屍兵
マリオネットは獰猛な笑みを浮かべたまま、両手を前に突き出した。そこから糸が飛び出て俺らを操る気なのか……とも思ったが、攻略法の分っている今、それをしたところで無意味なことは彼も承知しているはずだ。
そして、次の瞬間、彼が何をしようとしているのか察した。さっきマリオネットはこう言った。『ただ生きている人間を操れるだけなどとは思わないでくださいよ』、と。つまり、生きていない、人間以外も操れるということになる。そして俺たちの背後には今、
「そういうことかよ……!」
さっき殲滅した魔物の死体がかなりの数が転がっている。
「さあ目覚めよ。死してなお戦う兵、屍兵、“ジーアント”!」
そして、屍となった魔物の死体が、糸によってつなぎ合わされ、一体化し、そして巨大な人を作り上げた。
真っ赤な皮膚を晒したその人型の屍兵は、巨人と言い表すに相応しい大きさで、高さは天井まで四十メートル以上あるにも関わらず、その半分は優に越しているのだ。
「これはまずいな……」
この巨体を倒すのは、かなり厳しい。これで動きが速いものなら、ほぼ一方的な攻撃になってもおかしくない。
俺が動きを躊躇っていると、人間の姿でありながら、ドラゴンの時の翼を背中に生やしたエルが飛び上がった。
そして、そのまま攻撃するでもなく、“ジーアント”と呼ばれたその巨人の顔の前にホバリングをする。そんなことをしていれば当然だが、巨人がエルに向けて拳を振り上げた。
拳の速度は、かなりのものだった。時速で言えば、三十キロはあるかと思わせるほどだ。が、エルはそれを上に飛び上がっていとも容易く回避した。その後も巨人の両手による攻撃が繰り返されるが、エルは巨人の周囲を飛び交い、一度もその拳は当たらない。
意図を汲むことは出来ないが、恐らく倒すための方法を考える時間稼ぎだろう。マリオネットは巨人の操作に忙しいのか、こちらに気を向ける余裕はないようだ。
しかし、相手はあの巨体だ。剣でどうこうなるとは思わない。だから、ここは魔法で倒すのがセオリーだとは思うのだが……
「レン、私がやる」
「倒せるのか?」
「分からない……けど、この前熟練度が上がって使えるようになった魔法、あれなら高さの調節でなんとかなるかもしれないから」
どうやら、レイラは何か考えがあるらしい。そして、魔法でしか倒せないという意見は、同じらしかった。
「分かった……頼むぞ。タイミングはエルの動きを見て、俺が計る」
「お願いね」
レイラが離れるのを確認し、俺はもう一度エルと巨人の方に視線を向ける。
この状態では、もうエルとレイラに任せるしかない。今もエルは巨人の周りを飛び交い、相手を錯乱させている。マリオネットもこちらの様子に気付く気配はない。
エルに作戦を伝えたいが、どうやって伝えるべきか……
『どうするの?』
迷った瞬間、エルの声が頭に響いた。なるほど、テレパシーなら敵に聞かれる心配はない。エルに少し前にやり方は教わっているから、使うことはできる。
『巨人に隙を作って、離れてくれ。そこにレイラが魔法をぶち込む』
『分かった』
そして、エルは回避だけの飛行をやめ、ヒットアンドアウェイの要領で巨人への攻撃を始めた。
「レン、詠唱終わったよ。タイミングよろしくね」
「了解。ミフィア、エミ、何があるか分からないから、レイラの援護頼んだぞ」
二人の返事を聞いて、俺はもう一度エルの方に意識を向ける。
エルの剣戟により、巨人に傷が増えている。しかし、そこから血が噴き出るようなことはなく、即座に糸で修復されていく始末だ。だが、今はそれでいい。
そして、マリオネットが遂に集中力が低下しだしたのか、はたまためんどくさくなったのか、巨人が両手を大きく横に広げ、蚊を叩き潰すかのように、勢いよく閉じたのだ。
巨人の動きがいくら速かろうと、それだけ大きく動いてしまえば、それなりに回避の余裕がある。それを分かっている──野生の勘かもしれないが──エルは、巨人の頭上へと飛び上がり、背中を下にして、俺らに向けて斜めに落ちてき出す。
