44. 変わるもの、変わらないもの
「ロザリア……ロザリア」
ロザリアが目を開けると、そこには覗き込む愛しい人の姿があった。
「エドワード様、おはようございます」
まだ寝ぼけ眼のロザリアがそう言うと、エドワードはその額に口づけを落とした。
「夕べは随分遅くまで読んでいたね。私なんて君のお腹を撫でながらいつの間にか寝てしまっていたよ」
エドワードはロザリアのお腹を撫でた。
「おはよう。君も寝坊助かな」
お腹は無反応を決め込んでいた。
エドワードは、体を起こし伸びをするロザリアの横に寄り添って座った。
二人の最近の朝の日課は、ロザリアが前日に読んだ日記の内容を、忙しいエドワードに話して聞かせることだった。
「外の世界に知られてはいけないもの?」
「ええ、娘との縁を切るほどのもののようですわ」
娘との縁だけでなく、一国との関係をも閉じるに至るその秘密については、まだ詳しく書かれていない。
フェリシアも涙ながらに受け入れるしかなかったその秘密とはなんなのか、ロザリアは早速、はやる気持ちで続きを読もうとした。
しかしエドワードに日記を取り上げられてしまった。
「まずは、朝食としよう」
「それもそうですわね」
ロザリアは肩をすくめた。
朝食の席にはセドリックも来ていた。
テーブルにはパンケーキと様々なフルーツが並ぶ。
ロザリアはパンケーキを切りながらセドリックに尋ねた。
「アメリアさんはどうですか? カルヴァン侯爵の元へ行ってから3週間経ちましたけれど……」
水を飲もうとしていたセドリックの動きがぴたりと止まった。
ロザリアの質問に目が泳いでいるのが見て取れた。
「セドリック?」
エドワードも訝しげにセドリックを見た。
「アメリア嬢とは会えているのか?」
セドリックは観念したようにナプキンで口を拭くと、二人に向き直った。
「公務の合間になるべく会いに行くようにしておりましたが、カルヴァン侯爵から、私が来るとアメリアの気が逸れるので、訪問を控えるようにと言われまして……。それで、昨日1週間ぶりに行くとアメリアにここから連れ出してと泣かれてしまいました……」
エドワードもロザリアも、セドリックの報告に驚くことはなく、予想通りといった顔でお互いに目配せをした。
「それで?」
エドワードの鋭い視線に、セドリックは小さく体を震わせた。
「も、もちろん連れ帰ってはおりません! ……どうにか、二人のためなのだと説得しました」
すでに王宮に連れ帰っているのではないかと思っていたエドワードは、意外だという顔をした。
ロザリアもほっとした様子で息を吐いた。
少し前なら「かわいそうです」と言って連れ帰っていただろう。セドリックの方は少し王太子としての自覚が芽生えた様子だった。
「逃げるならそれはそれで構わんが、その時は新しい婚約者を探せ。王太子妃にふさわしい女性をな」
エドワードの言葉に焦りを見せてセドリックは立ち上がった。
「ありえません!! 必ず彼女はやり遂げます!」
セドリックは下唇を噛むと、グラスの水を一息に飲み、食堂を後にした。
「やれやれ、あいつは短気すぎるな。いつもこうして飛び出していく」
ロザリアは首を振って怪訝な顔でエドワードを見た。
「今のは少し意地悪が過ぎましたわ」
エドワードは、ロザリアのその視線に少し納得のいかない顔をした。
「そもそも私は、君を傷つけたあの娘にまだ良い印象は持てないのだよ。おかげで君とこうなれた、とは言えな」
「複雑なんですのね」
ロザリアが小さく笑うと、エドワードは困ったように眉を下げた。
「セドリックが自分で選んだ相手だ。幸せになってほしいとは思っているよ。だからこそ、あの娘にはしっかり学んでもらいたいのだがね」
エドワードはロザリアの手を取り、そっと口づけた。
ロザリアも、かつてアメリアにされたことを忘れたわけではない。けれど、今はエドワードと夫婦になり、こうして穏やかな日々を過ごしている。
「私は今、とても幸せですわ。それで十分ではありませんか?」
エドワードはようやく表情を和らげた。
その時、ロザリアのお腹がぽこんと動いた。
「あら、今動きましたわ」
エドワードは嬉しそうにお腹へ手を添えた。しかし、赤ちゃんはまたしても動きを止めてしまった。
しばらく待っても反応がなく、エドワードは残念そうに肩を落とした。
「どうやら、まだ私には恥ずかしがっているようだね」
その様子が可笑しくて、ロザリアはくすくすと笑った。
最近は胎動も随分とはっきりしてきた。生まれてくる子がどちらに似るのか、二人で想像することも増えていた。
やがてエドワードは名残惜しそうにお腹から手を離した。
「さて、そろそろ政務に戻るよ。君も日記に夢中になりすぎないようにね」
「はい。気をつけますわ」
エドワードを見送ったロザリアは、自室へ戻った。
フェリシアの日記を読み始めてから、随分と時間が経った。日々の出来事が細かく綴られているため、まだ何冊もの日記が残っている。
特に気になるのは、ルーベル王家の秘密だった。
一体何を守るために、父親は娘との縁を断ち、国交まで絶つことにしたのだろう。
ロザリアは次の日記を手に取ると、ゆっくりとページを開いた。
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