25. 今日からあなたの母です
その後ろ姿を目にした瞬間、セドリックは息を呑んだ。
見間違えるはずがない。
長い間、自分の隣にいた女性なのだから。
「お前は……なんでこんなところにっ……」
ゆっくりと振り返ったその顔を見て、セドリックはさらに目を見開いた。
「どうしてお前がここにいる!?」
ロザリアは何も答えない。
ただ、穏やかに微笑んでいる。
その余裕のある態度が、セドリックには理解できなかった。
「まさか父上に何か……」
「セドリック」
名前を呼ばれ、セドリックは言葉を止めた。
ロザリアは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「今日から私があなたの母よ」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
セドリックの頭を先ほどの側近の言葉がよぎった。
《王妃様がお待ちです》
この部屋にはロザリア以外に女性はいない。
セドリックの体が震えた。
ゆっくりと確かめるように父親の顔を見ると、その視線に応えるように、エドワードはロザリアに近寄り肩を抱いた。
「彼女が私の花嫁だ」
エドワードの横ではロザリアが少し困ったような顔をしていた。
ロザリアにとってセドリックのことは完全に終わったことだったため、わざわざこのような形で驚かせることには乗り気ではなかった。
しかし、どうしてもセドリックに少し痛い目にあって欲しいクリストフとエドワードに押し切られ、このような状況になったのだ。
部屋の隅ではクリストフが満足そうな顔で腕を組んでいた。
「父上! 僕は反対です!!」
当然そうだろうとロザリアは思った。
「彼女は、何か企みがあって父上に近づいたに違いありません!!」
「黙れ」
エドワードの低い声が部屋に響いた。
「我が愛する者を侮辱することは、いくらお前でも許さんぞ」
「しかし! 勝手なことをされては困ります!」
「皆の前で勝手に婚約破棄を宣言したお前に言われる筋合いはないな。それにもう議会の承認を得て決まったことだ。私はロザリアを愛してしまった。真実の愛とやらはお前ならわかるだろ?」
「しかし……」
セドリックは反論できずにいた。
流石に父親からのこの対応に、少し同情したロザリアは二人の話に口を挟んだ。
「エドワード様、例の話をして差し上げてください」
エドワードは一度大きく息を吐くと、セドリックに座るよう促した。
エドワードとロザリアが横並びに、セドリックがその前に腰掛けた。
「話さなくてすまなかったな。ただ、この結婚はお前にも悪い話ではない」
「どういうことです」
セドリックは怪訝な顔で聞いた。
「ロザリアと話し合って、お前とアメリア嬢の婚約を認めることにした。ただし、結婚には条件がある」
「えっ!!!」
セドリックは思わず身を乗り出した。
――この日の少し前、エドワードとロザリアはセドリックとアメリアの今後について話し合っていた。
「私はセドリック様のことをもうなんとも思っておりません。本当に愛する方を見つけられたのですから、やり方はあれでしたが……仕方のないことです」
「もちろん、あんなのでも可愛い息子だ。愛を見つけたのなら素晴らしいことだと思う。しかし……」
エドワードは視線を落とした。
「アメリア嬢は平民だ。君のような教育どころか、貴族としての教養すらない」
現実的に、平民が未来の王妃などあり得ないことだった。
貴族たちの反発も免れないだろう。
そんな様子を見てロザリアはエドワードの手にそっと自らの手を重ねた。
「私がお教えしますわ。何年かかるかわかりませんが、ある程度こなせるようになれば、結婚を認めてさしあげるのはどうでしょうか。私もジュリエット様から様々なことを教えていただきました。王妃となる私にとって、それは当然の役割ですわ」
エドワードは驚いた。あれほど傷つけられたロザリアが、その原因となったアメリアを自ら教育すると言い出したのだ。
「君はそれでいいのかい?」
「ええ。ジュリエット様も、きっとセドリック様の幸せを願っていらっしゃいます。なので、できることはして差し上げたいのです」
ロザリアはにっこり笑ってみせた。
――エドワードはそんな話し合いのことをセドリックに説明した。
「それこそ、ロザリアがアメリアに復讐するいい機会ではないですか!」
「そんなことはいたしません」
ロザリアは強い口調できっぱりと反論した。
「私にも王妃としての矜持がございます。国の未来を思えばこそ、そのような真似は決していたしません」
セドリックは、かつてのロザリアを思い出した。
彼女は一度決めたことを、卑怯な真似などせずに最後までやり通す。国のことも昔から同年代の誰よりも考えていた。
完全に納得とまではいかないが、これでアメリアと結婚できるならと、セドリックは渋々頷いた。
「わかりました。アメリアに話してみます……」
ようやく状況を飲み込み始めたセドリックに、エドワードは声をかけた。
「ロザリア、“様”な。母上でもいいぞ」
なぜかにこにこしているエドワードを見て、セドリックは眉間にシワを寄せた。
「同い年の、しかも自分の元婚約者を、母上はないでしょう」
ロザリアは「はは……」と乾いた笑いを漏らしながら、二人の様子を窺っていた。
「ロザリアが王妃!? あたしの教育!?」
アメリアが勢いよく立ち上がった。
「セドリック様……それはどういうこと? あの人は私を恨んでいるのよ!」
セドリックからことの顛末を聞いたアメリアは、いつものように大袈裟に、悲劇のヒロインのように嘆いて見せた。
そんなアメリアをセドリックは強く抱きしめて説得した。
「彼女はもう僕らを恨んでなどいない。どういうわけか父上と相思相愛、馬鹿みたいに愛し合っている。だから安心して王宮に来て欲しい」
「王宮に……」
アメリアの眉がぴくりと動いた。
この機会を逃せば、王太子妃になる道は閉ざされてしまうかもしれない。そう考えると、渋々ながらも受け入れるほかなかった。
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