十八話
俺達は駅前のファミレスに来ている。
四人がけのボックス席に俺、隣に頬を膨らませ不機嫌な天ヶ原さん。俺の向かえに俯きながら居心地が悪そうにモジモジしている國生さんがいる。
「さて、國生さん。幾つか質問があるんだけど」
俺はどこぞの面接官かグラサンの最高司令官のように手を組み両肘をついて國生さんを見つめる。
「早速直球な質問をするけど、國生さんは『きぬぽん』である。これは間違いないね?」
「…………うよ」
「え? なんて? 聞こえないんだけど?」
「だから、そうだって言ってるでしょっ!」
バンとテーブルを拳で叩き、普段の余裕で自信のある声音からは想像がつかない程声を荒げる國生さん。なんだよ急に。ビビッたじゃんか。思わず敬語で謝るところだった。
國生さんは落ち着きを取り戻すようにその艶やかな黒髪をそっと払ってから。
「……別にいいでしょ。私が趣味でやっているものだから他人にどうこう言われたくないんだけど」
「いやいやぁ。趣味って言ってもぉ。全世界におっぱいとお腹とか晒しちゃってぇ。もしかして國生さんは変態さんなんですかぁ?」
天ヶ原さんが口に手を添えてクスクスと笑いながら國生さんを煽る。なんか凄い楽しそうな顔をしているのはそっと俺の胸のうちに閉まっておこう。
とはいえ今でも信じられない。あの真面目なクール美人の國生さんが人気配信者のきぬぽんだったなんて。ということは俺は昨晩彼女の胸やお腹、生足なんかをまじまじと見ていたことになる。
俺は國生さんの全体像をもう一度見てみた。あの真面目に着こなしている制服の下にはとんでもないドスケベボディが秘められるのかぁ。
そう思うとドキドキしてきて会話する気にならなくなってきた。帰ったら配信見返そうかな。
「痛てっ」
そんなことを考えていると隣に座っている天ヶ原さんが俺の太ももをつねってくる。
「ルシフェール様、鼻の下が伸びてますけどどうかしたんですかぁ? ピノキオさんなんですかぁ?」
「い、いや。なんでもないんだ。ははっ」
女の勘というか天ヶ原さんはこういうのに本当に鋭いよな。思考を読むチートスキルでも持っているのだろうか。だったら違うこと考えよう。ええっととりあえずコーラが飲みたい。
「私ドリンクバー注いで来ますね。ルシフェール様はコーラ。この女には水でいいか」
天ヶ原さんが立ち上がり、ドリンクバーを取りに行った。……本当に通じたんですけど。
俺は驚きつつも國生さんへの質問タイムに話しを戻すべく、再び彼女に顔を向ける。
「で、話は戻すけどなんで配信なんかやってんの? なんか目的とかあるわけ?」
「目的なんかないわ。ただ楽しいからやってるだけ。そうね強いて一つだけ挙げるのなら……」
ここで彼女は一泊間を空ける。
そして頬を赤めながら。
「…………興奮するからかしら」
「えっ?」
「世界中に私の、その、は、破廉恥な姿を晒すの。そして顔も名前も分からない男達に性的な目で見られているって考えたら、はぁ……癖になっちゃって……はぁはぁ……だって考えてもみなさい。私のリスナーなんてどうせ貴方みたいな冴えない男で、いいえ。もっと醜い男ばかりだわ。きっと顔も剃らないお風呂にも入らない不潔な輩に決まってるわ。そんな人達が私をオカズにするのよ。それって凄く……んっ、興奮するじゃない?」
…………いいか。まず唐突に訳が分からないことが目の前で起こったとしよう。そんな時はこうやって手のひらに人という文字を指でなぞってだな。
俺は書いた人の文字を必死で飲み込むがこの現状は早々飲み込めたものではない。
だってこれは流石に飲み込めないでしょ。こんなの小さい子供とか老人だったら窒息死するレベルだよ。
つい先程ギャップ萌えについて考えていたがギャップが斜め上過ぎで全然萌えない。寧ろ血の気が引いた。
要するに彼女は普段澄ました顔をしているが本当はえっちな格好をして男にエロイ眼差しを向けられるのが大好きな超がつくほどの変態女だったってことか。語っているときも変な声だしてモジモジ話しやがって。
俺の中の國生さん像が一気にバラバラと崩れ落ち、目の前にいる変態にどう言葉を返せばいいのか困る。
そんな中國生さんが。
「それでこんなことを聞いて貴方はどうする気? クラスの皆に話すの? それは無理よね。貴方に話す友達なんていないもの」
ここはいつも通りの声音の國生さん。急に素に戻るの止めてもらえませんかねぇ。君の言葉は俺の心にダイレクトアタックなんだから。もう俺のライフはゼロだよ?
