27. 誓い
結婚式の日の朝。
エドワードはジュリエットの部屋にやってきた。
ドアを開けるとそこにはセドリックがいた。
セドリックはジュリエットのベッドを見つめていた。
エドワードが来たことに気がつくと、少し視線を向けたのち、またベッドへ向き直した。
「ジュリエットは何と言っている?」
エドワードが優しく声をかけた。
「……母上は優しい方です」
エドワードを見ずに答えたセドリックは強く拳を握りしめて続けた。
「母上はロザリアが自分の後を継ぐことを誰よりも望んでいました。僕はその気持ちを裏切った。どんな形であれ、母上が望む未来になったのならそれでいいと思います」
エドワードはセドリックが急に大人になったように感じて驚いた。
しかし小さく震えていることにも気がついた。
「セドリック……、ありがとう」
セドリックは鼻をすすり、切り替えたようにエドワードに向き合った。
「しかし、アメリアの件は別物です! 彼女がアメリアを傷つけるようなら、その時は必ず糾弾します!」
変わらぬ姿を見せたセドリックにエドワードは不思議とほっとした。
「勘違いするなよ。ロザリアは誰よりも国を思っている。彼女が幼い頃から培ってきた貴族としての振る舞いや王妃教育を平民に教えるのだ。甘いものではないということを、アメリア嬢にも伝えておけ」
父親の顔から国王の顔に戻ったエドワードの正論に、セドリックは言い返す術を持たなかった。
「わかりましたよ!」
拗ねるように出て行ったセドリックを見て、エドワードはやれやれといった顔で肩を落とした。
エドワードは準備を済ませ、ロザリアより先に大聖堂に到着した。
この場所で愛を誓うのは二度目であることに、神に多少の気まずさを感じつつ、控え室でロザリアを待った。
『ロザリアのウエディングドレス姿か……』
エドワードがニヤッとした瞬間、クリストフが入ってきた。
「お前ノックぐらいしろよ……」
「いや、義理の息子がどんな顔で一人待ってるのか、見てやろうかと思ってな。……いい顔してたぞ」
口端を上げて笑うクリストフに、バツの悪そうな顔でエドワードも笑った。
「エドワードと義理の親子になる日が来るとはな。人生はわからないものだな」
そう言うクリストフを見て、エドワードが真面目な顔をした。
「お父上、必ずロザリアを幸せにすることをお約束します」
突如改まって挨拶をしたエドワードに、クリストフも丁寧にお辞儀をした。
「国王陛下、娘をよろしくお願いいたします」
二人は向かい合って笑い合うと、そこからいつもの二人に戻っていった。
「来ない……」
そこからしばらく経って、式の時間が押し迫ってきたにもかかわらず、花嫁の到着が知らされないことに、エドワードは不安を感じていた。
そこに一度出て行ったクリストフがまた戻ってきた。
「まだ来ていないらしい」
クリストフの言葉に、エドワードは時計を見て表情を曇らせた。
「落ち着け、準備に時間がかかったとか……なんかそんなことだろう」
半年前の襲撃のこともあり、エドワードは必要以上にロザリアに過保護だった。
そこへ息を切らした護衛が駆け込んできた。
エドワードは最悪の事態を想像して、青い顔で立ち上がった。
「ご報告します! ロザリア様の馬車がトラブルに見舞われたとのことで、遅れているそうです!」
「ロザリアは無事か!!!!」
「は、はい! なんでも、飛び出してきた子供を助けるために馬車から飛び降りたそうで……。お怪我はないとのことです」
エドワードとクリストフは唖然として顔を見合わせた。
「結婚式の前に……花嫁がなんということを……」
手で頭を抱えるクリストフの横で、エドワードも脱力していた。
「無事なのか……よかった」
その直後、アンがロザリアの到着を知らせにきて、起こったことを詳細に教えてくれた。
「勇敢にも程があるな……」
クリストフは呆れてそれ以上何も言えなかった。
「まあ、そんなところもロザリアの良さだ。さあ、聖堂へ行こう」
聖堂のドアの前で、クリストフは娘が近づいてくるのを見つめていた。
「お父様、お待たせしました」
「……土いじりが好きなお前らしいドレスになったな」
汚れたドレスを着ていても堂々としているロザリアに、クリストフは観念したという顔で笑いかけた。
「……綺麗だよ。おめでとう」