「レイラ、今だ‼︎」
俺が指示を出すとほぼ同時、レイラが床にロッドを叩き付け、最後の式句を唱えた。
「《ボルケーノエッヂ》ッ!」
その瞬間、巨人の足下に赤い巨大な魔法陣が現れ、次の一瞬のうちに、巨人を頭まで白っぽいマグマが包み込んだ。確か白いマグマは、粘り気が弱いんだったか。
マグマ──地上だから溶岩の方がいいかもしれないが──が魔力霧散で消滅した後には、そこに残っているものは何もなかった。
「まさか、“ジーアント”までもがやられる、とは……」
目を見開いて固まるマリオネットを尻目に、俺はレイラとエルに礼を言っていた。
「ありがとな、エル。レイラも。あんな魔法使えるようになってたんだな」
「うん。確か熟練度550で使えたと思うよ」
「俺にはまだ到底及びそうにないな……」
レイラに魔法について聞き、エルの頭を軽く撫でてから、マリオネットに視線を向ける。巨人の操作のためにこちらに背を向けているが、リッチーである彼にふつうの攻撃は効かないのだから、油断というわけではないだろう。
膝をついて項垂れているマリオネットに近付き、話しかける。
「あんたにもう勝ち目はない。能力は見切ったし、ここに俺ら以外に操れるものもない。あんた自身が戦うのなら別だけど、俺の見たところ、そこまで強くはないらしいしな」
「……ええ、そうですとも。わたくしには戦う力などありません。わたくしにあるのは、ただの執事としての能力だけですよ」
見た目通り、彼は魔王軍の執事らしい。しかし、執事でありながら魔王軍の“使者”も務め、それに見切れなければ絶対に強敵になるであろうあの能力。レイラとエルのお陰で早くに気付けたから良かったものの、もしレイラが意地で拒絶出来ず、エルが躱せていなかったら、今頃負けていたかもしれないのだ。
「……ミユリスの誘拐事件、お前が主犯なんだろ」
「……そうですとも。またもあなたに邪魔をされるとは、思いもしませんでしたがね……あなたは、魔王軍からして、本当に危険な要注意人物ですよ」
レイラ達が操られて俺に向けたあの無感情な視線、そして感じ取れない気配は、ミユリスが誘拐された時の犯人として、現在央都の牢に入れられている二人が向けてきたものと、同類のものだった。それを思い出し、あの事件の犯人はこのマリオネットだと判断したのだ。これで、あの二人の罪もなくなることだろう。
「……オロチがあなたに殺されて、裏切り者のヴィレルはあなたの味方になる。なんとも、恐ろしい人物です、あなたは……」
「俺は恐ろしい人物なんかじゃないよ。レベルは一のまま上がらないし、一人じゃ戦えない。ヴィレルが俺に付いたのだって、父さんと母さんが昔仲良かったってのもあるだろうしな……でも、そういう因果があるから、俺たちはこうやって冒険者をしてるんだ」
「因果、ですか……。なら、わたくしの因果は、さぞ悲惨なものでしょうね……」
マリオネットの声の勢いが、更に弱まる。
「……リッチーってことは、あんたも元々は人間だったんだろ? それなのになんだって魔王軍に入ったんだ?」
「人間が魔王軍の下に行って、何か問題はありますか?」
「いや、ないけど……」
確かに、この世界の人間全てが魔王軍を目の敵にしているわけじゃない。父さんみたいに、馴れ初めを知っていて魔王軍を悪く言わない人もいれば、世界の破滅を望んで応援する者もいるだろう。そして、俺は前者の馴れ初めを知っているのだ。だから、魔王軍をどうこうしようというつもりは、本当はない。
「わたくしは、とある国の、王直属の執事でした。その王は魔王軍との和解を望む、平和を求む素晴らしき王でした。しかし、それは側からみればただの魔王酔狂者。王はほかの国の貴族や王により、処刑されたのです……」
その話は、俺でも知っている。およそ百年ほど前、魔王酔狂者の王が処刑され、その国は他の国により支配された、という話だ。今は再び統治国家として、その国は再出発しているらしい。そして、そこの領主の名前は──
