敵の能力
転移での移動した先は、ダンジョンから少し央都寄りの場所だった。アリーの嫌がらせかとも思ったが、恐らくダンジョン近くの敵の存在を予想してのことだろう。
少し目を凝らすと、ダンジョンが薄っすらと見えている。今回は前回のように隠してはいないようだ。
「取り敢えずダンジョンまで行こう。敵が来たらどうするかも、今のうちに決めておいた方がいいな」
「ダンジョン前の敵は俺とミナに任せてくれ。俺らよりはレンの方が使者とはやり合うのに適しているはずだ」
「……俺レベル一だぞ?」
「私もそう思います。それに、何か考えもあるようなので、レンさんが行かないといけないと思いますよ」
どうやら、伝えてはいないものの、ミナには(恐らくジュンにも)俺がやろうとしていることは、ある程度勘付かれていたようだ。
「なら、妾も残るとするかの。ダンジョンでは魔術師、特に高火力の者は危険じゃ。崩落の可能性がある。レイラが“バーニングネオ”さえ使わなければ、問題はないじゃろう」
「……いや、俺もかなりの高火力じゃなかったっけ?」
そう、俺はオロチとの戦いの際、ヴィレルの計らいにより、魔法の威力が格段に向上したのだ。
「? ……ああ、言っておらなんだな。あれは一日で切れるんじゃ。故に、お主の魔法の威力は元に戻っておる」
えー……あの高火力でぶっ放すの、結構快感だろうになぁ……
しかし、既に切れた効果を望んでも、無い物ねだりだ。今は今ある力で対抗しなければいけない。
「まあいい。じゃあ、ダンジョン前にいると思われる敵はジュンとミナ、ヴィレルで対処。ダンジョンには俺、レイラ、エミ、ミフィア、エルで向かうのでいいのか?」
全員が頷く。これで、振り分けは終わった。人数が極端にダンジョン側に多いが、それは勿論、途中で出くわすであろう敵、そして最後に待っているであろう“使者”を警戒してのことだ。
大声を出して敵に気づかれる前に、一度目配せをしてから、ダンジョンの方へと向かって行った。
元々見えていたが、やはり薄っすらだったのも当然で、かなりの距離を歩いた。
十数分歩いて、やっとのことでダンジョンの手前五メートル程になったかと思った瞬間、
「来たぞ‼︎」
ずっと機能させていた第六感に敵がかなりの速度で近付いている反応を感じた。しかし、思ったよりも遅いお出ましだな……
「……まさか……後ろにもいるかもしれない!」
ハンディングで隠れていたのか、気付かなかった。ジュンとミナ、ヴィレルがそれぞれ兄妹が後方、ヴィレルがダンジョン側の敵へと攻撃を始める。
「お主らは行け! こんなところで無駄な労力を使うでないぞっ!」
「分かった!」
ヴィレルの言葉を信じて、俺たちは彼女の作った道を走り抜ける。横から飛び込んできたゴブリンを速攻で手に持った黒剣で薙ぎ払い、ミフィアが残党を斬り裂く。
魔術師二人は一切攻撃をさせていないが、ここで魔力を使うよりは、俺らの疲労が増える方がマシだろう。
俺の頭上から、少し大きめのゴブリンが飛び込んでくる。反応が遅れて、カウンターは無理と判断し、剣で攻撃を受け止めようとした瞬間──そのゴブリンの腹に、エルが突進をかました。二メートルほど吹き飛び、その隙に俺たちは辿り着いたダンジョンの入り口に飛び込んだ。
♢
ダンジョンに入り、即座に扉を閉め、レイラの閉鎖魔法により敵の侵入を防ぐ。しかし、その代わりにジュン達も入ることはできなくなるが。
「エル、ありがとな」
顎の下を掻いて礼を言うと、エルがクルルと鳴いて気持ち良さそうな顔をする。
「さて、ダンジョン攻略といくか。雑魚は基本的に俺とミフィア、エルで倒す。もしもの時以外は、二人は何もしないで、自衛のことだけを考えてくれ」
俺以外の全員が頷く。そして、第六感を発動させて周囲を探るが、今のところ気配は近くにはない。ハンディングされていたら気付かないが。
「……とにかく、今は進むことにするか」
警戒を怠るわけではないが、反応が無いのでは対抗のしようがない。だから、反応を感じないうちに進むことにした。エルの第六感は俺とミフィアよりも優れているから、もしもの時は知らせてくれるだろう。
──どれだけ進んだだろうか。今のところ、一度も敵とは遭遇していない。
「……おかしい。ここまで敵がいないのは、何かあるのか?」
無駄に頭を使わせて疲れさせる作戦、などとそんなことはしてこないだろう。だから、もしかしたらこれは──
「エル、後ろにいないか?」
『反応はない。けど、何かムカムカする……』
テレパシーでエルが伝えてくる。ムカムカする理由が分からないが、やはり何かあるのかもしれない。エルに変なものを食べさせた覚えもないしな。
そして、結局そのまま、一度も敵と会うことはなく、ダンジョンの最奥へと辿り着いた。
「なんなんだよ、この違和感……」
そう呟いてみるが、声は反響するも、それに反応して出てくる敵はいなかった。
「仕方ない。みんな、準備はいいか? 今から“使者”との戦いなわけだけど」
「大丈夫。魔力もまだまだあるから」
「私も。お兄ちゃんのタイミングでいいよ」
「ん、問題ない」
