33. 後継者
「ご懐妊と考えて間違いないでしょう」
ある日の診察で、ロザリアとそこに寄り添うエドワードに向かって、王宮医はそう告げた。
二人は顔を見合わせて喜んだ。
ロザリアは少しふっくらしてきたお腹を撫でて、幸せそうに微笑んでいる。
そんな彼女の肩を抱いて、エドワードもその手に自らの手を重ねた。
「皆にはいつ頃伝えようか」
「そうですわね。すでにそのように考える人が出始めていると聞きました。お腹も目立ってきてしまいますからそろそろでしょうか……」
エドワードは、ロザリアの言葉を聞いて、ロイに目配せをした。
「かしこまりました。では各所に通達を送っておきます」
ロイは深々と頭を下げて部屋を後にした。
「エドワード様、今から執務室にセドリックとアメリアさんを呼んでくださいますか? 準備が出来次第、私も参ります」
エドワードもロザリアと同じ気持ちだったのだろう、強く頷くと部屋を後にした。
「「妊娠!?」」
セドリックとアメリアは声を揃えて驚きを見せた。
「それで……性別は?」
真剣な眼差しでセドリックが尋ねてきた。
その目には僅かな不安が垣間見えた。
「まだわからぬ。」
「……そうですか」
返事をしながらセドリックはエドワードから目を逸らした。
「おめでとうございますぅ! 私も嬉しいです♪ ここ数ヶ月、私の勉強を見る時間が短かったのは、そういうわけでしたのですわね」
事態が何もわかっていないアメリアは、能天気に、まだ少し不自然な言葉遣いで、建前を述べている。
しかし横で手を震わせているセドリックに気がついた。
セドリックは、兄弟ができることが自分の立場にどのような影響を及ぼすのか、よく理解していた。
「セドリック様ぁ? どうしてそんなお顔なさってるんですか?」
自分が隠せていないことに気がついたセドリックは、顔を上げ思い切って尋ねた。
「父上! 後継者については……どう、お考えですか」
言い終えた後、セドリックは息を呑んだ。
隣ではアメリアが目を丸くして驚いている。
「えっ!? セドリック様それどういう意味ですか!? あたし王妃になれないの!? こんなに頑張ってるのに!?」
あまりの衝撃に、立ち上がって言葉遣いが戻ってしまったアメリアに、周りの人間はやれやれとため息をついた。
「アメリアさん、落ち着きなさい。せっかく頑張っていらしたのに、言葉遣いが戻っていますわよ」
「あっ……」
ロザリアの指摘に、アメリアは慌てて口を覆うと、再び席に着いた。
そんなアメリアの様子を見届けてから、エドワードはセドリックに話し始めた。
「セドリック。お前の今の立場はなんだ」
「……王太子、です」
「そうだ。私の後継として、これからも励みなさい」
エドワードの言葉に安心したのか、セドリックの顔が明るくなった。
「父上……、わかりました。いつか父上のような立派な国王となってみせます」
「セドリック。この子の良き兄になってくださったら嬉しいです。私はこの子が男であろうと女であろうと、王となるあなたの良き支えとなるように育てるつもりです」
ロザリアは自らのお腹に手を当てて、セドリックにそう告げた。
セドリックはこみ上げてくるものを抑えて、力強く頷くのだった。
セドリックとアメリアは、彼女の私室へ共に戻った。
「セドリック様!!」
アメリアは部屋に入るなり、セドリックの胸に飛び込んだ。
「ど、どうしたと言うのだアメリア」
「私心配なのです……。毎日頑張っていらっしゃるセドリック様が、万が一にも王太子を追われるようなことがあったらと……」
セドリックはアメリアを不安にさせてしまったのだと思い、強く抱きしめた。
「心配するな、父上も私を"後継"と仰ってくださった」
『何呑気なこと言ってんのよ』
アメリアは下唇を噛んだ後、顔を上げて上目遣いでセドリックを見つめた。
