47. 誕生
ロイが王宮内を慌ただしく駆けていく。
普段は冷静な彼も、今ばかりは周囲の目を気にしている余裕などなかった。
そのまま国王の執務室の扉を勢いよく開けて叫んだ。
「陛下!! いよいよとのことです!!」
「本当か!?」
立ち上がった拍子に椅子を倒したことなど気にもとめず、エドワードは部屋を飛び出した。
残されたロイは倒れた椅子を起こすと、慌ててその後を追った。
ロザリアの部屋の前に来ると、お湯やタオルを持った侍女たちが、入れ替わり立ち替わり出入りしていた。
その度に開く扉の中から、ロザリアの叫びにも唸りにも聞こえる声が漏れていた。
エンリエットの励ます声も時々聞こえてくる。
エドワードは思わず扉に手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
自分が中に入ったところで、何ができるわけでもない。
それでも、苦しんでいるロザリアのそばにいてやりたかった。
為す術なく扉の前を行ったり来たりしているエドワードの肩に、誰かの手が置かれた。
「落ち着け、エド」
クリストフだった。
「ロザリアにはエンリエットがついている。医師も産婆もいるんだ。少しは落ち着け」
我に返ったエドワードは、壁にもたれかかった。
「二度目だというのにな、慣れないものだ」
「何度経験しても同じだろう。私だって気が気じゃない」
そう言うクリストフも、落ち着かない様子で扉を見つめていた。
そこへセドリックがやってきた。
エドワードとクリストフは驚きを隠せなかった。
「お前までやってくるとはな。どうかしたのか?」
「いや……その……。私にとって弟か妹ができるので、一応……」
セドリックはエドワードの問いに、歯切れの悪い返事をして目を逸らした。
「そうか……」
エドワードはそれ以上何も尋ねなかった。
セドリックも少し離れた場所に立ち、閉ざされた扉を見つめた。
それからどれほど経っただろう。
廊下には侍女たちの足音だけが響き、時折聞こえるロザリアの声に、エドワードは何度も顔を上げた。
その時、中から力強い赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「産まれたか」
クリストフが呟き、エドワードは言葉が出ずに扉を見つめていた。
やがて扉が開き、アンが部屋から出てきた。
「陛下、おめでとうございます。元気な男の子でございます」
「そうか、男の子か。ロザリアは? 無事なのか?」
「はい。お疲れではございますが、母子ともにお元気でございます」
その言葉を聞いて、エドワードはようやく大きく息を吐いた。
「そうか……よかった」
安心して力が抜けたエドワードの肩を抱き、クリストフが力強く頷いた。
「よかったな、エド」
「ああ……」
そんな二人を、セドリックは少し離れたところから見つめていた。
「男……」
セドリックはそう呟くと、その場を後にした。
しばらくしてロザリアと新たな王子の準備が整い、エドワードたちが中に呼ばれた。
その時ふと、エドワードはセドリックの姿が見えないことに気づいた。
「セドリックはどこへ行った?」
「さあな。先ほどまではそこにいたんだが……」
クリストフも辺りを見回した。
「そうか……」
エドワードはセドリックが立っていた場所に目を向けた。
「あとで、あいつとも話をしなければな」
そう言ってゆっくりと静かに部屋の中へ入ると、疲れ切ったロザリアがエドワードの姿を見て安心したように微笑んだ。
額にはまだ汗が滲んでいたが、その表情は晴れやかだった。
エドワードはロザリアに近づき、そっと頭を撫でた。
「よく頑張ったな、ありがとう。愛しているよ、ロザリア」
そう言うと額に口づけを落とした。
「私も愛しておりますわ」
涙を流しながら微笑むロザリアを、エドワードはこれまでで一番美しいと感じた。
「エドワード様、赤ちゃんをご覧になってくださいませ」
その言葉に促され、エドワードは揺りかごに寝かされた赤ん坊に近づいた。
上から覗き込むと、赤ん坊は体を時々くねらせながら眠っている。
小さな手は軽く握られ、柔らかな頬はほんのりと赤く染まっていた。
エドワードが指を差し出すと、赤ん坊の小さな手がその指に触れた。
「なんてかわいいんだ」
エドワードは目を細めた。
「エドワード様、名前をつけてあげてくださいませ」
「もちろん考えてあるよ。ユリウス。この子はユリウスだ」
「ユリウス……。まあ、良い響きですわね」
「気に入ってくれたか?」
「もちろんですわ」
ロザリアが手を伸ばしたのを見て、アンは揺りかごからユリウスを抱きかかえると、ロザリアの腕に寝かせた。
小さな体を胸元に抱き寄せると、温かな重みが伝わってきた。
ロザリアはしばらくその寝顔を見つめていた。
「ユリウス。私のユリウス。お父様のように素敵な男性になるのですよ」
ロザリアはユリウスの頬に口づけをした。
するとユリウスは小さく口を動かし、また静かに眠り続けた。
「まあ、かわいらしいこと」
エンリエットが目元を押さえた。
「ロザリア、本当によく頑張ったわね」
「ありがとうございます、お母様」
クリストフもそばに歩み寄り、孫の顔を覗き込んだ。
「お前が生まれた時のことを思い出すな」
「私もこんなに小さかったのですか?」
「ああ。それが今では母親だ。時が経つのは早いものだな」
クリストフは感慨深そうに微笑んだ。
エンリエットもその隣で、何度も頷いている。
エドワードもまた、穏やかな笑みを浮かべていた。
ロザリアは我が子の小さな手に、そっと指を添えた。
するとユリウスは、その指を握るように小さな手を動かした。
ロザリアの顔に、自然と笑みがこぼれた。
ロザリアにとって、人生で最も幸せな瞬間となった。
お読みいただきありがとうございます!
やっと産まれました!頑張ったロザリア!
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