12. 星空の下で
秋が訪れる頃、エドワードが治めるアルヴェイン王国の建国記念パーティーが近づいてきた。
王太子であるセドリックが出席するのは当然のことで、それを思うとロザリアは気が重かった。
ヴァロア公爵家は国内随一の筆頭貴族であり、家族での出席を避けるわけにいかなかったのだ。
王城へ戻ることにはまだ抵抗があるロザリアだが、兄グレンにエスコートを頼んで出席することを決めた。
パーティーの一ヶ月前、ロザリアは兄と共に衣装屋を訪れ、当日に着ていくドレスを選ぶことにした。
いくつかのドレスデザインの中から、ロザリアは何気なくグリーンのドレスを選んだ。
「グリーンか、珍しいな」
「うん……なんとなく、この色が綺麗だなって」
そうしてパーティーに着ていくドレスも決まり、季節が深まるとともに、その日は少しずつ近づいていった。
当日、グレンにエスコートされてロザリアは王城の広間へやってきた。
久しぶりに足を踏み入れる王城に、ロザリアの足取りは自然と重くなった。
建国記念の祝宴ということもあり、会場には国内の貴族だけでなく、近隣諸国から招かれた客人の姿も多く見られた。
広間へ入ると、婚約破棄の件を知る貴族たちからの視線はロザリアに集まった。
こちらを見ながらあの日のことをひそひそと話している者、婚約が白紙になったのを好機とばかりに、ロザリアへ近づこうとする者など様々で、ロザリアは居心地の悪さを感じていた。
そんなロザリアを見つけ、エドワードが近づいてきた。
エドワードの視線が、一瞬ロザリアのドレスへ落ちた。だが、彼は何も言わず、いつものように微笑んだ。
お互いの挨拶が終わると、エドワードはロザリアの心情を見透かしたように口を開いた。
「セドリックにはアメリア嬢を伴って出席することは認めないと伝えてある。だから、今日彼女に会うことはないだろう。しかし、それでもセドリックとは顔を合わせることになるだろうからな。つらくなった場合に休めるよう、ロザリアのための部屋を用意してある。好きに使いなさい」
エドワードのその気遣いにロザリアは胸を撫で下ろした。
『相変わらずこのお方はお優しい』
ロザリアの顔が緩んだのを見届けて、エドワードはロザリアをダンスに誘った。
「お姫様。あなたのファーストダンスを踊る栄誉を、この私に与えていただけるかな」
白々しくキザなセリフで手を出すエドワードに、ロザリアはクスクス笑いながら答えた。
「はい、もちろんです」
ワルツに合わせ二人はダンスをした。
努力を重ねて身につけたロザリアの美しいステップに、エドワードの淀みないエスコート。
まるで昔から一緒に踊っていたかのように息がぴったりの二人に、会場全体が魅入っていた。
優雅に舞うロザリアを間近にして、エドワードもいつしか見惚れてしまっていた。
そして、不意に言葉がこぼれた。
「……君は美しいな」
ロザリアは驚いて目を丸くした。
そしてそれは、口にしたエドワード自身も同じだった。
「ありがとうございます……」
顔を赤くして目を逸らしたロザリアを、エドワードは可愛いと思った。
ダンスが終わり、エドワードと別れたロザリアは、飲み物を受け取ると壁際の椅子へ腰掛けた。
そんなロザリアのもとへ、遠慮がちに二人の令嬢が近づいてきた。
クレア・グレンヴィル伯爵令嬢と、レイチェル・ウェストウッド伯爵令嬢だ。
彼女たちとはこれまで挨拶を交わす程度の仲だった。
「あの……ロザリア様、私たちずっとロザリア様にお声を掛けたくて……」
「ずっと心配で、あんな目に遭われて……お心を思うとつらくて。でもなんと言えばいいかわからなかったもので……」
「今日、明るいお顔を拝見できて本当に嬉しくて、どうしても失礼を承知でお声を掛けたかったのです!」
突然の二人の言葉にロザリアは驚いた。
ひそひそと噂をしたり下心で近づこうとする者はいても、このように思ってくれている人たちがいるとは思いもしなかったのだ。
「まぁ……グレンヴィル伯爵令嬢、ウェストウッド伯爵令嬢、どうもありがとう。あなたたちのお気持ち、とても嬉しいわ」
自分を気にかけてくれていた二人の言葉が、ロザリアには何より嬉しかった。
二人はさらに先ほどのダンスについても、
「先ほどの陛下とのダンス、とても素敵でしたわ」
「まるで物語の一場面みたいでした」
と、うっとりした顔で話していたので、ロザリアは少し照れ臭かった。
「陛下は、昔から私を娘のように思ってくださっているだけなのよ。物語の相手役が私では申し訳ないですわね」
ロザリアは自分でそう言いながら、なぜか胸の奥がちくりと痛むのを感じたが、この時は特に気に留めなかった。
その後も他愛もない話を三人でしていると、ロザリアも次第に緊張がほぐれてきた。
話の中で最近どう過ごしているのかを聞かれたロザリアは、花や野菜を育てていたり、料理に挑戦していることなどを、正直に二人に話した。
