16. 春を告げた日
それから季節は巡り、王都にも春の気配が訪れた。
何度かのデートを重ね、ロザリアとレイモンドは確実に信頼関係を築いていた。
その日は朝から部屋いっぱいになるほどの春の花が届いた。
ちょうど畑から帰ってきたロザリアにアンが花束を抱えて駆け寄ってきた。
「お嬢様!レイモンド様から贈り物です」
【春祭りに一緒に行かないかい。迎えに行くよ。一足先に、君に春をプレゼントさせてくれ】
添えられた手紙にはそう綴られていた。
アンは手紙を覗き込み、うっとりしている。
ロザリアは、レイモンドの真っ直ぐな気持ちに応えるべきだということはわかっていた。
でもそう思うたび、いつも『これでいいのだろうか』という迷いがついて回った。
――春祭りの日
「まるで妖精だね」
迎えにきたレイモンドが、ピンクと白のドレスを着たロザリアを見て、嬉しそうに手を伸ばした。
「あなたも今日はピンクの上着なのね」
「ああ、春らしくね」
たまたまだが、お互い打ち合わせをしたかのように色合いが合っていた。
レイモンドはロザリアを馬車へエスコートすると、自らも乗り込み、城下町へと出発した。
町に近づくにつれて、花を使った飾りがたくさん現れた。
初めての祭りの雰囲気に、ロザリアは胸が弾んだ。
春の訪れを祝うこの祭りでは、町娘たちが籠に入った様々な花を配っていた。
女性たちは、受け取った花を髪に飾る。
それがこの国の春祭りの風習だった。
ロザリアも淡い桃色の小花を受け取った。
レイモンドがそれをロザリアの髪にそっと挿した。
すると近くの露店で雑貨を売っていた女の人が、大きめの鏡をこちらに向けてくれた。
「お嬢さんとっても素敵よ!お似合いの二人だねぇ」
その言葉に、二人は照れくさそうに顔を見合わせた。
通りがかった広場の舞台では、オペラの曲が披露されていた。
人混みを抜けようと歩いていると、ロザリアの足が止まった。
「この歌……」
『春を待つ花』
ジュリエットから教えられ、ロザリアがずっと大切にしてきた曲だった。
妖精の衣装を纏った女優が、舞台の真ん中で切々と歌い上げる。
この歌を聴くと、あの日の記憶が蘇る。涙を流すエドワードの姿が浮かび、胸が締め付けられた。
それと同時に、今のエドワードの姿が気になった。
『陛下はブローチを付けてくださっているかしら』
ロザリアが聴き入っているのを、レイモンドは黙って見ていた。
その瞬間、ロザリアの意識からレイモンドの存在は抜け落ちていた。
舞台では次の曲で、男女が抱き合って愛の歌を披露し始めた。
その姿を見た途端、エドワードに抱きしめられた夜が、ロザリアの頭をよぎる。
『陛下に会いたい』
ロザリアはそう思った時、ハッとした。
エドワードは、自分が気軽に『会いたい』などと思っていい相手ではない。ロザリアはそう自分に言い聞かせた。
その後、二人は初めてのデートで行ったパティスリーへ赴いた。
その日は、レイモンドが店を貸し切っていた。
「今日はどれがいいかな」
棚に並べられた菓子を二人で眺めていたが、ロザリアはどこか上の空だった。
レイモンドが、ロザリアの気を引くように彼女の手を握った。
「ロザリア、大事な話がある」
レイモンドは、ロザリアの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「初めて会った時から、君には惹かれていた。君と知り合う前……建国記念パーティーで踊る君を初めて見た時から僕の恋は始まっていたのだと思う。どうか僕と婚約してほしい」
とうとうこの時がやってきたのだ。
どう返事をすべきか考えていると、
「君が好きなんだ……ロザリア」
レイモンドに抱きしめられた。
しかし、気づけばロザリアは、反射的に両手でレイモンドの胸を押していた。
「ごめんなさい……少しだけ、考えてもいいかしら」
取り繕うように、ロザリアは笑った。
「もちろんだよ、大事なことだからね。今日はケーキを買って帰ろうか。送っていくよ」
レイモンドはいつものように笑ったけれど、その笑顔はほんの少しだけ寂しそうだった。
自宅前で二人はクリストフに迎えられた。
「お嬢様に婚約を申し込ませていただきました」
レイモンドはクリストフに深々と頭を下げた。
そしてロザリアに向き合うと、
「良い返事を待っているよ」
とだけ言い残して帰っていった。
「返事をするまで、時間をかけてもいいのかしら」
「お前の好きにしなさい。ただ……正直にな」
クリストフは何か言いたげだったが、娘の選択の邪魔をすべきではないと思った。
「正直に……」
ロザリアは胸に手を当てて小さく頷いた。
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