俺の涙目を他所に國生さんは何かを考え込んでいる様子。そして何か思いついたのかハッとした顔をしてから。
「もしかして貴方……これをネタにして私に酷いことをやろうって魂胆なんじゃあ……。エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいに!」
「いや、全然そんなこと思ってないんだけど……」
俺が否定するが國生さんは尚も。
「嘘よ。そんなイヤラシイ目つきをしてきっと今もえっちな想像をしているんでしょう?」
それは否定できないけども。
「きっと私はこれから貴方の部屋に連れて行かれて無理やり犯されるんだわ。そして行為は段々エスカレートしていって、学校のトイレ。クラスのオタク達と輪姦そして最後にはコスプレえっち生配信。初めは抵抗する私だけれど意志とは別に身体が快楽を求めるようになって……はぅんっ! で、でも私は負けないわ。どんな卑劣はことをされても私は決して堕ちたりなんかしないんだからっ!」
「これ以上喋るのやめてくれません? 國生さんを見る目がまじで変わるんで」
俺は頭痛でも起きたかのように頭を押さえた。
もう辛いよ。もし俺が國生さんのことが好きだったら明日から学校行けないくらい辛いよ。
関係ないけど國生さん、校長先生や理事長なんかに調教される系のネタ好きそう。本当に関係ないけど。
「じゃあえっち目的じゃないならどうして私を呼び出したのかしら?」
乱れた息を整えて妄想の世界から戻ってきた國生さんが尋ねてくる。
俺が國生さんを呼び出したのはきぬぽんかどうかを確認したかったのが一つ。もう一つは同じ配信者として意見交流がしたかっただけなのだが。因みに國生さんが言うようなえっちなことは考えていない。まぁちょこっとだけえろぼくろを生で見たい気持ちがあったけどそれも興ざめだ。こんな変態から聞く意見はない。
「俺も配信者やってるから色々意見交流したかっただけですけど。もういいですよ。コーラ飲んだら帰りましょう」
軽くヤケクソ気味に俺は言った。
「へぇ。貴方も配信者だったのね。少し意外だわ。それで、リスナーはどれくらいいるのかしら? 再生
回数は?」
「…………一桁だけど」
俺がボソっと呟くと國生さんは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「一桁って貴方配信を始めてからどれくらいなの?」
「……中三からだから一年以上はやってる」
「一年以上やって一桁って。貴方よほどセンスがないのね」
確かに國生さんは数ヶ月でトップクラスになった。そんな彼女からすれば俺はゴミ屑なんだろう。
だけど。
「俺は楽しく配信が出来ればそれでいいんだ。リスナーの数が多ければいいってもんじゃない」
「嘘よ。そんなもの」
國生さんの短く鋭い言葉が俺に刺さった。
「配信をやっている人達は誰しも人気になりたい。ちやほやされたい。そんなどうしようもない自己顕示欲と自己愛に飢えてるの。貴方だってそうでしょ?」
俺は返す言葉もなく、ただ唇を?み締めた。
そうだ。いくら綺麗事を並べても俺の本心は彼女の言うとおりだった。
俺は中二病、ルシフェールというキャラ作りをすることで、他の人間とは違う優越感に浸りたいだけなのかもしれない。
でも。それでも。
「……俺は配信を通して天ヶ原さんに出会えてんだ。天ヶ原さんはいつもコメントしてくれる。格好いいって。素敵だって。それだけで俺は十分なんだ」
そう。俺には天ヶ原さんがいる。彼女が毎日楽しみにしてくれるから俺も頑張れるし彼女がそれで元気を、勇気を貰えたと言われて俺も元気が貰える。それでいいじゃないか。それだけでいいじゃないか。
彼女は「そう」と一言呟き、そして目を伏せる。何かを考えているようだ。
俺はもう何を言われても動じまいと体に力を入れた。ほら、かかってこいこのド変態が。俺はいくら罵られようがもう泣いたりしないからな。
「天ヶ原さんは随分と貴方を心酔しているものね。でもそれって」
國生さんは一旦口を閉じてから、再びその薄い唇を動かして。
「――本当に貴方のことが好きなのかしら?」
「え?」
俺は思わず頓狂な声が口から零れた。
何を言っているのか分からない。だって俺は天ヶ原さんは俺に毎日お弁当を作ってくれるし、デートにも行った。食べさせあいっこもペアルックの服も着たりした。天ヶ原さんは毎日俺のことを好きと言ってくれた。
それなのにこの女は何を言ってるんだ?
困惑している俺に更なる追い討ちをかけるように彼女は話す。
「貴方。彼女のことを『天ヶ原さん』と呼ぶわよね? じゃあ彼女は貴方のことを何て呼んでいるか知ってる?」
「あっ」
そうだ。天ヶ原さんは俺のことを『ルシフェール様』と呼ぶ。しかし一度も俺の本名、小野 秋人の名前で呼ばれたことはなかったのだ。唯一呼ばれたときはまだお互いの素性を知らないときだけだった。
それじゃあ天ヶ原さんが好きなのは俺が創ったキャラクターのルシフェールであって俺本人、小野 秋人ではないってことか?
まさか、そんなことありえない。
認めたくない。受け入れたくない。そんなまやかしに俺は騙されない。
だって、彼女は……天ヶ原さんは……。
「お待たせしましたぁ」
天ヶ原さんがグラスを三つ両手に抱えて戻ってくる。
そして。
「はい。コーラお持ちしましたよ。『ルシフェール様』!」
彼女がいつも通り満面の笑みで俺の元にコーラを置いた。
俺はこの瞬間確信した。非常な真実を知った。
体の内側から『何か』が生まれるのを俺は感じた。それはほんの小さい虫のような何か。
気を紛らわす為にコーラを飲んでみるが甘さなど感じず、ただ炭酸がシュワシュワと音を立てて消えていった。




