第8話美味しいご飯の邪魔者はミュート
カチリ、カチリと、頭の中で軽快な音が重なる。
「おい、お前たち! 早くその生意気な女からレシピを――」
バルトが怒鳴った瞬間、背後の荒くれ者たちがピタリと動きを止めた。
「……あれ? 俺たち、なんでこんな狭い飯屋にいるんだ?」
「知らねえ。それより、あっちの屋台の串焼き、美味そうだったな。食いに行こうぜ」
男たちはバルトの命令を完全に無視し、武器を収めて店を出て行ってしまった。
「なっ……!? 貴様ら、どこへ行く! 戻れ!」
バルトが顔を真っ赤にして喚くが、世界からミュートされたバルトの声は、すでに彼らには届かない。
「え……? 脅迫してきた人たちが、急に帰っちゃった……?」
シャロンが呆然とお玉を握ったまま呟く。
「おのれ、ガキめ! お前が何か細工をしたな!?」
激昂したバルトが、調理場にあった包丁をひったくり、僕に向かって突き出してきた。
だが、僕は一歩も動かない。
視界の端の【バルト】の名前の横にある、【ミュート】のボタンを強くタップした。
カチリ。
その瞬間、バルトの突き出した包丁が、僕の胸の手前でピタリと静止した。
どれだけバルトが顔を真っ赤にして力を込めても、包丁は空気の壁に阻まれたように微動だにしない。世界がバルトの攻撃を「存在しないもの」として処理し始めたのだ。
「がはっ……!? 身体が……前に進まない……!?」
バルトの輪郭が、みるみるうちに霞のように薄くなっていく。
「バルト。君のその汚い欲望、僕たちの美味しいご飯の時間を邪魔するんだ。――さようなら」
僕はバルトの手から、すんなりと包丁と、偽造された告発状を抜き取った。バルトは目の前で証拠を奪われているというのに、焦点の合わない目で虚空を掻きむしっている。
彼がどれだけ大声で叫んでも、店の外を通る人々は誰一人として彼を見ない。ただの風の音が鳴っているかのように、誰もが彼を素通りしていく。
彼はこれからギルドに戻っても、部下たちから「あんた誰だ?」と忘れ去られ、自分の地位も財産もすべて失って街を彷徨うことになるのだ。自業自得だった。
「ルーク様、バルトの姿が……透き通って、消えちゃいました……」
シャロンが目を丸くして、僕の顔と虚空を交互に見つめる。
「もう大丈夫だよ、シャロン。君の美味しいご飯とレシピは、完全に守られた」
僕は偽造書類をビリビリに破り捨て、にっこりと笑いかけた。
「あ……ああ……! ありがとう……! あんた、最高の恩人だよ!」
シャロンは涙をボロボロと流しながら、僕の手をきゅっと握りしめた。その瞬間、脳内画面の【シャロン】の文字が、まばゆい黄金色の【フレンド】へと固定された。
「お礼に、私の特製肉煮込み、おかわり何杯でも持ってきちゃうからね! いっぱい食べてって!」
「ふふ、シャロンちゃんの料理、本当に美味しいもんね、ルーク様!」
「ああ、これから毎日が楽しみだ」
仕立て屋のニーナに加え、料理人のシャロンという最高のフレンドが増えた。
僕たちの旅の食卓は、これ以上ないほど豊かで温かいものに変わっていくだろう。素晴らしい。
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次回もお楽しみに




