41. 愛のために
ロザリアは、それから毎日のように日記を読み進めていた。
フェリシアがテオドールと出会った頃から、その生涯を閉じるまで。毎日欠かさず書かれていたわけではないものの、残された日記は膨大な量だった。それでもロザリアは、そのすべてを受け止めたいと思っていた。
幸い、妊娠中のロザリアは公務を縮小されていたため、時間には余裕があった。
日記を読み始めてから、ひと月以上が過ぎていた。ロザリアのお腹も少しずつ大きくなり、最近では胎動を感じることも増えていた。
「すごいわ……。愛のために、すべてを投げ捨てて船に飛び乗る。私に同じことができるかしら……」
ロザリアは日記から目を離し、エドワードと二人で描かれた肖像画を見つめた。
「心から愛しているけれど、家族と天秤にはかけられないわ……。フェリシア様はきっと、とても情熱的な方だったのね」
そう言うロザリアに、アンは笑った。
「ロザリア様なら、一旦お戻りになってきちんと許可を得たのち、正式な手続きを踏んでお嫁に行かれるでしょうね。お顔はよく似ていらっしゃいますけれど、性格は正反対ですね」
「確かにそうかもしれないわね」
ロザリアはアンの言葉に苦笑した。
再び日記へ目を落とすと、ある一節が気になった。
「プリシラ様……。この方はなぜ、このようなことをおっしゃったのかしら……」
フェリシアが港へ向かう前、プリシラは二度と会えなくなると泣いて引き止めていた。
けれど、その時点ではフェリシア自身でさえ、海を渡るつもりなどなかったはずだ。
なのにまるで、これから起こることを知っていたかのような言葉だった。
ロザリアは日記を閉じ、天井を見上げて目を閉じた。
「どうかしたのか?」
聞き慣れた声に、ロザリアは目を開いた。
「まあ! エドワード様!」
しばらく政務に追われていたエドワードが、ロザリアの部屋を訪れるのは久しぶりだった。
ロザリアはすぐさま日記をテーブルに置いて立ち上がった。その嬉しそうな様子に、エドワードの表情も自然と和らいだ。
「体調はどうだ?」
「もうだいぶよろしいです。つわりもだいぶ落ち着いてまいりました。エドワード様がお見えになれない間、この子もよく動いておりましたのよ」
「そうなのか?」
エドワードはロザリアの前に跪き、そのお腹にそっと耳を寄せた。
しかし、肝心の赤ん坊は静かなままだった。
しばらく待っても何も起こらず、エドワードは残念そうに顔を上げた。
ロザリアはそんな彼の頭を優しく撫で、小さく笑った。
「きっと眠っているんですわ。今夜は早めにお休みになれますか? 夜の方がよく動きますのよ」
「そうか。今夜は君が眠る前に必ず来るよ」
二人は見つめ合い、微笑んだ。
しかし、その穏やかな時間は長く続かなかった。
「陛下、大事なお話を……」
扉のそばに控えていたロイが、申し訳なさそうに声をかけた。
「ああ、そうだった」
エドワードは立ち上がると、ロザリアに向き直った。
「ロザリア、アメリアの受け入れ先が決まった」
その言葉に、ロザリアも背筋を伸ばした。
「とうとうですか。随分慎重に選定なさっておられましたね」
「王太子妃となる者の養父が誰になるかは、王家にとっても重要な問題だからな」
エドワードが椅子に腰掛けると、ロイが一通の資料をロザリアの前に差し出した。
「カルヴァン侯爵ですか。ロイ様のご親戚ですわね」
「はい。私の叔父にあたります」
「どのような方なのかしら?」
「実直で公正な人物です。領民からの信頼も厚く、身分によって人を差別することはございません。ただ、礼儀や規律には厳しい方です」
「それならば、安心してお任せできそうですわね」
「ただし、養女に迎えるにあたって条件がある」
エドワードが口を開いた。
「アメリアには、婚姻までカルヴァン侯爵家で暮らし、王太子妃として必要な教育を受けてもらう」
「もっともなお話ですわね。ですが、アメリアさんは納得なさるでしょうか?」
「そこは本人に話してみなければ分からない。セドリックにも、養女になればすぐに婚姻できるわけではないと理解させる必要がある」
「お二人には、もうお話しになったのですか?」
「いや、これからだ」
エドワードはロイに目を向けた。
「二人を呼んでくれ」
「かしこまりました、陛下」
ロイは一礼すると、足早に部屋を出ていった。
ロザリアはテーブルに置かれた日記へ目を向けた。
フェリシアは、愛する人と共に生きるために故郷を捨てた。
一方、セドリックとアメリアは、共に生きるためにこれから多くのことを学ばなければならない。
愛する人と結ばれることは、決して簡単なことではないのだと、ロザリアは改めて感じていた。
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