「そうは言っても、産まれてきたら可愛くて仕方がなくなって後継ぎにしたいと思うかもしれませんわ。あんなに愛してる人の子供ですもの……」
アメリアは目を潤ませてみせた。アメリアの得意技だ。
「セドリック様が悲しい思いをされないかだけが、私は心配なのですわ」
健気なアメリアにセドリックは感動した。
「ああアメリア、君は本当に優しいね。しかしきっと大丈夫だ。……きっと」
安心したはずのセドリックの心に、再び小さな不安の種が芽吹こうとしていることに、まだ本人さえも気づいてはいなかった。
「ひとまずはこれでいいか」
「お疲れ様でございました、エドワード様」
エドワードは大きく伸びをすると、ロザリアの膝の上に頭を乗せてソファに寝転んだ。
ロザリアのお腹を撫でながらニヤついているエドワードの髪を、ロザリアも指先で遊ばせていた。
ロイとアンが気を利かせて部屋から出て行こうとすると、ちょうどクリストフとエンリエットが入ってきた。
「良い御身分だな」
頭上から聞こえる声に、エドワードは体を起こした。
「お父様、お母様! 来てくださったんですね」
ロザリアは二人の顔を見てとても喜んだ。
「仕事ついでに顔でもと思っていたんだが、エンリエットがついて行くと言って聞かなくてな」
「娘に赤ちゃんができたんですもの。すぐにでもお祝いを伝えなくてはと思ったのですよ」
少し照れ気味ながらも気にかけてくれているクリストフと、全身から喜びが溢れているエンリエット。知らせを聞いてすぐに来てくれる二人の姿に、ロザリアは心強さを覚えた。
クリストフはエドワードと仕事へ。
一方、エンリエットは、ロザリアとサロンでお茶を飲んでいた。
エンリエットと子供のことなど話をしていると、ロザリアはふと思い出したことを尋ねた。
「お母様。私やお兄様を妊娠していた時、話しかけるとお腹が温かくなったような感覚を覚えたことはございますか?」
「温かくとは?」
「じわーっと内側から微かに熱を感じるような……。まるで反応してくれているような感覚なんです」
「なかったと思うわ」
「そうですか……」
ロザリアは妊娠の可能性が出た時から、何度かお腹に向かって話しかけていた。
すると時々、そういった感覚があり、不思議に思っていたのだ。
エンリエットはロザリアの不安を和らげるように優しく微笑んだ。
「私の曾お祖母様、あなたの曾々お祖母様ね、彼女の出身国は覚えている?」
ロザリアは思い出すように目線を上に向けると、少し考えた。
「確か……ルーベル王国でしたかしら、小国の島国ですわね」
エンリエットは頷くと、お茶を一口飲んだ。
「その国にはね、不思議なおとぎ話がたくさんあって、その一つに、その国の王族には代々不思議な力が受け継がれる、というものがあるの。お腹の中の記憶を持って産まれてくる子供が稀にいるそうよ」
「そんなことが。それはとても不思議ですね」
ロザリアは相づちを打ちながら、真剣に聞き入っていた。
「曾々お祖母様は、その国の第四王女だったのよ。あなたにもその血は受け継がれているから、もしかしたらお腹の子にも、不思議な何かがあるのかもしれないわね」
ロザリアは高祖母が他国から嫁いできたということは知っていたが、その王家にそんなおとぎ話があることを初めて知った。
「産まれて、話すようになったら『あの時おしゃべりしましたね』なんて言うかもしれないわね」
エンリエットがくすりと笑うとロザリアもそれを想像して笑顔になった。
「本当にそんなことになれば素敵ですわね。産まれてくるのがさらに楽しみになりましたわ」
その時また微かにお腹に温もりを感じた。
まるで子供も一緒に笑っているようだと、ロザリアは愛しさを募らせるのだった。
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