伊集院さんに頭を下げた。
「いやぁ、そんなお礼を言われることなんて僕はしてないよ。ただ少しだけ君の背中を押してあげることができたのなら僕は嬉しいな。あ、そうだ」
伊集院さんは何かを思いだしたように立ち上がり部屋から出て行く。そして戻ってくると手に何か小さな箱を持っていた。
「これあげるよ。売れ残りだけどもしかしたら何かの役に立つかもしれないからね」
そう言って俺に小箱を渡してくる。俺はそれを受け取ってポケットに入れた。
「ありがとうございます。じゃあ俺はこの辺で」
「うん。色々頑張ってね応援してるよ。次店に来るときは眷族ちゃんと一緒にね」
俺は手を振ってくる伊集院さんに会釈して部屋を後にした。
夏美に俺の気持ちを教えてもらって、伊集院さんには背中を押してもらった。後は前に進むだけだ。
ショッピングモールを出ると外はすっかり日が暮れて、オレンジ色の光が優しく街中を染めていた。




