十六話
翌日、俺はいつも通り朝食を食べ終えてから、学校に行くことにした。使い古した靴を履いて玄関に出ると。
「あっおはようございますっ!」
制服姿の天ヶ原さんが朝日に負けないくらいにきらりとした笑顔で何故か居た。
「……うちの玄関でなにしてんの?」
「なにってルシフェール様をお迎えにあがりにきたんですよぉ。さぁ学校に行きましょうっ!」
そう言って俺の両手を握る天ヶ原さん。
二人で登校となると歩いていくわけだろ? 歩いたら結構遠いから面倒くさいんだよなぁ。
「痛っ!」
そんなことを考えていると俺の手を握る強さが急に強くなった。そして天ヶ原さんは俯きながら。
「……昨日は随分とお楽しみでしたね」
天ヶ原さんがこちらに顔を上げて、ハイライトが落ちた瞳でこちらを見つめてくる。
「昨日? なんにも。特に全然なかったけど……?」
俺は明後日の方角を向いて、適当に言葉を並べて誤魔化した。いやぁ今日もいい天気だなぁ。
「……あんな体を売るようなメス豚なんかがいいんですかぁ。やっぱりあの脂肪の塊みたいなおっぱいですかぁ? 」
「い、いや。それはだね……」
「おっぱいだったら私のをいくらでも見せてあげるのに。おっぱいよりもっと凄いところだって見せちゃいますよぉ。だからもうあんな配信見るの駄目ですからね。今度見てたら……」
「はい。分かりました。今度からは絶対に見ません」
まだ彼女が話している最中だったが俺は即座に敬語で謝った。話の続きとか聞きたくなかったし。
「本当に? 約束できますか?」
「はい。約束します」
天ヶ原さんの目が怖くて目を合わせられないので俺は俯いて言う。
暫くの沈黙。そして体全体にのしかかる謎のプレッシャー。何か喋ってくれよ。何で無言なの?
耐え切れなくなった俺は顔を上げて天ヶ原さんを見た。すると彼女の瞳はいつも通りに戻っていた。
「分かってくれたならそれでいいんです。じゃあ学校行きましょうか」
「うん……」
俺はそのまま天ヶ原さんに手を引かれて学校へ向かうのであった。彼女の手から伝わってくる体温がいつもより冷たいのはきっと冷え性だとか低血圧だとかそんな理由だよな? 多分。
× × ×
何事もなく登校し、今は昼休み。例の如く天ヶ原さんがお弁当を持ってきてくれて俺にあーんしようとしてくる。
全く。学校では恥ずかしくて話せない設定はどこいったんだよ。もしこれがWEB小説だったら編集者気取りの毒者がここぞとばかりに『キャラの設定がぶれぶれです。しっかりプロットを練ってから小説を書きましょう』とかしたり顔で叩いてくるぞ。
しっかしなんでああいう輩は得意顔で上から批評をするのだろうか。『貴方の作品は全体的にオリジナリティがなさすぎます。こんなありきたりな作品誰も読みたがりません』とか『堕天使で漆黒の体なのに翼が白って矛盾してね?WWW』とか『異世界チートハーレムとか(笑)よっぽどリアルが充実してないんだろうな。きっと作者は友達が一人もいない童貞だは(笑)』とか。心無いコメントばっかり。こうして構想三年の超大作『引きこもりの俺がトラックに轢かれて異世界転生っ!? 堕天使の力で無双ハーレムっ!』は打ち切りになり、筆者の小野・ルシフェール・秋人先生は静かに枕を濡らした。
「ルシフェール様? 聞いてますかぁ?」
過去の苦い思い出に浸っているところで天ヶ原さんが現実に戻してくれた。
「ああうん。えっとなんの話だっけ?」
「暇だからゲームしましょって話ですよぉ」
「別にいいけど何すんの?」
「じゃーんっ! これですっ!」
天ヶ原さんが鞄から取り出したのはポッキーだった。もしかしてゲームって……。
「……ポッキーゲームでもすんの?」
「ぴんぽーんっ! 当たりですっ!」
そう言うと天ヶ原さんはポッキーの袋を開けてその中から一本を取り出し、マスクを外してからぱくりと咥えた。
ポッキーゲームってあれでしょ? うぇ~いWW系の大学生が酒の勢いでやる変態ゲームでしょ? 流石に学校じゃあ流石に出来ないよ。どこでも恥ずかしくて出来ないけど。
「天ヶ原さんポッキーゲームはちょっとなぁ……」
俺がやんわりと断ろうと。
ポキっ
「えっ?」
天ヶ原さんはポッキーのビスケット生地になっている部分を折って僅か一センチ程度の大きさになったポッキーを咥えた。
「さぁどうぞぉ。ルシフェール様も咥えて下さい」
「いや、これポッキーゲームじゃないでしょ! 完全にキスでしょこれっ!」
こんなの咥えて終わりだよ。秒速五センチメートルでキス到達だよ。
「ごめん。俺トイレ行ってくるから」
俺は逃げるためにトイレに行こうと立ち上がる、が。
「待って下さいよぉ」
天ヶ原さんが俺の両肩を掴み立ち上がろうとするのを妨害する。
そして彼女は対面する形で俺の膝に座わり、両脚を俺の腰に絡める。これ俗にいう対面座位とかだいしゅきホールドとかいう格好じゃあないか?
