二十話
あの日から一週間が経過した。まだ天ヶ原さんは学校へは来ない。
俺の責任でこうなってしまったのは申し訳がないと思うが、これでよかったのだ。きっとそのうちケロっとした顔で戻ってくるだろう。きっとそうに決まっている。
そう思うのも俺の願望で本当はもう学校には来ないんだろうと確信していた。
もう、天ヶ原さんに会えないのは正直寂しい。だが致し方ないことだ。こうするしかなかったんだ。俺達は。
俺は向き合いたくない現実から目を逸らすように、リビングにあるテレビに顔を移した。
この頃学校が終わったらこうしてゲームをやっている。因みに今やっているのは某世界的有名キャラクターが車やバイクに乗ってレースするやつ。
自慢じゃないが俺はオンラインにおいて結構なハイランカーである。全てのコースを頭の中にインプットし、無駄のない完璧なドリフトもマスターしている。
その証拠に俺は今最終コーナーを曲がってぶっちぎりの一位。後はこのまま走り続けるだけだ。
ふははは! 強靭! 無敵! 最強!
心の中でコーポレーション社長の名台詞を叫んでいると。
「あっ」
後方から追尾方の赤い甲羅が飛んできて俺のキャラクターにぶつかる。
数秒動けないところで二位との差が縮んだ。
しかし、まだ縮んだだけだ。他のレーサーとの差には余裕がある。ふぅビビらせやがって。
しかし。
ガツン、ガツン、ガツン。
三回連続で俺を襲う赤甲羅。ぶつかるごとに俺が使っているキャラクターが宙を舞う。
そしてどんどん追い抜かれて気がつけば五位でフィニッシュ。くそ、やってられるか!
俺はコントローラーをぶん投げて、ゲーム機の電源を切った。
なんて世の中は儚いんだろうか。栄光に浸れるのは一瞬だけだ。世の中盛者必衰なんて言葉があるが全くその通りだよ。
あれだけ栄華を誇っていた平家も滅びたし、それを滅ぼした源氏だって滅びた。身近なところで言えば一発屋芸人なんかがそうだろう。
そう、幸せな時間なんてほんの一瞬だけで終わるものなんだよ。
俺は座っていたソファーに寝転んだ。夕飯まで昼寝でもしよう。
「ただいま」
俺が瞼を閉じたところで妹の夏美が学校から帰ってきた。恐らく部活帰りだろう。陸上部の特注ジャージを身につけた彼女がリビングまでやってくると俺に視線を向けた。
「お兄ちゃん最近ずっと家に居るね。彼女さんと遊びにいかないの?」
他愛もない質問。でもそれだけでも俺の胸を締めてけるのには十分だった。
「…………もう別れたからいいんだよ」
「え? 別れたってもう? まだ付き合い始めたばっかでしょ?」
「いいんだ。つかそもそも俺は付き合ってなんかなかったんだ」
「お兄ちゃん達何かあったんでしょ?」
「だから何もなかったんだよ。初めから俺達は何もなかったの」
俺は寝返りをうってソファーの背もたれの方を向いた。もう何も聞きたくないし見たくもなかった。
するとどこからか夏美のため息が聞こえてきたかと思うと俺の方へ向かってくる足音がする。
「お兄ちゃんちょっと座って」
「なんでだよ」
「いいから。私が座りたいだけだから」
何故か何時もより強情な夏美。俺は渋々座りなおすと俺の隣にちょこんと座った。部活で汗をかいたからであろう。シーブリーズの柑橘系の香りがする。
「で、天ヶ原さんとは何があったの?」
繰り返し同じ質問をしてくる夏美。どうやら徹底的に聞き出したいらしい。いい加減真面目に答えるのも面倒になってきたので適当にあしらうか。天ヶ原さんは俺が創り出した幻覚で彼女焼くだったとか実は魔法少女でこの街を密かに守っていたが敵を殲滅し終えたのでまた次の街に行ったとか。
そう思って夏美の方を振り返る。夏美は真剣な表情でこちらを見ていた。
妹は真面目に、こんなくだらない兄貴の相談に乗ろうとしてくれているのだ。だったら俺も真面目に答えなくてはならない。
俺は息を一つ吐いてから。
「…………初めから全部俺の勘違いだったんだよ。天ヶ原さんが俺のことを好きだって。勝手に思い込んでただけ。それだけの話」
俺は簡潔にそう答えた。
そう、勘違いだったのだ。それなのに舞い上がって、ドキドキして。俺は本当に馬鹿な奴だ。一層笑ってくれ。馬鹿にしてくれ。その方が気が楽だから。
しかし、夏美の表情は変わらない。そしてゆっくりと考え込んでから。
「でも恋って初めは勘違いから起こるものでしょ?」
「え? どういうこと?」
本気で訳が分からなかった。なにこの子、急に恋愛漫画みたいなこと言い出して。漫画に憧れるのは現実がクソの奴か中二病患者だけにして欲しいんですけど。
「例えばこの子、私だけに笑顔で話してくれるなぁとか私には優しくしてくれるなぁとか。本当は誰にでもそうなのかもしれないけど。それがきっかけで会ったり話したりしたときにドキドキしたり、気がついたら目で追ってたり。その人のことを考えてたり。それで自分がこの人のことが好きなんだって気づくの」
遠くを見つめながらほんのりと頬を赤めて、何処か懐かしむように夏美は言った。
流石ガチ百合先生は言ういうことが違いますねぇ、と茶化そうとしたが確かにそうだ。中学の時に授業中消しゴムを落としてしまいそれを隣の女の子が拾ってくれることがあった。俺はその時ドキっとしたし「あれ? もしかして俺に気があるのかな?」とかも思った。まぁ結局その女の子とはそれ以来関わりがなかったのだが。
しかし、天ヶ原さんはどうだろう。俺は彼女とデートに行ったとき。一緒に歩いているだけで、クレープを食べるだけで。同じ服を着ているだけでドキドキした。毎日お弁当を作ってくれるのが嬉しかった。彼女の声を、笑顔をみているだけで心が充実した。
もし、勘違いが恋の始まりだと言うのなら。
俺は、天ヶ原さんのことが本当に好きになっていたのだ。
それは眷属だからとかちやちゃんだからではなく、一人の女性として。天ヶ原 茅耶に本気で恋をしていたのだ。
「ぐ、ぐわああああああああ!」
抑え切れなくなった感情が爆発しそれが叫び声に変わる。隣の夏美がびっくりしていたが今はそれどころではない。
俺はなんてことを言ってしまったんだ。好きな女の子を傷つけたんだぞ。その上心の篭もっていない好きとか愛してるとかも平然と言ってしまっていた。流れに任せてキスなんかもしようとしていた。
俺は本当にのびた君もびっくりなドジで間抜けで承太郎もやれやれと呆れる程の正真正銘の屑野郎だ。
だ、誰か俺を殺してくれ!
「おんぎゃああああああ!」
「お兄ちゃんどうしたの? 私何かまずいことでも言った?」
流石に心配になったのか、夏美がオロオロしながらそう言ってくる。
俺は落ち着きを取り戻そうとその場で深呼吸する。幾らかましになったところで俺は夏美の方を向いて。
「夏美。ありがとう。お兄ちゃんやっと気づいたよ。自分の気持ちってやつにさ」
俺は夏美にお礼を言った。すると彼女は「どういたしまして」と一言だけ言うと何処か嬉しそうに微笑んだ。




