十七話
そのまま午後の授業が終わり、放課後がきた。
最近の俺の放課後の過ごし方と言えば天ヶ原さんと一緒に駅前をぶらつくのが定番になっており、今はこうして二人で廊下を歩いている。最近思うのだが俺はどんどんリア充になっていないか? だってお弁当も作ってもらってるし放課後も遊んでるんだよ? 少し前までの俺には考えられない。
こうしてリア充化が進んで、男女関係なく友達が出来て、夏休みに皆で海に出掛けたり学校祭で実行委員なんかに推薦されて屋台とか劇とか俺を中心に作ったり、バレンタインデーにチョコレートも貰ったりとこれから青春を謳歌するのかなぁ。
そんなハーレムアニメより甘い妄想もしていると天ヶ原さんが俺の服の袖を引っ張る。つかアニメより甘い妄想って。俺どんだけシビアな現実で生きてるんだよ。
「……あいつ。ずっとついてきてるんですけど。どうします?」
こそこそと耳打ちをして天ヶ原さんが言う。彼女が指すあいつとは俺達と少し距離を置いて歩いている國生さんのことだ。
國生さんはお行儀のいい姿勢で歩きながらこちらをジーっと見ている。なんだろう。俺またなんか悪いことしたかな?
「目つき悪い目でこっち見ちゃって。なんですか? ストーカーなんですか? 引くわー」
両肩を擦りながらドン引きした顔で言う天ヶ原さん。いや、君は人のこと言えないんだけどね?
再び横目でちらりと見てみるがやはり國生さんは俺達を見ている。いや、監視していると言った方が正しいか。
しかも彼女の眼差しは鋭く冷たい。視線はレーザービームならぬ冷凍ビームだ。ちょっと上手いこといってしまった。
俺が内心ほくそ笑んでいると後ろからコツコツとローファーが廊下を叩く音が聞こえてくる。見れば國生さんがこちらに向かってきた。
天ヶ原さんが國生さんを睨みながら。
「なんですか? 私達に何か用事があるんですか? そうなら簡潔に言って下さいね。これから私達はラブラブデートに行くんですから」
「……別に用なんかないわ。ただ貴方達性欲猿は所構わず発情するから監視してただけよ」
性欲猿って中々のワードだな。女子高生の言う台詞じゃないでしょ。
「はぁっ!? 性欲猿ぅ?」
天ヶ原さんもそう思ったらしく普段ののほほんとした可愛らしい顔から考えつかない程顔が引きつっている。
「ええそうよ。言いえて妙だと思うのだけれど」
國生さんはふふんと余裕の笑みを浮かべた。それに対して天ヶ原さんはギリリと歯ぎしりしている。
そろそろ止めないとまずいな。天ヶ原さんのキャラが崩壊しそうだし。
「あのさ。ほら二人ともその辺にしておいて、ね?」
俺が二人の間に割って入る。
すると國生さんが俺の方を向いてふっと嘲笑的な笑みを浮かべる。
「あら、貴方は反論とかしないわけね。普通これだけ言われたら怒ってもいい筈だけれど」
「え? ええっと……うん。そうなんだけどさ」
「……まぁ貴方には無理でしょうね。教室でずっと寝たふりをして逃げてる貴方には」
國生さんの氷の刃が俺の胸に刺さる。傷口から漏れる感情は怒りではなく、どうしようもない虚無感だ。
確かに俺は寝たふりをしている。しかし俺は自分から望んでやっていることだ。
男女仲良く話したりとか毎日飽きもせずくだらない話をするだとか、俺には馬鹿げているとしか思えない。
いや、きっとこれは言い訳なんだろう。俺はくだらない建前を作って一人寂しい俺を肯定したいだけなんだろう。誰に対して建前や言い訳をしているのか分からないが。
本当に情けないやつだな。俺は。
なんだか反論する気もこの後遊びに行く気分でもなくなったので帰ろうと彼女達から背を向けた。
すると。
「……謝って下さい」
天ヶ原さんが俯きながら肩を震わせ呟く。
「なによ。私間違ったことを言ったかしら?」
それを平然と受け答える國生さん。
天ヶ原さんは尚も俯いたまま。
「……私のことはいくらでも馬鹿にしても構わない。だけどルシフェール様を傷つけるのは絶対許さない!」
天ヶ原さんがギリっと睨み付ける。その瞳には涙を浮かばせて。
それでも國生さんは怯むことなく、冷たい目で。
「ルシフェールだかはよく知らないけど私は正しいことを言ってると思うのだけれど。貴方も物好きね。あんな冴えない男のどこがいいんだか」
「……ルシフェール様は凄いんです。格好よくて優しくて……私にいっぱい元気をくれて……大好きだから、だからそんなこと言わないで!」
天ヶ原さんは懸命に叫ぶ。その言葉は國生さんだけではなく、そこら辺を歩いていた人々にも届き、足を止める。
