6. 婚約破棄、承ります
「セドリック、説明せよ」
静かに、しかし確実に怒りのこもった声でエドワードが問いかける。
「彼女は僕を助けてくれたんです! お忍びで城下町へ降りた時、不届な輩に絡まれまして、彼女が機転を利かせて追い払ってくれたのです。それから三日に一度は町で彼女と話をしました。
王太子ではなく僕そのものを見てくれる彼女に、惹かれたのです。運命の相手だと感じました」
その情景を思い出しているのか、セドリックはうっとりとした表情で話し続けた。
「僕に王太子としての振る舞いばかりを求める城の者たちとは違います。ロザリアも親同士が決めた相手というだけ。僕は初めて、真実の愛を知ったのです。いつだって僕の気持ちをわかってくれる彼女こそが、僕の求めていた相手なのです」
セドリックはアメリアの肩を抱き、エドワードに真っ直ぐな目を向けた。
「母上を心から愛していた父上なら、ご理解いただけますよね!」
セドリックは認められて当然とでもいうように、晴れやかな顔でそう言い切った。
「……お前とアメリア嬢を、私とジュリエットと同じだと言いたいのか」
セドリックとアメリア以外の誰もがエドワードの言葉に息を呑んだ。
そんなことなどお構いなしに、アメリアはセドリックの胸に手を当てて、ロザリアを上目遣いで見つめると
「ロザリア様ごめんなさぁい。あたしたち心から愛し合っているんです。怒らないであげてくださいね」
甘ったるい声で目を潤ませてそう言ってきた。
「な……何を……」
ロザリアが口を開くと、セドリックが被せてきた。
「アメリアを責めるなロザリア! お前はアメリアに対して『平民のくせに王太子に近づくな!』と脅したらしいな! 民を見下すお前に未来の王妃など務まるものか!」
ロザリアはアメリアに会ったことなど一度もなかった。
その存在すら今初めて知ったのだ。
それなのに脅したとはなんのことを言われているのかさっぱりわからなかった。
「私は……この方とは今日初めてお会いしましたけれど……」
やっと絞り出した言葉もセドリックに掻き消される。
「嘘をつくな! アメリアが泣きながら話してくれたのだ! 性根の腐ったそなたとの結婚など、ありえん!」
あまりにも雑な嘘に、ロザリアは眩暈がした。
ロザリアはお忍びで城下町へ行くなどとしたことがない。毎日厳しい妃教育のため、自由になる時間などほとんどないのだ。
セドリックは調べれば簡単にわかるような嘘を、アメリアの言葉一つで真実にしてしまった。
『私が支え共に歩もうとしていた彼は、こんなにも愚かだったのだろうか』
ロザリアは絶望した。
するとエドワードが静かに口を開いた。
「アメリア嬢。ロザリアに脅されたのは、いつのことだ」
エドワードの問いに、アメリアは一瞬言葉を詰まらせた。
「え……っと……少し前です。あたし、怖くて……日にちまでは……」
「場所は?」
「街の……人の少ないところで……」
「ロザリアが一人で城下へ出た、と?」
「え……あ、はい。一人でした!」
その会話にクリストフが割って入る。
「あり得ませんな。娘が護衛も伴わず城下へ出ることなどございません。そもそもロザリアには、妃教育のため自由に城下へ出歩けるような時間などほとんどない。日程は王家にも提出されている」
そこまで話して、セドリックが声を荒げた。
「父上! アメリアを尋問するような真似はおやめください! こんなに怯えている……。」
エドワードは冷ややかに言葉を返した。
「尋問ではない。お前が公衆の面前でロザリアを罪人のように罵ったから、事実を確認しているだけだ。お前は確認したのか?」
「……何をです?」
「アメリア嬢の話が事実かどうかだ」
「アメリアほどの心が綺麗な人が、嘘をつくはずありません!」
「つまり、何も確認していないのだな……」
その場の空気は完全に冷え切っていた。
「そもそも、お前は婚約というものを何だと思っている。お前一人の感情で婚約者を変えることなどできると思っているのか」
エドワードの反応が思っていたものと違うことに、セドリックは焦りを見せ始めた。
「父上まで身分や政略を優先するのですか!」
二人のやり取りを、ロザリアは静かに聞いていた。
これまで積み重ねてきたものが、足元から崩れていくようだった。
「僕はアメリアと結婚します! ロザリアとの婚約など必要ありません!」
「お前は……」
エドワードの言葉を遮り、ロザリアが口を開いた。
「陛下……もうよろしいのです」
全員がロザリアを見る。
「セドリック様……婚約破棄、承ります。」
その目にはもう光はなかった。
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