35. 侯爵家の養女
「アメリア様、ご機嫌でございますね」
アメリアの部屋では、新しいドレスを胸にあてたアメリアが、くるくると踊るように回っていた。
気の早いセドリックが、侯爵令嬢になるお祝いとして買い与えたのだ。
「エリスー! 聞いてちょうだい。あた……私、侯爵令嬢になるんですのよー!」
「まあ、それは本当ですか! おめでとうございます。王妃様はなんと仰られているのですか?」
アメリアは侍女エリスの言葉に、きょとんとした顔を見せた。
なぜそこで王妃の名前が出てくるのか、アメリアにはさっぱりわからなかった。
「あ、えっと……。そういったお話は、国王陛下の承認がなければ認められないと思われます……」
「そ……そうなの?」
アメリアは信じられないという顔をした。
ドレスを抱きしめ、そこに顔を埋める。
「セドリック様が、許可取ってると思う?」
エリスはしばし考えた。
考えたが、良い方向に想像することができなかった。
「ま、まあ、王太子様もそこは分かっておられるはずですから……」
自信なく話すエリスに、アメリアが一抹の不安を覚えたところで、渦中のセドリックがノックをして即入室してきた。
アメリアにはその様子が何も考えていないように見えた。
「アメリアー! ドレスは気に入ったかい? 今日もとてもかわいいね」
アメリアは、返答も待たずに部屋へ入ってくるこの失礼な王太子に呆れながらも、作り笑いを浮かべて抱きついた。
「セドリック様! ありがとうございますぅ。とっても可愛くて、これから着てみるところでしたのよ。さすがセドリック様のセンスですわ!」
アメリアの猫撫で声にセドリックは満足げに笑っている。
そこで今がチャンスと、養子縁組について聞いてみることにした。
「セドリック様、あの……先日のダノン侯爵とのお話なんですが。国王陛下たちは……なんと?」
セドリックはアメリアの問いかけに、一瞬固まった。
そして青ざめた顔をすると、気まずそうにアメリアから目を逸らした。
『こいつ! 絶対王様に言うの忘れてたわ!!』
「セドリック様……?」
「これからだ……」
虫が鳴いているのかと聞き間違えるほどの小さな声でセドリックが答えた。
「え?」
「ちょうどこれから父上とお話をする予定があって、そこで言う予定だったのだ。心配するな、すぐにでも侯爵令嬢だ!」
『ほんとかよ』
アメリアは思わず真顔になってしまった顔を、ぱぱっと笑顔に直した。
「そうなんですねぇ。楽しみにしておりますわ♪」
アメリアの笑顔に、誤魔化せたと思ったセドリックは安堵の顔を浮かべると、用事があるからとそそくさと部屋を出て行ってしまった。
『国王陛下と今日話せるか聞きに行ったんだろうなぁ』
アメリアとエリスは、扉が閉まるのを見送った後、同じことを考え、同時にため息をつくのだった。
廊下に出たセドリックは焦っていた。
実は忘れていたのではなく、言い出せなかっただけだったのだ。
婚約破棄をしたあの場で、身分など気にしていない素振りを見せたために、今さらアメリアを貴族にしたいとは、なかなか言い出せなかった。
しかしアメリアにあそこまではっきりと言ってしまった手前、腹を括るしかなかった。
「セドリックが?」
「はい、大切なお話とのことで外でお待ちです」
午前の終わり頃、執務室でエドワードが、ロイから報告を受けていた。
エドワードはなんの話なのか少し考えたが、あまり良い予感はしなかった。
「今は忙しい。昼食の席で話そうと伝えろ」
「かしこまりました」
ロイは部屋を出ると、返事を待ち構えていたセドリックへそのまま伝えた。
「昼食ということは……王妃様もおられるのか。まあ良い、わかった。その時に」
そう言うとセドリックは去って行った。
昼食の時間となり、エドワードとロザリア、セドリックとアメリアが揃ってテーブルについた。
ロザリアのつわりによる体調不良があったので、ここ数ヶ月は全員が集まることは稀なことだった。
セドリックはエドワードから切り出してもらえるのを、ソワソワと待っていた。
アメリアはと言うと、注意を受けないようにと慎重に、数ヶ月特訓したテーブルマナーを必死に披露しながら、
『食べた気がしないわよ! 部屋で一人ご飯する方が楽なのにー!』
と、心の中では文句ばかり募らせていた。
昼食を終え、デザートが出されたところで、エドワードは紅茶を一口嗜むと、セドリックを見た。
「さて……話は何だ」
ちょうど紅茶を飲もうと油断していたセドリックは驚いてむせてしまった。
ナプキンで口を拭うと、一回小さく息を吐いた。
「父上、アメリアのことでご承認をいただきたいことがございます」
「続けろ」
エドワードの反応を確認しながら息を呑むセドリックに、エドワードは低い声で続きを促した。
「先日ダノン侯爵より、ご提案いただいたのですが……その……アメリアを、侯爵家の養女に迎えたいと……」
恐る恐るエドワードを見るセドリックを、アメリアは見逃さなかった。
『なんでそんな「ダメ元で聞いてみた」みたいな態度なのよこのヘタレ王子』
アメリアはデザートを食べる手を止め、セドリックを呆れた表情で見ている。
ロザリアは黙って真剣に聞いていた。
「お前は、身分を優先しているように見えた私を批判していなかったか?」
セドリックの額に汗が滲み出した。
やはりエドワードはそのことを覚えていたのかと、返す言葉に詰まっている。
「なぜ、ダノン侯爵はそのような提案を?」
何も言えないでいるセドリックに、エドワードは真っ直ぐ目を見て問いかけた。
「それは……ダノン侯爵は私たちを支持してくださっており、アメリアが平民であるために貴族たちから迫害されぬよう、力添えをしたいと……」
エドワードはダノン侯爵のことを考えた。
アルヴェイン王国の政治の中枢を担う人物の一人ではあるが、人間関係や、金遣いの荒さなど、あまり良い話を聞かない男だった。
しかしどういうわけか、下級貴族たちの多くからは慕われていると聞く。
何か裏があるのではと考えずにはいられなかった。
「少し検討させてくれ」
エドワードの返答に肩を落としたセドリックは、ちらりとアメリアに視線を移した。
アメリアはロザリアの反応をうかがっているように見えた。
ロザリアもまた、アメリアの様子を観察しているように見えた。
いたたまれなくなったセドリックは、
「よろしくお願いいたします」
とお辞儀をすると、アメリアを伴って食堂を後にした。
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