38. 残されたもの
ある日の午後、国王の執務室では必要な仕事を終えたエドワードとロザリアがお茶を楽しんでいた。
そこへロイが一通の手紙を持って現れた。その後ろには、大きな箱を抱えた従者が控えていた。
従者が置いていった箱には美しい金細工で蓮の花が施されていた。
ロザリア宛に来たその手紙は、ローゼンベルク家からのものだった。
ロザリアはエドワードと目を合わせると、ロイからペーパーナイフを受け取り、慎重に封を開けた。
エンリエットの弟である現当主、アルフォンス・ローゼンベルク公爵からの手紙は、時節の挨拶から始まり、ロザリアが尋ねていたフェリシア王女について書かれていた。
【倉庫を調べさせましたところ、フェリシア曾祖母様ゆかりの鍵付きの箱が見つかりました。しかしながら、肝心の鍵はいまだ見つかっておりません。箱は従者に託しましたので、王妃陛下のお役に立てば幸いに存じます。】
「鍵……」
ロザリアは箱を見つめながら考え込んだ。
そして昔エンリエットに見せてもらった、「母から受け継いだ鍵付きの宝石箱」のことを思い出した。
「そういえば、お母様の宝石箱にもこの花の細工が施されていたわ」
「何か関係があるかもしれないな。ロイ、クリストフはまだ城内に?」
「確か、宰相閣下との会談のため登城されております。まだ城内にいらっしゃるかと存じます。公爵夫人に宝石箱の件をお伝えいただけるよう、お願いして参ります」
ロイが出ていくと、ロザリアは再び箱へと視線を落とし、長い年月を経てもなお美しく咲く金色の蓮の花をそっと指先でなぞると、そのまましばらく見つめていた。
数日後、エンリエットが王宮のロザリアの部屋へ招かれた。
二人が囲むテーブルの上には、鍵の差し込まれた宝石箱が置かれていた。
「美しい蓮の花ね。同じ職人が作ったのでしょうね。とても素晴らしい仕事だわ」
ロザリアは宝石箱の金細工をなぞった。
エンリエットは床に置いてあるフェリシアの箱をまじまじと眺めている。
「これが曾お祖母様の……、確かに同じ細工ね。箱が開いたら、何が入っているか教えてちょうだいね」
「はい、宝石箱をしばらくお借りいたしますね」
「これは、あなたにあげるわ。子供が産まれたら渡そうと思っていたのよ。私も、グレンが産まれた時に母から受け継いだの」
エンリエットは宝石箱を手に取ると、ロザリアの前にそっと置き、懐かしむように優しい視線を送った。
「中に言葉が書いてあるのよ。『月影は離れても、光の源はひとつ』と。この言葉を見て、どんな時も母を感じられたの。私も、いつでもあなたとグレンを想っているわ」
ロザリアはエンリエットの思いに目を潤ませた。
エンリエットが去った後、ロザリアはゆっくりと鍵を回し、宝石箱を開けた。
蓋の裏には、エンリエットが話していた言葉が刻まれていた。
ロザリアはそっと文字を指でなぞりながら声に出して読んだ。
「光の源は……ひとつ……。源……」
ロザリアはハッとして立ち上がった。
ちょうど紅茶を置こうとしていたアンが、慌てて避けた。
「どうされたんですか!?」
ロザリアは鍵を抜くと、目の高さまで持ち上げ、じっと見つめた。
「もしかして……」
ロザリアはテーブルを離れ、床に置かれたフェリシアの箱の前にしゃがみ込むと、慎重に鍵を鍵穴に差し込んだ。
鍵は、驚くほどぴったりと収まった。
緊張の面持ちで鍵を回していく。
隣ではアンも息を呑んでいる。
カチッ。
「開いたわ……」
長い年月、閉ざされていた箱が、ついにその秘密を明かそうとしていた。
代々、母から娘へと受け継がれてきた言葉。それは愛情を伝えるだけでなく、離れた二つの箱を結ぶ手がかりでもあったのだ。
ロザリアは箱の蓋を開けてみた。
中には、表紙に数字だけが記された何冊もの本と、いくつかの手紙の束が収められていた。
そして、肩を寄せ合う男女の肖像画も入っていた。
「この方が、フェリシア様かしら」
その肖像画の女性はとても美しい人だった。
「まあ、ロザリア様によく似た美しい方ですね」
アンが隣から覗き込んでそう言った。
肖像画の中では、女性に寄り添う男性もまた、穏やかな微笑みを浮かべていた。
ロザリアは本を1冊手に取ると、パラパラとページをめくり始めた。
そこには、フェリシアが書いたと思われる日々の出来事が綴られていた。
「これは……日記だわ」
そう気付くと、ロザリアはすぐに本を閉じた。
人様の日記を読むことに抵抗を感じたからだった。
「これは先に、フェリシア様のお墓にご挨拶に行くべきね」
そう言うと、本を箱へ戻し、手紙を手に取った。
差出人には【プリシラ・ルーベル】という名前が記されていた。
ルーベルの名を持つその人物は、おそらくフェリシアの家族なのだろう。
しかし日記と同じく、勝手に見ることに抵抗を感じてしまったロザリアは、それを箱へ戻した。
ロザリアは箱の蓋を閉じると、蓋に施された蓮の花の金細工を見つめた。
『月影は離れても、光の源はひとつ』
ふと、宝石箱に刻まれていた言葉が頭をよぎった。
なぜフェリシアは、二つの箱を同じ鍵で開くようにしたのだろう。
もし、誰にも見られたくないものだったのなら、わざわざ手がかりを残す必要などなかったはずだ。
「……もしかして、いつか誰かに読んでもらいたかったのかしら」
そう考えると、日記や手紙に込められたフェリシアの想いを、きちんと受け止めたいと思った。
けれど、その前にどうしてもしておきたいことがあった。
ロザリアは蓮の花から視線を外すと、アンに向き直った。
「明日はローゼンベルク公爵家の墓地へ行くわ」
そうアンに告げると、ロザリアはエドワードに報告するため、部屋を後にした。
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