貴族令嬢が畑仕事をしたり、厨房に立つことをどう思うだろうかと、ロザリアがそっと二人の顔色を窺うと、二人とも目を輝かせて話を聞いてくれていた。
「まぁ、土まみれに? 楽しそう!」
「ロザリア様のお野菜を、私もご賞味に預かりたいですわ!」
明るく裏表を感じない二人の受け答えに、ロザリアはみるみる心を開いていった。
「よかったら今度、うちへ遊びにいらっしゃらない?」
気づけばロザリアは二人を自宅へ招待していて、クレアとレイチェルは驚きつつもとても喜んでいた。
三人で話す時間はとても楽しく、これまで同年代の友人がいなかったロザリアには新鮮なものだった。
ただ、久しぶりの大規模な社交の場。
楽しい時間ではあったものの、人の多さや周囲の視線に、ロザリアは少しずつ疲れを感じ始めていた。
二人に別れを告げると少し静かな場所へ行こうと、エドワードが用意してくれた部屋へ移動することにした。
ロザリアが廊下へ出た時、ちょうどやって来たセドリックと鉢合わせてしまった。
セドリックはロザリアを見るなり駆け寄ってきた。
「お前がいつまでも被害者ぶっているせいで、アメリアは今日ここへ来ることすら許されなかったんだぞ。それなのに、お前は着飾って随分楽しそうじゃないか!」
あまりに理不尽な言い分に、ロザリアは言葉を失った。
せっかく少しずつ王城での緊張が解けていたというのに、ロザリアの脳裏に婚約破棄の日の記憶が蘇る。
まだ何か言おうとするセドリックを無視して、ロザリアはその場を逃げ出した。
人目を避けるように走り、息を切らしたロザリアが辿り着いたのは、誰もいない静かなバルコニーだった。
「ふぅ……」
大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
何度目かの息を吐き切った時、見覚えのない若い貴族が酒の入ったグラスを片手に近づいてきた。
「あなたは噂のロザリア様ではないですか」
見知らぬ男に、ロザリアは警戒の目を向けた。
「俺の国では、あなたほど美しい女性を捨てる男はいませんよ」
などと、馴れ馴れしく話を続けてきた。
「俺の国では」という言葉から、ロザリアは国外から招かれた貴族なのだと思った。
どのような立場の方かわからないため、最初は社交辞令として上手く応対しようとした。
しかし青年は徐々に失礼な態度でロザリアにいやらしい目を向け始めた。
「婚約を破棄されたそうですね。なら、俺がもらってあげましょうか」
そう言うとさらに距離を詰め、ロザリアの肩を強引に抱いてきた。
突然のことにロザリアは息を呑んだ。
逃れようとしても、恐怖で身体が強張り、うまく振りほどくことができない。
『助けて……!』
その瞬間、青年の身体が勢いよくロザリアから引き離された。
尻餅をついた青年の前に立ち塞がってくれたのは、エドワードだった。
エドワードは青年を冷たく見下ろした。
「貴様の顔は覚えたぞ」
低く響いた声に、青年の顔から血の気が引いた。
目の前に現れたのがこの国の王だと気づき、青年は慌てて逃げていった。
青年がいなくなったのを確認すると、エドワードはロザリアに向き直った。
ロザリアは恐怖で震えて、涙を浮かべていた。
そんなロザリアを、エドワードはそっと抱きしめた。
「もう……大丈夫だ」
ロザリアは安堵のあまり涙が止まらなくなった。
そんなロザリアが落ち着くのを、エドワードはただ黙って待ってくれていた。
ロザリアの息が整った頃、エドワードが口を開いた。
「何か飲み物を持ってこさせよう」
そう言って、エドワードが離れようとした。
その瞬間――
無意識に、エドワードの服の裾をぎゅっと掴んでいた。
自分でも何をしたのかわからなかった。
ロザリアは、エドワードの服を掴んでいる自分の手に目を落とした。
「も……申し訳ございません!」
我に返ったように、慌てて手を離す。
エドワードはそんなロザリアを責めることはなく、
「もう少しここにいるよ」
と優しく微笑んで、その場に残った。
エドワードはバルコニーに腕をかけ、夜空を眺めながら、
「君が戻りたくなるまで……」
と、こちらを見ずに言った。
ロザリアはふと、自分の震えがいつの間にか止まっていることに気づいた。
なのに――
先ほどエドワードに抱きしめられていた上半身だけが、今度は妙に熱を持っていた。
そんな自分を不思議に思いながらも、隣にいるエドワードへ目を向けると、夜空を見上げる美しい横顔がそこにはあった。
そして、エドワードのグリーンの瞳には星の光が映り、きらきらと輝いていた。
ロザリアはその横顔から、なぜか目を離せなくなり、これまで経験したことのない感情が胸の奥に生まれたことを感じた。
けれど――
ロザリアには、まだそれが何なのかわからなかった。
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