俺にもしっかり届いた。國生さんの氷の刃で抉られた胸の傷が、優しく包み込まれる感覚がして、それでいてじんわりと暖かくなっていく感覚を確かに感じる。
そこで俺は思い出した。俺は決して一人ぼっちの寂しいやつではないことを。俺の傍にはこんなにも俺のことを思ってくれている人がいることを。
「天ヶ原さん……俺!」
「そうね。なら仲良くやってるといいわ。お互い友達いない同士でね」
俺の声を遮って國生さんがトドメの一撃と言わんばかりの言葉を投下した。
その結果。
「こんのデカ乳女ぁっ!」
怒りが爆発した天ヶ原さんが國生さんの胸倉を掴んだ。そのせいで彼女のおっぱいが上下に激しく動いた。
「その小奇麗な顔を醜く歪ませてやりましょうか? ああん?」
「やれるものならやってみなさい」
尚も平静で挑発的な國生さんに天ヶ原さんは遂に右手を大きくあげた。
これはまずい。このままじゃあ下手すれば停学沙汰になってしまう。
俺は足を前に出し、止めに入ろうとした。
しかし、ラブコメの神様というのはとんでもなく空気の読めない奴のようで。唐突に突然に展開というものはやってきて……。
「どわっ」
俺はその辺に転がっていたコーヒーの缶を踏んずけた。誰だよこんなところに転がしたのはとか考える余裕もなく、俺の体を勢いに任せて二人の方へ突っ込む。
そしてそのまま、一昔の漫画なら『ドッシーン☆』なんか効果音がつきそうな勢いで俺は倒れこんだ。
「痛てぇ……」
少しの間意識が飛んでいたのか、痛みで目が覚める。しかし辺りは暗く、何も見えない。
「ルシフェール様! 大丈夫ですか!?」
どこからか天ヶ原さんの声が聞こええてくる。俺はその声に応じようと立ち上がろうとするが何かが上に乗っかっているため立ち上がれない。なんだこれは?
腕を伸ばしてそれを掴んでみると。
むにゅっ。
「んんっ……」
手には何か柔らかいものを掴んだ感覚が……そして近くで女性の甘い声が聞こえてきたような。
そこで俺は考えた。コーヒーの缶を踏み、倒れる。そして聞こえてくる声とこの感触。
全ての事柄を総合的に考えた結果。これはひょっとしてよくある王道テンプレイベントなんじゃあないか?
うへへ、そんなラブコメ展開現実であるわけないだろ。俺は漫画の読みすぎかよ。
そんなことを考えていると俺の上に乗ってる重みが消える。そして開けた視界に飛び込んできたものは。
「…………」
頬をほんの少しだけ赤く染めた國生さんが俺を見つめる。その視線は先程までの氷のように冷え切ったものではなく、一人の可愛い女の子の目だった。
「あ、あの。何と言うかその……」
とりあえずは謝ろうとしたその時。俺はあることに気がついた。天ヶ原さんが掴んだからか俺か突撃してしまったからかは分からないがシャツのボタンが取れており、零れ落ちそうな胸と黒いレースのブラジャーが見えている。
そのまま見ていたい気持ちも多少はあるが、流石にまずいので目を逸らす。しかし。
「あっ」
俺は彼女のある一点に目が止まる。それは昨晩脳裏に焼き付けておいたもの。それは世のオタク共を虜にしている魅惑のもの。
「……えろぼくろ」
不意にそんな単語が口から漏れた。
すると國生さんは飛び起きるように立ち上がり、胸を隠すように押さえる。
「今の絶対そうだ。えろぼくろだよ」
「な、ななななんで貴方がそれを知ってるのっ!?」
いつもクールで余裕な國生さんが口をパクパクさせながら驚いている。一体どういうことなんだろうか。
えろぼくろにこの反応。そういえば彼女の名前は絹代だったな……。國生 絹代。絹代、くぬよ……。
ここまで考えて俺の頭には一筋の衝撃が走った。もしかして彼女は……。
「ルシフェール様っ! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか? あんな下衆な女に乗っかられてああ、なんてお可哀想。あいつの匂いとか移りますよね。今すぐ私の匂いに変えてあげますねっ! ほらほらぁ」
天ヶ原さんが自分の体をこれでもかと擦り付けてくる。ちょっと。イヤラシイから止めてくれます?
「天ヶ原さん。別に大丈夫だからね。…………それより國生さん。ちょっと話があるから付き合ってくれないかな?」
俺はニッコリ笑顔を作り、彼女にそう言った。多分俺は今相当屑野郎な顔をしているだろうが関係ない。
さぁてきぬぽん。俺と楽しくお喋りしようじゃあないかぁ。




