第6話実家との決別
カチリ、カチリ、カチリ。
脳内で重なるように、冷たい選択音が響く。
「おい、何をぼさっとしている。早くその女を――」
エドワードの命令の途中で、私兵たちの動きが完全に凍りついた。
「……あれ? 俺、なんでこんなところに剣を抜いて立ってるんだ?」
「さあ……。っていうか、ここ誰の家だっけ。おい、帰って飯にしようぜ」
私兵たちは互いに顔を見合わせると、抜いたばかりの剣を鞘に収め、エドワードを完全に素通りして工房の外へと歩き出してしまった。
「なっ……!? 貴様ら、どこへ行く! 私の命令が聞こえないのか!おいっ!」
エドワードが顔を真っ赤にして怒鳴り散らすが、私兵たちは振り返りもしない。世界からミュートされた人間は、周囲の人間から存在を認識されなくなる。私兵たちにとって、エドワードは最初からそこに「存在しない雑音」になったのだ。
「え……? 兵隊さんたちが、急に帰っちゃった……?え?なんで兵隊さんがいたの…?」
ニーナが狐につままれたような顔で呟く。
「おい、ルーク! お前、あいつらに何か怪しい薬でも盛ったのか!?」
エドワードが腰の剣に手をかけ、僕に鋭い刃を向けて突進してきた。幼い頃から僕を痛めつけてきた、自慢の剣技の踏み込みだ。
だが、僕はその刃を避けることすらしない。
脳内画面に表示された【エドワード・アルベイン】の文字。その横にある【ミュート】ボタンを、迷わず強くタップした。
カチリ。
その瞬間、エドワードの剣が僕の喉元でピタリと止まった。
彼の突き出した刃は、僕の皮膚に触れる直前で、まるで目に見えない壁に阻まれたかのように完全に固定されている。いや、壁ではない。【世界そのもの】が、エドワードが僕に干渉することを拒絶し、無視し始めたのだ。
「がはっ……!? な、なんだこれ……身体が、前に進まない……!?」
エドワードが必死に力を込めるが、彼の足は地面を滑るだけで、僕の領域に一歩も踏み込めない。だんだんと青ざめた表情になり、それどころか、彼の身体はどんどん霞のように薄くなり、存在感が消えかけていく。
「さようなら、エドワード兄さん。僕にはもう、君も、アルベイン家も必要ないんだ」
僕はエドワードの横をすり抜け、彼の持っていた剣の柄を軽く小突いた。すると、剣はカランと音を立てて床に落ちた。エドワードは落ちた剣を拾おうとするが、彼の指は剣をすり抜けてしまい、掴むことすらできない。
「な、何なんだこれは! おい、ルーク! 私を見ろ! 私の話を聞けぇ!」
エドワードが狂ったように叫ぶ。だが、その声は僕の耳にはもう「蚊の羽音」程度にしか聞こえない。
彼が這うようにして工房の外へ出ると、通りかかる王都の住人たちは、エドワードの身体をただの「空間」として扱い、ぶつかることすらなく避けて歩いていく。誰も彼を見ない。誰も彼の声を聞かない。
彼はこれから、実家に戻っても門番に追い返され、父親からも「そんな息子は最初からおらん」と忘れ去られ、孤独に没落していくのだ。自業自得だった。
「あの…?何が起こったのですか…?」
ニーナが僕の腕にしがみつき、驚きと安堵の混ざった声を漏らす。
「大丈夫だよ、ニーナ。もうあの人たちがここに来ることは二度とないからね」
僕はニーナの肩をやさしく叩き、床に転がっていた生地のロールを拾い上げて棚に戻した。
「ありがとうございます……! ルーク様は、本当に私のヒーローです!」
ニーナの顔に、心からの輝かしい笑顔が戻る。僕たちの絆は、さらに強く、深く結ばれた。
実家という過去の呪縛をミュートした僕は、大切なフレンドを守りながら、自分の新しい人生をさらに突き進んでいく。
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