34. 過去と未来
「前にお腹が温かくなる感覚が時々あると話しましたでしょう。その話を母にしたらこんな話を教えていただいたんですの」
ロザリアは、エンリエットから聞いたルーベル王国王家の不思議な話をエドワードにも聞かせた。
エドワードは興味津々に聞き入っていた。
「あの島国にそんな話が……。お腹にいて外の話を聞いて覚えているとしたら、下手な話はできないな」
エドワードはそう言うとロザリアのお腹を覗き込んだ。
ロザリアはそんなエドワードを見つめながら、お腹を優しく撫で続けていた。
「私、その話を聞いてからなるべくお腹に向かって本を読み聞かせるようにしております。この子が退屈しないように」
「それはいい」
お腹を撫でるロザリアの、慈愛に満ちた顔を見て、エドワードは幸せを噛み締めた。
「そういえば、ルーベル王国とは長らく国交がないと、父上から聞いたことがある。だが、その理由までは聞いていなかったな……」
エドワードはふと思い立ち、ロイに向き直った。
「ルーベル王国との外交記録を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
ロイは一礼するとすぐさま資料室へ向かった。
外交官たちが記録した様々な外交の記録の中で、ひときわ薄いものがルーベル王国のものだった。
ロイはそれを手に取ると、国王の執務室へ戻ってきた。
「随分少ないのですね」
ロイが記録資料をエドワードに渡すのを眺めながら、ロザリアはその薄さに驚きを隠せなかった。
第四王女を公爵家に嫁がせるぐらいなので、ロザリアが知らないだけで、様々な交流があるのだろうと考えていたのである。
エドワードがパラパラと記録資料をめくり、最後に記録された外交のページで手を止めた。
「約九十年前で国交が終わっている……」
最後のページには、
【フェリシア・ルーベル第四王女とテオドール・ローゼンベルク公爵の婚姻をもって、両国間の一切の国交を断絶するものとする】
と締められていた。
ロザリアとエドワードは、国交断絶の数年前の記録まで遡り、そこから順に読み進めていった。
フェリシア第四王女がローゼンベルク公爵に見初められるまで、両国の間では限られた範囲ながらも交流が続いていた。
しかしローゼンベルク公爵との婚姻に際し、フェリシア第四王女は、ルーベル王国に関するすべての情報を秘匿する、という契約を交わしてアルヴェイン王国に嫁ぎ、それと同時に国交断絶という流れになったということが読み取れた。
「婚姻関係は普通両国の関係を強固にするもの……ですわよね。なぜこんなことに……」
不思議そうに考え込んでいるロザリアにロイが口を挟んだ。
「ルーベル王国は、もともと他国との交流が極めて少ない国です。しかし、アルヴェイン王国との国交断絶以降、さらに外交に慎重になったようです」
エドワードは真剣な面持ちで、さらに古い記録にも目を通した。そこには、ルーベル王国が以前から外国人の入国を厳しく制限していたことも記されていた。
「ロザリア、君の高祖父と高祖母の出会いについて何か聞いていないか?」
「昔、祖父から、高祖父と高祖母はルーベル王国の港で出会い、お互いに一目惚れをしたと聞きました。そして高祖父が高祖母を、駆け落ち同然でアルヴェイン王国へ連れ帰ったそうです」
「なるほど」
エドワードは資料の二人の名前をそれぞれ指で叩いた。
「二人は、ルーベル王国では認められない関係だったということか。他国からの入国もほとんど認めていないところを見ると、ルーベル王国には他国に流れてはいけない秘密があるのではないかな」
「つまり、二人の婚姻を認める代わりに、第四王女様に秘密を守らせ、国の秘密が外に漏れないよう、他国との交流をさらに制限したと……」
ロザリアが続けて言った意見に、エドワードは大きく頷いた。
「その可能性が高いだろうな。さすが私のロザリアだ。理解が早い」