そして最後にエルもひと鳴き。みんなの準備は整っているようなので、二度目となるこのダンジョンの装飾の多い扉に、手を付ける。そして力を入れると、僅かな抵抗も一瞬に、簡単に開いて行った。
「生け捕りにしなさいっ!」
その瞬間、低すぎない透き通った男性の声が響き、魔獣が俺たちに押し寄せて来た。
その手に剣を持っていたために対処は出来たが、まさか最奥の部屋に全員魔獣が集まっていたとは。
「くそ、数が多い……!」
出てきた魔獣の数は、優に五十を超えるだろう。しかも全ての魔獣が難易度六レベルのクエストのボスランクに強い。つまり、敵の平均レベルはおよそ八十。
「《フレアテンペスト》ッ!」
「《ライトニングランス》!」
レイラの炎と風の混合魔法と、エミの光の槍が敵を吹き飛ばす。
「エル、撃て!」
指示を飛ばすと同時、回転して大きくなったエルの熱線が敵のほとんどを消滅させた。そして、残党を俺とミフィアで斬っていく。
全てを倒すのに有した時間はものの二分程度だったが、あまりに急な戦闘だったために、余計に疲れが押し寄せた。
「おやおや、こんなにもアッサリとやられてしまうとは……」
「お前が、送られてきた、“使者”か……」
息も絶え絶えながら、それだけを言う。
「ええ、如何にも。わたくしが、オロチに続く使者、“マリオネット”と申します。魔王様には、リオと呼ばれておりますよ」
後付けはどうでもいいが、マリオネットには聞き覚えがあった。なのに、思い出すことが出来ない。ミナがなにかを言っていたはずなのに……
「ふむ、美しき少女が三人もいるではないですか。是非とも、わたくしの下に来てほしいものですが……」
その三人と言うのは、例外なくレイラ、ミフィア、エミのことだろう。
「……お前に話がある、マリオネット」
「ほう、話、ですか。して、何でしょうか」
「……二度と人間に手を出さないと約束……いや、契約するなら、ここは見逃す。どうだ?」
「……はっ、人間の男の冒険者程度が何を。見逃す? 二度と人間に手を出さない? 魔王軍の者が、そんな要求を受けるわけがないでしょう」
やはりダメか。
「人間には美しき女性が多い。そこに手を出さないなど、男としてあるまじき行為です。このリッチーであるわたくしが、あなたのようなヘタれた男を皆殺しにして、女性のあるべき姿というものを、教えて差し上げようじゃありませんか!」
理解しがたい熱弁の後、マリオネットは勢いよく手袋をはめた右手を突き出した。詠唱はない。魔法陣も出ていない。なのに──
「ん、だ、これ……」
体が乗っ取られたかのように、動かないのだ。そして、俺の後ろに立っていた女子三人は、意識を失っているのか、全身をダランと脱力して、浮き上がっていた。エルは何もないように思えるが、俺と同じく動かないらしい。
「さあ麗しき乙女よ、我が物となるがいいっ!」
マリオネットが言うと同時、気を失っているレイラ達が、彼の方へと空中を浮かんだまま近付いていった。そして、十字架にでもかけられたかのように、両手を横にしたまま停止した。嫌な予感が俺の中を満たし、やめろと声を出そうとするが、頬や喉の筋肉が痙攣するだけで、音を発することができない。
「ほお、近くで見るとこれまた美しい。こんなにも美しいというのに、一切手を出していないあなたは、ヘタレの極み、むしろ可哀想にも思えてきますよ……さて、わたくしのお人形として、あの可哀想なヘタレを滅多打ちにしてあげなさい」
男が右手を振り上げると、レイラ達が着ていた服が燃え上がるように消滅した。目を逸らそうにも、瞬き一つ出来ない今の状況では何も出来ない。目が乾き出して視界が定まらないのが、唯一の救いか。
「あぁ、なんと素晴らしい……まだ成長過程ではあるものの、金髪の少女以外は更に有望な体つきになります。こんなにも選り取り見取りなセットは初めてですよ……。では、契約の時間です」
そして、マリオネットは手袋を外し、その素手をまずレイラの心臓部へと近付ける。そんな最中にありながら、俺は一切声を出せない。まるでパラライズスライムの影響でも受けているかのように、全く動かないのだ。
俺の霞む視界の中、マリオネットの言う契約が隣にいるミフィアにも施される。そして遂には、エミにまでも。
マリオネットが腕をさっきとは逆に──つまり下へと振り降ろすと、消滅したと思っていた服が再生していた。
手袋をはめ直し、左手を突き出したかと思うと、俺の隣に落ちていた三人の武器が空中を浮遊しながらマリオネットへと、レイラ達同様に近付いていく。
「さあ、殺戮という人形劇の始まりですっ!」
マリオネットの声が響き渡り、俺とエルの硬直が解けた瞬間、レイラ達の目が開き、無感情な視線が俺へと向けられた。
マリオネットの味方へとついてしまったレイラたちの正気を戻すため、レンはいろいろな方法に興じる。しかし、何をしても三人は元に戻らない。しかし、一人だけは違った──次回、「“好き”の強さ」
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