「……もう、百年も昔の話です。あの国は、既になくなっているか、他の国に取り込まれているでしょうね」
「あんたの言ってる国の名前は?」
「……もし、あったとしても、既に使われていないと思いますが……“ラキュール”という国です」
やはり、俺の予想は当たっていた。その処刑された王の名前は、“スランベス・ラキュール”。この世界では一番小さな国と言われていたが、王の処刑により、一度は俺らの国に取り込まれた。しかし、三十年ほど前、元騎士団隊長の一人が、その国を元の状態に戻すことを提案し、その提案は許諾されて、今はその元隊長が領主を務めているのだ。
そして、その元隊長であり、ラキュールの今の領主というのが、言わずと知れた俺らの強い味方、ヴィレルなのだ。
「安心してくれ。その国は、また一つの国としてやり直し始めてるし、その国の今の王は、ヴィレル本人だ。国はちゃんと成り立ってるし、国民もそれなりに楽しそうに生活していたぜ」
「そうですか、ヴィレルが……」
「もしかしたら、あんたがヴィレルにその話をしていて、あいつがあんたの望みを叶えたんじゃないか?」
これはあくまで俺の願望じみた予測ではあるが、あいつは人間の味方でも、魔王軍の味方でもない。それに、彼女はなんだかんだで優しいのだ。色々考えているし、行動力もある。
「そうだと、嬉しいものですね……」
「……最初にも聞いたけど、二度と人間に危害を加えないなら、ここは見逃す。なんなら、このままヴィレルと一緒に、ラキュールでやり直したらどうなんだ?」
もう一度聞き直す。これを承諾してくれるとありがたいが、まあ、そんな上手くはいかないだろう。
「……こちらも、最初に言いました。わたくしは魔王軍の使者です。魔王様を裏切るなど、出来ませんよ。元々疎ましき人間だったわたくしを、快く受け入れてくれた前代……そして、わたくしを信頼してくださる、今代の魔王様を裏切ることは、出来ませんとも」
「そうか……」
やはり、断られた。彼等には、相当な決意があるのだろう。オロチにも、マリオネットにも。やはり、殺してしまうのは気が進まないのだが、ここで契約をせずに逃すのは、冒険者として、禁忌だと思う。
「……最後に、言いたいこととかあるか?」
「そう、ですね……では、ヴィレルにこうお伝え下さい。ラキュールを、よろしくお願いします、と」
「分かった。伝えておくよ……どうすればいいんだ?」
「その剣で刺していただければ、わたくしは消滅します。それだけの力が、その剣にはありますから」
この黒い剣の新しく知った力ではあるのだが、本当に訳の分からない剣である、という感想しか出てこない。この剣も、そのうち正体が分かるのだろうか。
「分かった」
俺が剣を持ち上げると、マリオネットはおもむろに立ち上がり、高い背で俺を見下ろす形で、体の正面を俺に向けた。
「……魔王様、申し訳ありません。わたくしは、前の主人は最後を見ていることしか出来ませんでしたが、今度はそれすらも叶わないようです。お許し下さい……」
その顔は、どこか清々しく、生の最後とは思えなかった。
「……一ついいか」
「はい」
「女癖、キモかったぞ」
「ああ……あれは、魔王軍に入ってからのことです。元はそうではありませんでしたよ……」
「そうかい……じゃあ、行くぞ」
「どうぞ、いつでも」
両手を広げ、抵抗する気はないと表現するマリオネットに向けて、彼の胸の高さに合わせて剣先を据える。そして、そのまま彼の心臓を貫いた。
ここに、二人目の魔王軍使者が、死んだ。もしかしたら、彼のあの女癖のようなものは、彼なりの人間への抵抗だったのかもしれない。……性癖かもしれないが。
マリオネットを倒したレンだったが、昔の仲間であったはずのマリオネットの死に対して、あまりにも冷静なヴィレルに怒りを覚える。ヴィレルの本当の心情は──次回、「ヴィレルの本性」
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