「お褒めいただき光栄ですわ」
エドワードはロザリアの肩を抱き、空いている手でロザリアのお腹に触れた。
「ますます気になってきたな。大事な我が子のルーツだ、少し調べさせるとしよう」
ロザリアもその手に自分の手を重ねた。
「母方のローゼンベルク公爵家にも、協力いただけるように私から手紙を出しておきます」
お腹の子にまつわる小さな疑問が、思いがけず九十年前の王国の謎へとつながっていくのだった。
ロザリア王妃の懐妊が周知のものとなってから、
貴族間では不穏な空気も流れ始めた。
もしも産まれてくる子供が王子であれば、優秀な公爵令嬢を捨てて平民を妃に選んだセドリックよりも、幼い頃から王太子に相応しい教育を施せる新たな王子の方が、後継者として望ましいのではないか、と考える者が少なからず現れたのだ。
そうすれば、平民の血を引く者が、いずれ王位に就くこともないのだと。
しかし中には、扱いやすいセドリックに取り入り、彼が国王になるよう支え、その後裏で実権を握る、などと考える者もいた。
ダノン侯爵もその一人だった。
王妃が王子を産めば、セドリックの立場が揺らぐかもしれない。そうなる前に王太子との結びつきを強めておく必要があると、ダノン侯爵は考えていた。
そして侯爵は、セドリックの寵愛するアメリアに目をつけた。
ある日、アメリアと歩いていたセドリックに、ダノン侯爵が声をかけた。
「セドリック王太子殿下! 先日の政務会議でのご意見は見事なものでしたな! お若いのに聡明でいらっしゃる」
褒められて得意げになっているセドリックをよそに、ダノン侯爵はアメリアの方へ目線を移した。
「アメリア様は本日もとても可愛らしいですな。……実は、ご結婚に先立ち一つご提案がございましてな」
ダノン侯爵はそう言ってにやりと笑うと、秘密裏に話せる場所へ移動を促した。
三人が空いていた応接室へ入ると、ダノン侯爵は話し出した。
「実は、アメリア様を我が家の養女としてお迎えできないかと考えておりましてな。平民のままでは、今後も心ない言葉を向けられることがございましょう。しかし侯爵家の令嬢となれば、そのような者たちも軽々しく口を出せなくなるはずです。我が家はお二人の婚姻を全面的に支持しております。ぜひとも、私にお力添えをさせていただきたいのです」
思ってもみない提案だった。
アメリアは気持ちが高揚していくのを感じた。
『あたしが、侯爵令嬢! すごいわ! 平民だからって失礼な態度を取ってきた奴らみんな黙らせられるじゃない』
セドリックも言葉が出ないほど驚いていた。
「あ、えと……それは願ってもない話だ。しかし、アメリアは家族から籍を抜くことになっても平気か?」
『バカ王子! 娘を幼い頃から働かせるあんな貧乏家族より、侯爵令嬢の方がいいに決まってんでしょうが』
アメリアは心とは裏腹に、いつもの悲劇的な顔でセドリックを見上げた。
「セドリック様……、私ずっと不安だったんです。私が平民なせいで、セドリック様が他の貴族の方から悪く言われてしまうのではないかって……、家族にもそのことを相談していたんです。だからあなたと私の幸せのためなら、家族だってわかってくれますわ」
「ああ、アメリア!」
セドリックはアメリアを強く抱き寄せた。
「なんて健気なんだ君は。私のためにありがとう」
セドリックはアメリアを抱き寄せたまま、侯爵に向き直った。
「アメリアのためになる話だ。ぜひ進める方向で考えてほしい。父上にも私から話をしておこう」
若い二人は侯爵の思惑など気付きもしないまま、これでまた一歩、結婚に近づけると信じていた。
そしてロザリアとエドワードは、まだ生まれてもいない我が子をめぐって、すでに貴族たちの思惑が動き始めていることを、知る由もなかった。
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