20. ジュリエットの想い
時は少し戻り。
王宮の食堂ではエドワードとセドリックが朝食を食べていた。
その席では、毎日のようにセドリックがアメリアのことを何か話しているが、エドワードは聞き流していた。
数日前、クリストフからロザリアが婚約を申し込まれたという話を聞いて以来、エドワードの頭はそのことでいっぱいになっていた。
気づいてしまった自らの想い。そして、二人の年齢や立場。
若いロザリアには重荷でしかないだろうと思う一方で、建国記念パーティーで抱きしめた感触が幾度となく蘇っていた。
「聞いてますか? 父上!」
セドリックの問いかけに我に返ったエドワードは、ナプキンで口を拭くと席を立った。
「もう少し考えさせろ」
「もう一年ですよ!!」
セドリックも立ち上がり、エドワードに強く訴えかけた。
エドワードは息子を無視して食堂を後にした。
自分の気持ちと、セドリックの今後のこと……。
どちらもエドワードにとって頭の痛い問題だった。
呆れる行動は多いものの、愛しいジュリエットとの愛息子であることには変わりない。
どうしてもアメリアがいいと言うのなら、できる限りその意思を汲んでやりたいという思いもあるが、エドワードにはロザリアのことが何より気になった。
同じ貴族社会にアメリアを引き入れて、ロザリアが辛い思いをしないだろうかということが気がかりだったのだ。
気がつくといつもロザリアのことを考えている。
エドワードはあてもなく城内を歩き回った。
日頃から考え事をする時はいつもそうしていた。
しかしその日は、不思議と導かれるようにジュリエットの部屋の前に来ていた。
ジュリエットが亡くなってから十年、部屋はあの日のまま残していた。
エドワードはその部屋に足を踏み入れると、入り口から全体を見渡した。
あの日から時が止まった部屋には、ジュリエットが気に入っていた壁掛け時計の音だけが響いている。
「まだ十年だ……」
エドワードはそう呟くと、ジュリエットと自分、そしてセドリック、三人が描かれた肖像画の前まで歩いた。
「すまない。君を裏切ったことになるだろうか……」
エドワードがそっと絵の中のジュリエットの顔に触れると、その拍子に肖像画が額ごと床に落ちた。
壁に掛けていた金具が古くなっていたのだろうか、エドワードは突然の出来事に驚きつつ、肖像画を拾い上げようとしたその時、その裏に挟まれた一通の手紙に気がついた。
【愛しいエドワードへ】
封筒にはそう書かれていた。
封筒を裏返すと、そこには【ジュリエット】の文字。
エドワードはしばらく固まって封筒を見つめていた。
少し経って、封を開けた。
便箋とともに、ジュリエットの香りがした気がした。
【エドワード。あなたがこの手紙を読む頃、私はもうあなたのそばにはいないのでしょうね。あなたとセドリックに、辛い思いをさせてしまってごめんなさい。
私は幸せだったわ。あなたと出会って、政略結婚だったはずなのに、優しく情熱的なあなたに恋をした。
二人で、この国を良くしていこうって誓い合ったわね。
この国の未来、そしてセドリックの未来を、一緒に見ることができなくてとても悔しいわ。
ねぇエドワード。
この手紙を読む頃、あなたはどんな気持ちでいるのかしら。
私がこの手紙を隠した理由はね、あなたのことだから、きっと私の物を片付けられないだろうと思ったからなの。
私を愛してくれたあなたなら、私以外の誰かを愛することを、私への裏切りだと思うでしょう。
バカな人ね。
でも、この手紙を見つけたということは、あなたもようやく私との思い出に向き合おうと思えたのでしょうね。
だから今度は、自分の心とも向き合ってちょうだい。
私のことに囚われなくても大丈夫。
他の誰かを愛しても、あなたが私を想ってくれていることを私は知っているわ。
だから私のことはあなたの心の宝石箱へ、そっとしまっておいてちょうだい。
人生の最後にもう一度その宝石箱を開けて、私と過ごした日々を幸せな思い出として振り返ってくれたら、それでいいわ。
今、あなたのそばにいる大切な人たちを決して手放さないで。
どうか愛しい人ができたなら、その時は心のままにその人を愛して、幸せになってちょうだい。
私の願いは、あなたとセドリックの幸せよ】
エドワードは気づけば涙を流していた。
「ジュリエットには、敵わないな……」
今、この手紙を見つけたことが、ただの偶然とは思えなかった。
ジュリエットはいつだって、エドワードが必要としている時に、必要な言葉をくれる人だった。
「手紙すら、ジュリエットらしい登場の仕方だな」
エドワードからフッと笑みがこぼれた。
エドワードは肖像画を壁に立てかけると、ジュリエットを見た。
「ありがとう」
そう告げ、手紙を胸のポケットへしまうと、部屋を後にした。
何かを決心したかのように歩き出したエドワードに、側近が駆け寄ってきた。
「陛下! 今、ヴァロア公爵の元に伝令が……ロザリア様が襲われたとのことです。公爵は急いで向かわれました」
信じがたい知らせに、エドワードは駆け出した。
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