26. 祝福の花嫁
今日は国王エドワードとロザリアの結婚式。
王都の大通りには王家の紋章を掲げた旗が並び、建物の窓辺には色とりどりの花が飾られていた。
殆どの店は休業し、国民は国王夫妻の結婚パレードを一目見ようと、早朝から沿道に集まり今か今かと待ち望んでいた。
しかし、その反応は必ずしも祝福一色ではなかった。
運命的な恋に落ちた王子と平民の仲を裂こうとした悪役令嬢が許せないと噂する者。
王太子セドリックの元婚約者が、今度は国王の妻になるなんて何があったのかと、王室のスキャンダルを面白がる者。
ロザリアが王妃の座を狙ってエドワードに近づいたのではと邪推する者。
一方、長年王妃教育を受けてきたロザリアなら適任だと擁護する人々もいた。
貴族とは違い、婚約破棄の詳しい事情を知らない国民の間で、色々な誤解や噂が広がってしまうのは仕方のないことだった。
一部の民間新聞も面白おかしくその噂話を煽った。
王宮の一室では、ロザリアが侍女たちに囲まれ、結婚式の支度を進めていた。
ロザリアが着た純白のドレスには、繊細な刺繍が施され、長いベールが床へと流れていた。
髪には美しい宝飾品が飾られ、これまでで最も華やかな姿に仕上げられた。
「私の最高傑作です」
事件の傷がすっかり回復し、再び侍女としてロザリアに仕えていたアンが額の汗を拭いながら満足げに言った。
「そうね。本当に今までで一番だわ、ありがとうアン」
ロザリアはアンの嬉しそうな姿にクスクス笑いながら答えた。
そして鏡の中の自分を見つめながら、ロザリアは過去を思い返していた。
ロザリアは幼い頃から、セドリックの妃になることを当然の未来として生きてきた。
王妃教育も、礼儀作法も、国政の勉強も、すべては与えられた役割を果たすため。
しかし今、彼女が花嫁衣装を身につけているのは、誰かに決められたからではない。
自分自身がエドワードを愛し、彼と生きることを選んだ結果の姿なのだ。
ロザリアは一度深呼吸をして、この瞬間の幸せを噛み締めた。
そこへノックをして両親が入ってきた。
「まあまあまあ、なんて美しいの」
エンリエットは娘の美しさに目を潤ませ、クリストフは言葉を失った。
「エドワード様も喜んでくださるかしら」
エドワードを想うロザリアの頬がほんのりピンク色に染まった。
クリストフは親友のエドワードに娘を託すことへの複雑な感情を抱きながらも、ロザリアが心から幸せそうにしていることに安堵した。
ロザリアは両親に真っ直ぐ向き直した。
「お父様、お母様、今までありがとうございました。私は心から愛する方と幸せになります。そして……」
視線を窓の外に向けて続けた。
「二人でこの国をより良くしていくことに努めます」
涙を流すエンリエットの横でクリストフも鼻をすすっていた。
王宮を出て、大聖堂へ向かうロザリアを乗せた王家の馬車が大通りへ姿を現した。
ロザリアは馬車の中から沿道の国民に微笑み、照れながらも手を振った。
馬車は華やかに装飾され、周囲には護衛の兵士たちが完璧に配置されていた。
馬車の後方には、一定の距離を保ちながら王立兵団の騎馬隊が続いていた。
一行が近づくにつれ、国民の歓声が高まっていった。
そして馬車の窓からロザリアの姿が見えると、その美しさに人々は息を呑んだ。
噂を聞いていた者たちも、彼女の気品や優雅な振る舞いに目を奪われた。
「こんなに美しい方だったのか」
「まるで女神のようだ」
「お母さん! お姫様が乗ってる!」
といった感嘆の声が広がっていった。
しかし、美しさで国王を誑かしたのだろうと口に出す者もいた。
パレードが人の多い広場に差し掛かった。
沿道では、少しでもロザリアの姿を見ようと、多くの人々が身を乗り出して押し合いになっていた。
その中に、母親と一緒にパレードを見に来た幼い少女がいた。
少女はロザリアを一目見ようと、大人の足の隙間から前へ出た。
そこへ馬車が近づき、周囲から大きな歓声が上がった瞬間、後ろの人々が前へ詰め寄り、少女の体を押してしまった。
小さな身体はバランスを崩し、規制線を越えて車道へ倒れ込んだ。
少女が飛び出したのは、ロザリアの馬車のすぐ横で、後続の騎馬隊が通る場所だった。