その瞬間ロザリアの目が潤む。
「お父様、今までありがとうございました」
親子は腕を組み、真っ直ぐ前を向いた。
二人の様子を確認して、聖堂のドアが開いた。
ロザリアの視線はすぐさま、バージンロードの先の愛しい人を捉えた。
一歩一歩丁寧に前に進んでいく。
これまでの出来事がロザリアの胸をよぎる。
幼い頃、ジュリエットから王妃になるための教えを受けたこと。
ジュリエットを亡くしたエドワードに『春を待つ花』を歌ったこと。
セドリックから婚約破棄を告げられ、自分には何もないと感じたこと。
エドワードにありのままの自分を受け入れてもらったこと。
命の危険を経て、互いの想いを確かめ合ったこと。
あの日、婚約を破棄されたロザリアは、自分の未来を失ったと思っていた。
けれど今、目の前には自分で選んだ愛する人がいる。
バージンロードの途中には、涙を浮かべ手を取り合うクレアとレイチェルがいた。
二人のそばにはレイモンドの姿もあり、ロザリアと目が合うと、穏やかな笑みを浮かべて小さく頷いた。
そしてその先にはすでに大泣きしているアンの姿もあった。
皆の祝福の気持ちが嬉しくて、ロザリアの顔には笑顔が溢れていた。
その少し先には、複雑な表情で二人を見つめるセドリックの姿もあった。
セドリックはロザリアと目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。
エドワードの手を取る直前、涙する母親と目を合わせ、ロザリアは声にならない声で「ありがとう」と告げた。
ロザリアがクリストフの腕から離れ、エドワードの手を取ると、ぎゅっと強く握られた手から彼の想いが伝ってきた気がした。
「綺麗だ……」
思わずエドワードの口からこぼれ落ちた言葉に、ロザリアはまた笑顔になった。
エドワードはちらりとドレスの裾に目をやった。
「あ……ごめんなさい、折角のドレスを汚してしまったわ」
エドワードの視線に気づき少ししゅんとなるロザリアにエドワードは微笑んだ。
「君らしくていいじゃないか。国民を守ったんだ。君が無事でよかった」
ロザリアは安堵の表情を浮かべるとまた笑顔になった。
祭壇の前には、純白の祭服をまとった大司教が静かに立っていて、二人に穏やかな微笑みを向けた。
二人が祭壇の前に並ぶと、大司教は参列者たちを見渡し、厳かに結婚式の始まりを宣言した。
「本日、ここにアルヴェイン王国国王エドワード・アルヴェイン陛下と、ロザリア・ヴァロア様の婚姻の儀を執り行います。神の御前にて、お二人が永遠の愛を誓われることを、ここに集いし皆様と共に見届けましょう」
大司教が二人に向き直った。
「お二人は、いかなる時も互いを愛し、支え合い、生涯を共にすることを神に誓いますか?」
「誓います」
二人の声が重なった。
大司教は穏やかに微笑んだ。
「それでは、お互いに誓いの言葉を」
大司教の合図で二人は向かい合い手を取り合った。
「ロザリア、悲しみに暮れる僕に光をくれたのは君だった。君の、何にでも真っ直ぐ努力を惜しまず進んでいく姿、全ての人に向けられる慈愛に満ちた姿、どんな君も愛おしい。君とならこの国はきっと素晴らしいものになると確信している。私のそばにいつまでもいてほしい。永遠に君を愛することを誓うよ」
「エドワード様、私こそあなたに救われたのです。私には何もないと思ったあの時、自分でやりたいことを選ぶ楽しさを教えていただきました。あなたはいつでも私に温かい希望をくれます。ジュリエット様を愛したあなたごと、私は愛しく思います。あなたとともに、未来を良くしていくことをここに誓います」
ロザリアが前王妃の名前を出したことで、参列者たちは少しざわついた。
しかし二人はそんなことを気にも留めなかった。
二人は見つめ合い、心からの幸せを噛み締めていた。
そんな二人の様子に納得したのか、参列者たちもまた静かになっていった。
「お二人の誓いを、神は確かに見届けられました。さあ、誓いの口づけを」
エドワードはロザリアを強く抱きしめ唇を重ねた。
参列者たちから盛大な拍手が湧き起こった。
ロザリアの頬を、一筋の涙が伝った。
それは、彼女が自ら選んだ幸せの涙だった。
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