29. 貴族の当たり前
翌日、アメリアの滞在する離宮、白百合宮に朝からロザリアがやってきた。
アメリアはまだ寝室で寝ていたため、ロザリアは少し声を張って彼女を起こした。
「アメリアさん、起きてください。今日から王太子妃教育を始めます」
アメリアは飛び起きた。
「ロザッ……王妃様! 失礼ですよ!」
焦って上掛けをかぶるアメリアを気にもとめず、ロザリアは話し出した。
「今日は貴族として当たり前の一日を体験してもらいます。起きた瞬間から貴族は貴族ですよ」
そう言いながら指先で侍女に指示を出すと、アメリア付きになった二人の侍女が、彼女から上掛けを剥ぎ取った。
すぐに侍女が洗顔用のお湯を持ってくるなどせわしなくアメリアの世話をしていく。
「えっそれは自分で……」
「やだ! 脱がさないで!」
「くっ苦しい……」
されるがままのアメリアの悲痛な声が部屋に響き渡った。
「貴族たる者、仕える者たちを上手く使えなければなりません。かと言って、何もできない人間になることも許されません。そこを理解した上で、侍女たちに身を任せなさい」
コルセットを締められ、息絶え絶えのアメリアは悔しそうにロザリアを睨みつけたが、苦し過ぎて言葉を発することができなかった。
国王夫妻と王太子が集まる朝食の席に、アメリアも同席を許された。
「食事の仕方はまた後ほど。今は周りを見て、できるかぎり真似をしてみてくださいね」
皺ひとつない純白のテーブルクロス、煌びやかな銀食器、見たこともないような豪華な食事、アメリアはコルセットが苦し過ぎて、それらに目をやる余裕もなかった。
「ア、アメリア? 大丈夫か?」
息の荒いアメリアの隣で、セドリックが情けなくおどおどしている。
「王妃様、初日から厳し過ぎませんか!」
セドリックの言葉に、ロザリアはため息をついて侍女を呼んだ。
「少し緩めて差し上げなさい」
侍女たちに支えられて移動しているアメリアの後ろを、セドリックは慌ててついて出て行った。
「平民にとってそんなに辛いことなのね……」
二人がいなくなるのを見送った後、そう言うロザリアに、エドワードは食事を取りながら言った。
「私には君と二人きりになれたからラッキーだ」
「……もう。確かにそうですね」
弱々しくも嬉しそうに笑うロザリアの手を、エドワードは強く握った。
「どうせ時間がかかるんだ。こちらもゆっくりやろう。午後の執務の後、お茶の時間はどうだ」
エドワードの言葉にロザリアは、アメリアに対する王妃の顔から、恋する少女の顔にかわっていった。
「そうですね。結婚式からずっとばたばたしてましたものね……。楽しみにしてますね」
ロザリアはにっこり笑いかけた。
「そんな顔をされると、今すぐ君を抱きしめたくなるよ」
エドワードはそう言うと、上から握っていた手を組み替えて指を絡ませた。
婚約が決まってからロザリアは、妃教育のため王宮へと居を移したので、もう半年以上同じ王宮で過ごしているというのに、彼女はまだまだ初々しい顔をエドワードに向けていた。
その可愛さを噛み締めると、エドワードはすぐさま側近に視線を向けた。
側近はエドワードの視線に気づき首を振った。
「陛下、本日は執務がかなりありますし、会議もございます。全て終わってからです」
舌打ちをするエドワードを見て、ロザリアは声を出して笑うのだった。
アメリアはパーテーションの向こうでコルセットを緩めてもらっていた。
「アメリア、大丈夫かい?」
セドリックは情けない声で問いかけた。
「王妃様はどうしてこんなに酷いことをされるのかしら……やっぱりあたし憎まれているんですよね……セドリック様を愛して、王妃様を傷つけてしまったから」
「そんなことありません。王妃様は貴族として扱ってあげてとだけおっしゃっておりました。それに……」
悲劇のヒロイン全開のアメリアに、侍女はコルセットを結び直しながら続けた。
「先ほどのは貴族なら普通の締め具合です。そしてこれが、体調がお悪い時などの最低限のものになります」
「はうっ!!!」
侍女が言葉とともに締め上げたコルセットは、先ほどよりは緩いとはいえ、まだまだアメリアにはきつすぎて思わず声が出てしまった。
「きょ、今日のところはもっと緩くしてやってくれ!」
アメリアの声を聞いてセドリックが焦って声をかけた。
初日のまだ午前中、前途多難なアメリアの様子に、侍女たちもつい小さくため息をつかずにはいられなかった。
「お前たち! アメリアは未来の王妃だ。彼女の言葉は王太子である私の言葉と同じと思って、しっかり聞いてやれ!」
セドリックの言葉にアメリアははっとした。
『そうか……、この人たちは貴族とはいえ王太子の婚約者のあたしより下の立場なのよね』
アメリアは手をついた壁に顔を向け、にやりと笑った。
『でも、ロザリアに負けないためにはこんな小物たちでも味方につけないと……』
アメリアは悲しそうな声色でセドリックに声をかけた。
「セドリック様、あたしのためにありがとうございます。でも……そんなふうに言わないであげてください。みなさんあたしのためを思って、朝から頑張ってくれてるんです」
アメリアはそばにいたもう一人の侍女とコルセットを持つ侍女、一人一人に顔を向けた。
「あたし頑張りますから、支えてもらえるとうれしいです」
アメリアがそう告げた後、コルセットが少し緩んだ。
再び壁を向いたアメリアは不敵な笑みを浮かべるのだった。
お読みいただきありがとうございます!
そろそろ側近にも名前をあげたくなりました(^-^;
ある日突然名前がつくかもしれません(笑)
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