18. 歪んだ愛
時を同じくして、城下町では不穏な噂が流れていた。
平民の娘と運命的に出会い、真実の愛に目覚めた王太子。
その仲を邪魔する公爵令嬢。
しかしそんな者には屈することなく、二人は愛を深めている――。
娯楽に飢えた平民たちにはうってつけのゴシップネタだ。
噂を流したのはアメリア本人であった。
宿屋の食堂で泣きながら訴える姿に皆が同情した。
「あたしたちはただ愛し合っているだけなのに……。セドリック様を少しも愛していないくせに、ロザリアさんは婚約破棄されてあたしを恨んでるの……。あたし……怖くて……」
アメリアには人を惹きつける不思議な魅力があった。
涙を流しながら悲劇を話すと、老若男女を問わず、誰もが彼女をかわいそうに思った。
「人の良さそうな顔してひどい女だね!」
「かわいそうなアメリア!」
「なんて美しい愛なの……」
アメリアは人々の言葉に、口角が上がるのをこらえた。
「ロザリアさんが王様に何か言っているみたいなの……。そのせいで私たちパーティーにも一緒に出られないし、婚約すらまだできていないのよ!」
アメリアはさらに言葉を重ねた。
アメリアは虫も殺さぬような顔をして、昔から狡猾な女だった。
その恵まれた容姿と、類稀なる演技力を利用して、周囲の心をつかみ、物事が自分の思い通りになるよう仕向けてきた。
セドリックのこともそうだ。
たまたま客が置き忘れていった大衆新聞で、王子様の顔を見たことがあった。
するとその翌日、運良く街のゴロツキに絡まれている彼を見かけたのだ。
アメリアは、これは神様が与えてくれた最大のチャンスだと思った。
とりあえず
「衛兵さん!こっちよ!」
と叫んでみると、ゴロツキたちが逃げて行ったので、セドリックがまさか王子だとは少しも知らないふりをして近づいた。
かわいく、でも控えめに。
『男の人は、こういうのが好きでしょ』という様子で、セドリックの目を見つめて心配したり、とても丁寧に手当をしたり、申し訳なさそうにしているセドリックの手にさりげなく触れて、
「気にしないでくださいね」
とにっこり笑ってみせた。
その日からセドリックは宿屋の食堂に通い出した。
アメリアの気を引こうと、貴族の裏話だと言って、ぺらぺらと内情を話していた。
アメリアはその話に少しも興味がなかったが、いつも物を知らない女のふりをして、大きく反応してみせた。
そして会話の端々に、
「セドリックさんのためですから」
「こんなことセドリックさんだけですよ」
と特別感を出した。
さらにセドリックがこぼす愚痴の全てに同情してみせた。
五回も会わないうちに、セドリックはプロポーズしてきた。
なんて簡単な男だろうと思った。
嬉しそうに涙ぐんだ笑顔の下で
『ありがとう、バカ王子』
などと考えていた。
しかしアメリアの誤算だったのは、セドリックの婚約者が国王陛下に想像以上に大切にされていることだった。
王太子が言えばさっさと婚約できるものだと思っていた。
セドリックは何度も会いにきては、必ず婚約者にという話をして帰るが、なかなか話は進まずアメリアは痺れを切らしていた。
そしてアメリアは考えたのだ。
ロザリアを町中から嫌われさせて、王都から出ていくように仕向ければいいのだと。
それが冒頭の噂話である。
自分はただ、嘆いているだけ。
アメリアはその姿に徹した。
すると一人の青年が、
「その女さえいなければ、アメリアは王子様と幸せになれるんだ」
と呟いて食堂を後にした。
その青年ジャンは、普段からアメリアに心酔していた。
少し根暗で人見知りなジャンにとってアメリアは、優しく話しかけてくれて、自分のことをいつも気に掛けてくれる唯一の女の子だった。
アメリアが困っていればなんでも代わりにやったし、いつでもアメリアを庇ってきた。
アメリアのことを心から愛していたが、
「あたしお姫様になるのが夢だったの」
の言葉に、セドリックとの結婚はアメリアのためなのだと自分に言い聞かせて、アメリアの幸せをひたすら願っていた。
そんなアメリアの結婚を脅かす存在を、ジャンは許せなかった。
アメリアが困っているなら、自分がなんとかしなければならない。
ジャンはまるで、それが正義であるとでも言わんばかりの顔をしていた。
ジャンはその足で町外れのゴロツキの溜まり場へやってきた。
近くでしゃがみ込み、酒を飲んでいた顔見知りの三人に声をかけた。
「仕事を頼みたい」
ジャンの声に、三人は振り向いた。
「ジャンじゃねぇか。藪から棒にどうしたんだよ」
「ある貴族を襲ってほしいんだ。顔に傷をつけるだけでいい。今、金貨一枚ある。成功したらあと二枚やる」
その報酬に充てる金は、ジャンがいつかアメリアと結婚するために貯めていた全財産だった。
ゴロツキたちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、互いに顔を見合わせてからジャンに向き直った。
「話を聞くぜ」
「相手は?」
「ヴァロア公爵令嬢のロザリアって女だ」
「公爵令嬢だと?」
ゴロツキたちは一瞬怯んだ。
「殺す必要はない」
ジャンは念を押した。
「顔だ。二度と人前に出たくなくなるくらいの傷をつけてほしい」
ジャンは、ロザリアの顔に大きな傷を残せば、屋敷に引きこもるか、遠い領地へ行ってしまうのではないかと考えていた。
「いつ狙う?」
ジャンは、ロザリアが最近よく城下町へ出ていることを噂などから知っていた。
「次に馬車で出てきた時だ」
ゴロツキたちは、ジャンが差し出した金貨を受け取った。
ジャンは強く拳を握った。
『これでアメリアが幸せになれる』
そう信じて疑わないジャンの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。
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