第4話悪徳商人のミュート
カチリ、と頭の中で冷徹な音が響く。
「オラァッ! 大人しく殴られ――」
用心棒の一人が棍棒を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「……あれ?」
用心棒の動きがピタリと止まった。彼は自分の持っている棍棒を不思議そうに見つめ、それから隣の相棒の顔を見た。
「おい、俺たち……ここで何してたっけ?」
「さあ……? なんか、急に予定を忘れたような……。っていうか、なんで俺たち、こんな薄暗い路地裏に突っ立ってるんだ?」
「そもそもどうやってここに来たんだ?」
「おい! お前たち、何を遊んでいる! 早くそのガキを痛めつけんか!やれ!」
背後からゴードンが怒鳴り声を上げる。
しかし、用心棒の二人は、まるで背後からの声を「ただの風の音」として聞き流し、首を傾げながら歩き出してしまった。
「は……? おい! 俺の命令が聞こえないのか! 戻れ!何をしている!」
ゴードンが喚き散らすが、二人は完全に彼を無視して路地裏から去っていく。世界からのミュート。ルークがミュートした対象は、周囲の人間から一切の認識を失い、存在を無視される。用心棒たちにとって、ゴードンはもう「そこにいないもの」になったのだ。
「な、何が起きたの……?」
ニーナが呆然と呟く。僕にはゴードンの姿が見えているが、彼女の目には、ゴードンの存在感が少しずつ薄れ始めているはずだ。混乱するのも無理はない。
「おい、お前! 何をした!」
ゴードンが顔を真っ赤にして僕に掴みかかろうと突進してくる。
僕はそれを一歩だけ横に避けて、冷ややかな視線を向けた。
「ゴードン。君のその強欲なビジネス、僕の視界には必要ないんだ。――さようなら」
僕は脳内画面の【ゴードン・バロウズ】の横にある【ミュート】を、強くタップした。
カチリ。
「がはっ……!? な、なんだ、急に息が……」
ゴードンが自分の首を掴んで、その場にへたり込んだ。
彼自身の声も、僕の耳には蚊の鳴くような極小の音に変わる。
「ニーナ、もう大丈夫だよ。あいつの持っている『契約書』を、ちょっと見せてもらおうか」
僕は動けなくなったゴードンの懐から、ニーナの父親が書かされたという不当な契約書を、抵抗されることもなくすんなりと抜き取った。ゴードンは目の前で書類を奪われているというのに、焦点の合わない目で虚空を掴もうともがいている。
「あ、あの……ルーク様。ゴードンさんが、なんだか透き通って見える気がするのですが……私、疲れているのでしょうか」
ニーナが目をこすりながら、怯えた顔で僕の袖を掴んだ。
「ううん、疲れてないよ。ニーナの目は正しい。世界が、あいつを『無かったこと』にし始めたんだ。だから大丈夫。君はもう、あいつにかまわれることはないよ。」
「………?」
僕はニーナの目の前で、奪い取った悪徳な契約書をビリビリと破り捨てた。ニーナは安堵の表情を浮かべた。
その破片が路地裏の地面に落ちる頃には、ゴードンがどれだけ喉を掻きむしって叫んでも、通行人たちは誰一人として彼を見ようとしなかった。ただのゴミが落ちているかのように、人々は彼を避けて通り過ぎていく。
「これで、お父さんの工房は守られたね」
「あ……ああ……! ありがとうございます、!」
ニーナは破り捨てられた紙切れを見つめ、それから僕の手を両手で包み込むようにして、ポロポロと涙を流した。その瞬間、僕の脳内画面の【ニーナ】の文字が、黄金色の輝きを放ち、強固な【フレンド】として固定された。
「お礼に、あなたの服を仕立てさせてください! 私、世界で一番格好いい服を作ります!」
「はは、楽しみにしているよ」
こうして、また一人、僕の大切なフレンドが増えた。
世界からクズが消えるたび、僕の周りは温かい笑顔で満たされく。
さあ、次はどんなのかな。
読んでいただきありがとうございます!
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