彼女の体が俺と密着し、服が擦れ合う音、柔らかい体の感触が直に伝わり、体が熱くなってくる。後、おっぱい。
天ヶ原さんの腕が俺の首元に回り、そっと俺の肩に顔を置いた。
「ねぇいいじゃないですかぁ。ポッキーゲームやりましょうよぉ。それともおトイレに行こうとしたのはポッキーよりも太いもの咥えさせたかったからですかぁ?」
耳元でボソボソと甘いことを囁いてくる。彼女が話すたびに息がかかって体がぞくぞくしてくる。
このままじゃまずい。彼女を引き剥がさないと。
俺は体に力を加えるが天ヶ原さんが乗っかっているため動けない。
そんな時だった。
ちゅっ。
「あひぃっ!」
天ヶ原さんは俺の首元に吸血鬼が血を吸うようにそっとキスをした。首からは電流が走るような衝撃が生じ、全身に駆け巡った。
「ふふっ首筋弱いんですかぁ? 可愛い」
耳元で扇情的に囁く天ヶ原さん。それは俺の眷属子悪魔なんかではなく男を快楽へ誘うサキュバスのようだ。そういえば中学生のとき耳かきボイスとかASMRにハマってたのを思い出した。あれってヘタなAVよりエロいからな。
とか思っている場合ではなく。
「天ヶ原さんストップ! ストープっ! これ以上は駄目だから! アウトだから!」
唯一自由がきく声で必死に天ヶ原さんを止める。が、もう手遅れのようで彼女の顔は完全にスイッチが入っていた。
「ルシフェール様ぁ……私でいーっぱい気持ちよくなってくださいねぇ」
これ以上は本当に駄目だ。もし教師にでも見つかってしまえば停学もありえる。
だ、誰か助けてくれー!
「ちょっと。貴方たち。いい加減にしてもらえる?」
俺の悲痛な叫びが聞こえたのか、誰かが止めに入ってくれた。
その声の主に俺と天ヶ原さんが振り返る。そこにいたのは我がクラスの学級委員長、國生 絹代さんが俺達を蔑んだ眼差しでこちらを見ていた。
「貴方たちいい加減にして頂戴。ここは学校よ。勉学を励む場で破廉恥な行為は止めてもらえるかしら?」
艶のある長い黒髪を払いながら氷のような冷たい視線でそう言った。
天ヶ原さんが可愛い系だとすると國生さんは美しい系の美少女で才色兼備という四字熟語がぴったりな人だ。花で例えると青いバラが似合う。
しかしバラには棘があるように、彼女には決して触れられないのだ。俺が入学してまだ間もない頃、まだ高校生活が夢と希望で溢れていた俺はたまたま隣だった國生さんに話しかけたことがある。
『お、おはよう。今日はいい天気だね』
『そのくだらない話。私にする必要あるかしら?』
『いえ、必要ないですね。ほ、ほひぃ……』
それ以来俺はクラスメイトと話をしていない。なんか思い出しただけでも涙が出てきた。
しかし、これは俺だけが涙を流したわけではない。彼女の美しさから仲良くなろうとしたリア充共も撃沈されているのだ。つまり俺は彼女からするとリア充扱いされているということ。いえ、違いますね。平等に虫けら扱いされているだけですね。
しかし、どれだけ彼女が冷たい態度をとっても男たちはアタックを続ける。ここにはある一つの要因があるのだが。
「全く。最近の貴方たちは見ていてとても不愉快だわ。少しは場をわきまえることね」
國生さんは俺達に軽蔑の眼差しを向けながら大きな胸を支えるように腕を組んだ。
そう、おっぱいだ。ブレザーの上からでも分かるその大きな双丘。厳格な彼女がこんな魅力的なおっぱいを持っているというギャップが脳内ピンクまみれの男子高校生にはたまらない。
そういえばこの前オタクグループが「國生さんが裏でこっそりネコミミメイド喫茶で働いてたら萌えるよね」と話していたがこれは俺も同感。要はギャップ萌えなのだよ。ツンデレとか不良女子生徒が雨の日捨て猫に傘置いてあげるとか普段は誰とも話さない孤高のクールキャラが本当は堕天使だったとか。特に最後のは超萌える。
「なんですか急に? あ、もしかして嫉妬ですかぁ。委員長さん彼氏いませんもんねぇ」
俺がくだらないことを考えていると天ヶ原さんが俺に抱きついたまま挑発的に煽る。
「嫉妬なんかしてないわ。ただ目障りだっただけよ」
天ヶ原さんのストレート球をあっさりと受け流す國生さん。やはり安い挑発には乗らないんだな。
すると國生さんは「それに」と言葉を付け加えた後で。
「ところ構わずイチャイチャする付き合いたてのカップルは長く続かないっていうらしいからその忠告も兼ねて、ね」
違った。煽り耐性ゼロだった。フルスイングで打ち返してきた。
どこか勝ち誇った顔をしてから國生さんは自分の席へと戻った。
「むぅっ! なんですかあいつ! 」
頬を膨らましプンスコと怒る天ヶ原さん。
「ちょっと顔がよくて勉強出来ておっぱいが大きいからって調子に乗っちゃって。そのうえ高嶺の花気取り? 中二病かよって感じですよねぇ。うっざ」
「う、うん」
その言葉俺にもろ刺さってるんですけど。
まぁ今回は國生さんが正しいよな。俺がカップル共がイチャついてるのを見たら俺も妬みと嫉妬で怒り狂った挙句最終的に悲しくなってベットに横たわってる。
「今度からちょっとこういうのは学校で止めておこうか」
「え? なんでですか?……もしかして私のこと嫌いになりました?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「……じゃあ好き?」
「……うん」
「愛してる?」
「…………愛してる」
「それだけ聞ければ今のところは満足してあげます」
そう言うと天ヶ原さんは俺から離れ自分の席へと戻った。機嫌が直ったようで席に座ると足をパタパタとしている。
何とか一難乗り越え、俺は一息ついた。彼女が座っていた膝にはまだ人肌のぬくもりが残っている。
……ふと思ったんだけど俺誘導尋問された?




