5. 真実の愛
――八年後
十六歳を目前に控えて、ロザリアは美しく聡明な公爵令嬢へと成長していた。
亡き王妃との約束を胸に、ロザリアは努力を惜しまず、未来の王妃として、幼い頃から厳しい妃教育を受け続けてきた。
礼儀作法、歴史、政治、外交、語学、舞踏、音楽、領地経営――。
努力を重ねた結果、教師たちからの評価も高く、貴族たちからも次代の王妃として認められている。
しかし、それを面白く思っていない人物がいる。
婚約者であるセドリックだった。
幼い頃は仲の良かった二人だが、ここ数年、セドリックはロザリアに対して次第によそよそしくなっていった。
何をしても褒められるロザリア。
王である父からも信頼され、貴族たちからも『素晴らしい王太子妃になる』と期待されるロザリア。
一方のセドリックは、何かにつけて『ロザリア様ならもっとお出来になる』と比較されるようになり、それが次第に重荷となっていたのだ。
ロザリアはセドリックを立て、いつでも献身的に尽くしてきた。
そんな姿さえ受け入れられず、セドリックは惨めに感じていた。
そんな中、セドリックの十六歳の誕生日を祝う盛大な夜会が近づく。
「セドリック様、いよいよ来月ですわね。準備も滞りなく進んでおりますわ。何か気になることなどございませんか?」
王太子の婚約者として、ロザリアは夜会をセドリックと共に任されていた。
しかし、実情はほとんどの手配をロザリア一人が行っている状態だった。
ロザリアの問いかけにセドリックは
「お前に任せる」
とだけ告げて去っていった。
最近、セドリックがお忍びで城下町へ出かけているという噂もロザリアは耳にしていた。
胸騒ぎを覚えながらも、婚約者を疑いたくないロザリアは不安を押し殺し、自らの職務を全うする。
ところが夜会直前、珍しく昼食にロザリアを誘ったセドリックが、信じられない言葉を告げた。
「当日、お前を迎えには行けない」
婚約者同士である以上、当然セドリックがロザリアをエスコートして入場するはずだった。
狼狽えたロザリアが理由を尋ねても、
「先に用事がある」
その一点張り。
セドリックは目も合わせずに黙々と食べ続けている。
それ以上何も聞けずに、一口も食事が進むことなく固まっているロザリアを、セドリックは気にすることなく置き去りにして去っていった。
いつから彼はこうなってしまったのか……ロザリアの頬に一筋の涙が伝う。
側で怒るアンの声もロザリアの耳には入らなかった。
その日の夜ロザリアは傷つきながらも騒ぎにはせず、四歳上の兄、グレンにエスコートを頼んだ。
「なんだと?!あのバカ王子め、どういうつもりだ!」
「ロザリア、この父に任せなさい、王家に抗議してやる!」
兄も父クリストフも、怒りを露わにしていた。
「やめて!セドリック様もきっと何かお考えがあるのよ……」
ロザリアが何もしないことを望んでいるため、兄と父は握りしめた拳を解くほかなかった。
そして誕生日当日。
兄の腕に手を添え、王城の大広間へ入るロザリアの姿は、まさに女神の如く美しかった。
ロザリアの白い肌に薄いブルーのドレスが映えていた。
婚約者であるセドリックと、事前に相談することができなかったため、セドリックの目の色のドレスを着ることにしたのだ。
周囲は当然、王太子の婚約者であるロザリアが一人で現れたことを不思議がっていた。
ヒソヒソと自分を噂する声がロザリアの耳に入る。
グレンは自分の腕を持つロザリアの手が強くなったのを感じた。心配そうに妹の顔を覗き込んでいると、やがて国王エドワードが入場してきた。
貴族たち全員が礼をしている中、エドワードが軽く挨拶をしてから、ロザリアの元へ近づいてきた。
「やあロザリア、今宵も美しいな。隣国にいる間、君が元気にしているか気になっていたよ」
「国王陛下へ、ロザリア・ヴァロアがご挨拶申し上げます。隣国へのご滞在お疲れ様でございました。おかえりなさいませ。」
美しいおじきを見届けたエドワードは横にいるグレンに目をやり、再びロザリアを見つめる。
「セドリックはどうした」
ロザリアは青い顔で目を逸らした。
「あの……それは……」
ロザリアが答えようとしたと同時に、王太子セドリックの到着が告げられた。
その場にいた全員が入口へ目を向ける。
しかしそこに現れたセドリックは、一人ではなかった。
その腕には、ロザリアの知らない少女が手を絡めている。
しかも少女が身につけているドレスは、偶然とは思えないほどセドリックの正装と色が揃えられていたのだ。
まるで最初から、二人で並ぶために仕立てられたかのように。
これ以上ないほどに会場はざわめいた。
ロザリアは言葉を失い、目を大きく開いてセドリックとその少女を見つめていた。
少女を愛おしそうに、大事にエスコートするセドリック。
その横で幸せそうな少女は、美しく凛としたロザリアとは正反対の、柔らかい雰囲気の可愛らしい少女だ。
ロザリアは倒れそうだった。
しかし夜会で倒れるなど、ロザリアのプライドが許さなかった。
その横にはセドリックを睨みつけるエドワードとグレンがいた。
セドリックと少女は、ロザリアを見つけると近づいてきた。
「どういうことですかな、殿下。我が娘を差し置いて、側に置いているその者は?」
誰よりも先に口を開いたのは、貴族たちに挨拶回りをしていたクリストフだった。
クリストフはロザリアとセドリックたちの間に割って入ると、その顔に浮かべた怒りを隠そうとはしなかった。
「クリストフ、そのような顔をするな、彼女が怖がるだろう。」
悪びれる様子もなく、セドリックは少女を守るように少女の前に立った。
「彼女は宿屋の娘でアメリア。街で出会った僕の愛しい人だ。」
驚愕の言葉に会場が一瞬で静まり返る。
「愛しい……人……?」
ロザリアは震える体を必死に立たせていた。
目の前で、幼い頃から将来を誓い合った婚約者が、別の女性を「愛しい人」だと言ってのけた。
この現実をどう受け止めればいいのかわからなかった。
さらにクリストフが問い詰める。
「まさか、その娘を側室に迎えるおつもりですかな? 我が国では一夫多妻は認められておりませんが」
その言葉にセドリックは馬鹿にしたように笑った。
「ハッ、真実の愛の前に政略結婚など不要だ!ロザリア、君との婚約は破棄させてもらう!」
セドリックが連れてきた少女は、街の宿屋の娘。つまり平民だったのだ。
続けて婚約破棄などと言い出したセドリックを、その場にいた全員が信じられないという顔で見つめていた。
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