46. 王国の秘密
日記を全て読み終える頃、ロザリアは臨月を迎えていた。
ロザリアは重いお腹を支えるように手を添えながら、フェリシアの墓前へ再びやってきた。
「フェリシア様。日記を読み終わりました」
ロザリアは墓石に向かい両手を合わせた。
「あまりにもつらく悲しいご経験を重ねられて、読んでいて私も共に胸を痛めました。でも……最期の時に、テオドール様に手を握られながら幸せを感じていらしたことが……何よりの救いでございます」
ロザリアの頬に一筋の涙がつたった。
「私に、あなたの半生を見る機会を与えていただき、ありがとうございました」
ロザリアはできる限りのお辞儀をすると、王宮へ帰って行った。
ロザリアは自室へ戻ると、プリシラの手紙を手に取った。
日記を読む限り、彼女の夢には何かがあることは明白だった。
プリシラの手紙は、ヴァレリーが亡くなる直前に届いたものから始まっていた。
最初の手紙には、急いで記したのだろうと思われる、殴り書きのような文字が並んでいた。
そしてその手紙には握りしめたような皺がついており、フェリシアの感情が伝わってくるようだった。
「この手紙が、あと少し早く届いていれば何か変わっていたのかしら……」
ロザリアは手紙を胸に当てて、思いをフェリシアに重ねていた。
その後に届いた手紙たちは、どれもフェリシアを心配するものや、近況を知らせ合っているような内容だった。
しかし、手紙を読み進めるにつれ、プリシラの言葉には次第に悲痛な思いが滲むようになっていった。
【馬車で子供が轢かれる夢を見たわ。最近毎日のように誰かが私の夢で死ぬわ。国のどこかなのだけど、どこかわからないことが多いの。また助けられなかった。私だけが知っていたのに】
【地震がきて、南の集落が津波に飲まれる夢を見たの。でも起きた瞬間に地震がきて、私にはどうすることもできなかった。私だけが救えるはずなのに】
【眠るのが怖いの。こんな力欲しくなかった】
【私は結婚はしないわ。この力が私の子孫には宿ってしまう。こんな苦しみを誰かに継がせるわけにはいかないの】
【一つだけ、夢を見なくなる方法があるの。夢がそれを教えてくれた。幸せでね、フェリシア。大好きなあなたと、お姉様たちの死を夢に見る前に私は……】
最後の文字は、涙で滲んでいた。
ロザリアは言葉を失い、震える手で手紙を握りしめていた。
日記を読んだ時点で、予想を立ててはいたが、本人の言葉を目の当たりにすると、その日々がどれほど絶望に満ちたものだったのかが伝わってきた。
ロザリアのその様子を見て、アンは部屋の外にいる守衛の一人にエドワードを呼ぶよう指示を出した。
「なんて……なんておつらい人生なの……ああ……」
ロザリアはテーブルに突っ伏して泣き崩れた。
アンはすぐさまハンカチを差し出して、ロザリアの背中をさすった。
「ロザリア様、お身体にさわります。どうか、ゆっくりと息をなさってください」
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、エドワードが部屋に飛び込んできた。
「ロザリア!」
過呼吸気味になっているロザリアを見て、エドワードは青ざめた。
「どうしたのだ? 陣痛が来たのか?」
泣きながら首を横に振るロザリアを、ひとまずエドワードは抱きかかえて寝室へ運んだ。
「とにかく落ち着こう。ゆっくり息をして」
「ごめん……なさい……」
荒くなった息をなんとか整えようとしながら、ロザリアは言葉を絞り出した。
「喋らなくていいよ。落ち着いたらでいいんだ」
しばらくして、ロザリアはやっと呼吸を落ち着かせ、そのまま気を失うように力尽きて眠ってしまった。
「アン、念のため医師を呼んでくれ」
アンが守衛に医師を呼ぶよう伝えている間、エドワードは眠るロザリアの寝具を整え、寝室を出た。
「アン、何があった?」
エドワードはつらそうな表情でアンに尋ねた。
「それが、手紙を読まれておりまして突然……」
「例の、姉から来た手紙か。見せてくれ」
エドワードはすぐさまロザリアの部屋でプリシラの手紙に目を通した。
「これは……」
ロザリアと同じく、エドワードも言葉を失った。
人が自ら死を選ぶまでに追い詰められていく、その絶望が綴られていた手紙。ロザリアがあれほど取り乱した理由を、エドワードも理解した。
「ロイ、午後の仕事は全て取りやめだ。目覚めた時にそばにいてやりたい」
「かしこまりました」
ロイはすぐさまその手筈を整えに部屋を出た。
エドワードは手紙を箱に戻すと、再び寝室へ戻っていった。
しばらくしてロザリアがゆっくり目を開けた。
隣にはベッド脇の椅子に座り、ロザリアの手を握ったまま、ベッドに突っ伏して眠るエドワードがいた。
「エドワード……様?」
その声に一瞬で目を覚ましたエドワードは勢いよく顔を上げた。
「ロザリア! もう大丈夫か?」
「はい、ご心配をおかけいたしました」
エドワードは繋いでいたロザリアの手を、さらに両手で包み込み、安堵の表情を浮かべた。
「医師にも診てもらったが、君も赤ん坊も心配ないそうだよ」
ロザリアが一番心配しているところを聞く前に、エドワードは先に知らせてくれた。
ロザリアは嬉しそうにお腹を撫でた。
「手紙を、私も読んだ。あれほどつらい内容を君一人に読ませてしまったことが悔やまれるよ。私も一緒に読めばよかった」
「読んだのですね……。では、ルーベルの秘密、プリシラ王女の予知夢については、もうご理解いただけていますわね」
二人は手を握り合ったまま、共に深刻な表情を浮かべた。
その能力は、決して世界に知られてはならないものだった。
知られてしまえば、彼女を手に入れ、悪用を考える国も現れかねない。
娘との絶縁や、国交の断絶も、父親であるルーベル国王にとって、二人の娘を守るための苦渋の決断だったことは想像に難くなかった。
「プリシラ王女は、ご自分の子孫にあの力が受け継がれると考えていらしたのでしょうね……」
ロザリアは悲しげに目を伏せた。
プリシラは、自分が子を持たなければ、あの苦しみを誰にも継がせずに済むと信じていたのだろう。
だが、ロザリアたちは予知夢の力を持たなかったフェリシアの子孫である。
「でしたら……私たちの子に、あの力が宿ることはないのでしょうか?」
「そうであってほしいね。だが、確かなことは誰にもわからない」
ロザリアはそっとお腹に手を添えた。
フェリシアもまた、その可能性を考えていたのだろう。万が一、自分の子孫に予知夢の力が現れてしまったら。その子がプリシラと同じ苦しみを背負うことになったら。
だからこそ、日記の最後にあの願いを残したのだ。
「もし、この子にあの力が宿っていたら……」
エドワードはロザリアの手に自分の手を重ねた。
「その時は、私たちが守ってやろう。決して一人で苦しませたりはしないよ」
ロザリアは静かに頷いた。
どうか、この子が穏やかな夢を見られますように。
そう願いながら、ロザリアは愛おしそうにお腹を撫でた。
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