“好き”の強さ
この無感情な視線、どこかで見覚えがある。そこまで昔ではないが、近すぎることもない。更に言うと、三人からは感情を感じ取れない。つまり、第六感への反応がないのだ。
そこまでをコンマ数秒で考えた瞬間、ミフィアが動いた。マリオネットが引き寄せた剣を拾い、それを一度横に振ってから、俺へと駆け寄る。ただ、それはいつものスキンシップやそう言うのではない。間違いなく、殺すつもりだ。
「──っ⁉︎」
突き攻撃を中心に、多様な剣戟が俺へと向かってくる。黒剣で弾き、体を捻り移動してなんとか回避を続ける。かといって、ミフィアを傷付けるわけにはいかない。
無音の乱撃を躱し続けるが、数十発を回避した頃、遂にミフィアの剣先が俺の頰を擦り、二滴ほどの紅い血が散る。
それが合図だったかのように、ミフィアの攻撃が何度も俺を捉え始めた。幾つかはコート、更には皮膚を割き、幾つかはチェストプレートに弾かれる。
ミフィアの視線が一瞬俺の右腕に向いた。次はそこに攻撃が来る──そう思って剣を右にずらした途端、
「つあっ……⁉︎」
左太腿に鋭い、焼けるような痛みが走った。肉を深く抉り、筋肉まで斬られたようだ。
左膝を地面に着き、頭を狙った右払いを頭を低くして躱し、左へと大きく飛ぶ。地面に背中から着地した瞬間、火炎弾が俺へと向かってくる。杖を構えたエミの姿勢から見て、これは恐らくエミの魔法だろう。
それを剣で払い、“魔法破壊”の恩恵スキルをフルに活用し、その魔法を消滅させる。
「エルっ!」
ポーチに手を突っ込み、エルを呼ぶ。小さいドラゴン状態で近付いてきたエルの前に、水色のワンピースとスカルドラゴンの剣を鞘から抜いて置く。鞘はポーチに戻す。
「……人間の姿で、ミフィアを止めてくれ」
呻くように伝え、“ヒール・ハイ”を小さく唱えて太腿の傷を回復させる。エルのクルルの返事はなんとか聞き取り、エミが魔法を詠唱しているのは分かっているから、俺はそっちに走る準備をする。
隣でエルが前宙して人間になり、ワンピースを着て剣を持った瞬間、エミが魔法を放つ。“スプリンクラーランス”が俺とエルに向けて放たれた。そして、索敵で察知していたらしいエルが、後ろのミフィアに攻撃を仕掛ける。エミの魔法は、俺が防ぐと信じてくれているらしい。
その期待に応えるべく、俺は前に向けて地面を蹴り、前方への移動を停止し、右脚を前に、剣を持つ右手を体の左に上半身を捻りながら構える。黄緑色の輝きが剣を覆う瞬間、右に一回転しながら、剣先で円を描きながら剣技を放つ。片手剣単発周囲攻撃、“サイクロン”。
“魔法破壊”の効果が発動し、周囲に同心円状に広がる余波によって、エミの“スプリンクラーランス”をことごとく消滅させる。
「俺に魔法は、効かないぞ」
僅かに息を切らしながら、マリオネットへと告げる。
「そうですか……しかしまあ、まだ女性を隠していたとは、思いもしませんでしたよ。まさかドラゴンに化けるだなんて」
「逆だぜ。ドラゴンが人間に化けたんだ」
「なるほど、それはそれでなかなかどうして面白い……是非わたくしの下に置きたいですね……では、そのドラゴンもわたくしの人形へと変化させてあげましょう!」
そして、さっき同様右手を勢いよく突き出す。後ろでミフィアと交戦しているエルがそれを躱せるわけもない──マリオネットだけでなく、俺もそう思っていた。しかしなんと、エルはミフィアの攻撃関係なく一度上体を後ろに倒したのだ。そして、マリオネットの効果は、発揮しなかった。
「……まさか」
マリオネットが目を見開いて今の現象に驚きを見せる。
「……まあいいです。あなたを倒した後で、しっかりと人形化させますから……それはともかく、レイラと言いましたか。何故あなたは一度も攻撃をしないのです。わたくしの命令が聞けないと言うのですか?」
確かに言われてみると、剣での攻撃は勿論ミフィアだったが、魔法での攻撃はエミの“ファイアショット”と“スプリンクラーランス”だけだ。レイラは魔法も拳術も使っていない。
つまりそれは、マリオネットの指示を無視しているということになるのだが……しかし、レイラにはミフィアとエミ同様、感情は感じない。つまり、マリオネットの能力下に置かれているわけであり……
「……私は、約束したから」
そして、レイラが言葉を発した。その言葉はマリオネットに言わされているものではないと、俺には分かった。それに、レイラから怒りの感情を感じ取ることが出来た。彼女は、自分の意思でマリオネットの能力を打ち破ってのけたのだ。
「私は、レンを守るって……好きな人を守るって、決めたから。約束、したから……だから、心に決めた相手以外には、心も体も、自由になんかさせるものかっ‼︎」