馬車はちょうど少女の横を通り過ぎようとしていた。
少女は地面に倒れたまま、恐怖で動けないでいた。
「サリー危ない!!!」
人々の隙間から、少女に迫る騎馬隊の姿が見えた母親は悲鳴を上げた。
その出来事はロザリアが窓の外へ視線を向けた瞬間に起こった。
馬車のすぐ脇で押されて飛び出してきた少女のまさにその姿を目撃したのだ。
ロザリアはすぐに馬車を止めるよう指示し、速度が落ちると同時に扉を開けると、護衛が制止する声も気に留めず、長いドレスの裾を持ち上げ、馬車から飛び降りた。
騎士も異変に気づき、慌てて手綱を引いた。
ロザリアは転倒している少女へ駆け寄り、その小さな身体を抱き寄せて覆い被さった。
馬が大きくいななき、前脚を高く跳ね上げた。振り下ろされた蹄が、ロザリアのすぐ脇の地面を打った。
間一髪だった。
少女を抱き寄せるロザリアの体は震えていた。
ロザリアの服を掴みながら少女も泣き出してしまった。
周囲から悲鳴が上がり、後方の騎馬隊も全て停止した。
護衛兵たちがロザリアと少女に駆け寄り、周囲の安全を確保しながら二人に怪我がないか確認した。
ロザリアは荒くなった息を整えながら、少女の顔をのぞき込み、優しく話しかけた。
「もう大丈夫よ。怖かったわね」
少女は一瞬泣き止んだのち、ロザリアに抱きつくと、より一層大きな声で泣き出した。
「どいてください! サリー!」
母親が人混みの中を割って出てきて、泣きながら少女に駆け寄ってきた。
少女も母親に気づくと立ち上がりしがみついた。
母親は助けてくれたロザリアに顔を向けると、相手が国王の花嫁であることに気づき、青ざめた。
ロザリアの純白のドレスは、地面に膝をついた際に裾が泥で汚れてしまっている。
「王妃様ドレスが…なんてこと…。申し訳ございません!」
母親はその場に手をついて必死に許しを請うた。
しかし、ロザリアは衣装のことなどより少女が無事であることが何よりも大事だった。
ロザリアは跪く母親と目線を合わせるようにしゃがみ、そっと肩に手を置いた。
「顔を上げてください。サリーちゃんが無事で本当によかった」
ロザリアはそう言うと少女の方に顔を向けた。
「少し膝を擦りむいてしまったわね。手当てをしてもらったら今日のお祭りを楽しんでね」
にっこり笑う美しい王妃に、少女の目はきらきら輝いた。
ロザリアは近くにいた兵士に手当てを頼むと、二人に微笑みかけたのち、馬車へ戻っていった。
一部始終を見ていた国民は、しばらく言葉を失っていた。
「国王の花嫁が、結婚式の直前に自ら馬車を飛び出して子どもを助けた!」
「豪華なドレスが汚れたことなど気にも留めていなかったぞ」
そんな声があちこちから上がり、ロザリアが少女を助けた話は、沿道の人々の間に瞬く間に広まっていった。
馬車を見送る少女の母親が深々と頭を下げたのをきっかけに、周囲から拍手が起こり出した。
拍手は少しずつ広がり、やがて大きな歓声へと変わっていった。
先ほどまで噂話をしていた人々も、目の前で見た光景に考えを改めはじめた。
「王妃の座が欲しいだけの人が、あんなことをするだろうか」
「子どものために、自分の身を危険にさらしたんだぞ」
という声も次々に上がっていった。
ロザリアは突然の拍手に驚きながらも、馬車の窓から国民へ手を振って応えた。
沿道からは先ほど以上の祝福が送られたのだった。
馬車の中では、同乗していたアンが胸を撫で下ろしながら声をかけた。
「お嬢様……心臓が止まるかと思いました……」
「あの子が無事でよかったわ」
「……そうですね。お見事でした。でももうやめてくださいね」
「目の前で誰かが倒れなければね」
アンはロザリアの返答にため息をついた。
「もう……。ドレス、汚れてしまいましたね」
アンの視線と共にロザリアもドレスを見た。
「そうね……、でも仕方ないわね。エドワード様ならわかってくださるわ。さあ、彼の元へ行きましょう」
やりきった顔のロザリアと、疲れた顔のアンは、窓の向こうに見えてきた大聖堂の鐘楼を眺めながら笑い合った。
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