目をカッと見開き、拾ったロッドをマリオネットに向ける。そして、詠唱をせずに、
「《フレイムショット》ッ‼︎」
ロッドの先に現れた魔法陣から、火炎玉が飛び出す。その火炎玉は狂いなくマリオネットへと飛んでいき、彼は前方──つまり、この戦いが行われている部屋の真ん中に向けて避けた。
しかし、俺が見たのはそれだけではなかった。ほんの一瞬。本当に、コンマ数秒もなかったかもしれない一瞬だったのだが、レイラとマリオネットの間に、糸のように細いものが燃えたのだ。火炎玉の火の粉が二人の間にあった糸に触れて燃やした──この考え方が一番しっくりくる。
そしてここに、いくつかのキーワードが揃い、俺の中でずっと分からなかったことが判明した。
マリオネットというものに聞き覚えがあったのは、ほんの一時間程前、ミナによって説明を受けたからだ。“マリオネット”、“糸”、“操る”、“人形”。これだけのヒントがあれば、いくら戦闘中と言えども思い出す。
そしてミナはこう言っていた。『糸とか使って、人間が腕や脚を動かすんですよ』、と。つまり、俺が見た糸のようなものは、恐らく予想通り糸なのだ。そして、それが繋がっている間は、マリオネットの操り人形になる、というわけだ。
「なるほどな……」
そこまでを理解した俺は、即座に詠唱を始める。使うのは勿論俺のお得意、
「《フレイムソード》!」
右手首を中心に赤い魔法陣が回転し、剣が炎に包まれる。そしてこの炎は、俺がイメージして魔力を注げば、どんな形にでもなる。
「らああぁぁ──‼︎」
マリオネットに斬りかかる。しかし、これはあくまで振りで、マリオネットが怯む、もしくは後ろに回避行動をした瞬間に、別の行動に出る。
そして、マリオネットは予想通り、後ろへとバックステップを踏んだ。
その瞬間、俺は炎に包まれる剣を地面に突き刺し、炎の剣が地面の中で二つに分かれ、ミフィア及びエミ、そしてマリオネットの間に飛び出すようにイメージをする。
そして、そのイメージとともに魔力を注ぎ込み、飛び出る手前にそこで停止させる。
「レイラ、エミの動きを封じてくれ! エルはエミを頼む!」
指示を二人とも、それぞれの返事で返し、俺はその姿勢を保ったまま結果を待つ。
マリオネットが地面に着地したのは承知しているが、今の俺では同時に二つの魔法を発動させるのは難易度が高い。だから、ここは睨みを利かせた威嚇で、この魔法が彼を狙ったものだと思わせることにする。
そして指示の数秒後、左右の確認をすると、レイラがエミを羽交い締めにし──魔法ではなくそっちで動きを塞ぐのか。まあ、結果が がいいなら別になんでもいいが──、エルがミフィアと鍔迫り合いにより、動きを封じていた。
そこで、イメージを進める。つまり、炎の剣を地面から飛び出させるのだ。マリオネットは上手いこと俺の威嚇に騙されているから、邪魔は不可能だろう。
そして、俺のイメージ通り、燃える剣が地面からミフィアとマリオネット、エミとマリオネットの間を貫いた。騙されたマリオネット本人は、予想外だったらしい今の攻撃に、驚きの表情のまま固まった。
「お前の能力はなんとなく分かったよ。その手から出る糸のようなもので、相手を操るんだろ。そして、レイラ達に触れた理由は、そうすることで更に操作の幅を広げたんだ。言ってしまえば、心まで意のままにした、とでも言えば分かりやすいかな」
「……ほう、ただの人間にしては、なかなかに筋の通った話ではないですか」
その言い方だと、まだ何か隠していることがあるようだ。
「そうだ、忘れてたんだけど!」
そして、いいところなのにレイラが声を荒げた。場面を崩された俺は、勿論嫌そうな顔をしている。
「何が育つ見込みがないよ! これから成長期なんだから、ホウロウよりもすっごくなってやるからね! あと、後で殴らせろっ!」
殴らせろって……まあ、気持ちは分からなくもないが……でも、このレイラはガチで怒ってるな。
「……とまあ、言いたいことは言ったようだから、続きを」
「う、うむ……それでは、わたくしの能力のその先を見せようじゃありませんか。ただ生きている人間を操れるだけ……などとは、思はないでくださいよ」
場の雰囲気を崩されたにも関わらず、マリオネットはオロチ同様、獰猛な笑みを浮かべた。
レイラとエルのお陰でマリオネットの能力を見抜いたレンだったが、彼にはまだ他の使い道が残っていると宣言する。その能力は──次回、「屍兵」
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