10. ありのままの君
それからもロザリアは、アンと街へ買い物に出かけたり、興味を持った本を読んだり、料理に挑戦してみたりと、少しずつ新しいことに挑戦していった。
最初は何をしたいのかさえわからなかったロザリアだったが、今では「やってみたい」と思えることが少しずつ増えていた。
公爵邸には、以前よりもロザリアの笑い声が聞こえるようになっていた。
――ある日、王城で執務中のエドワードのもとにクリストフがやってきた。
国政の話が一段落したところで、エドワードが何気なく、
「ロザリアはどうしている?」
と尋ねた。
クリストフは最近のロザリアについて嬉しそうに話し出した。
庭仕事を始めたこと。
泥だらけになって笑っていたこと。
街へ出かけたり、本を読んだり、いろいろ挑戦していること。
「あのロザリアが泥だらけに!?」
エドワードはそんなロザリアを思い浮かべて吹き出した。
これまでのロザリアでは考えられない姿だ。
そしてクリストフから、
「そういえば、お前に見せるのだと言って随分張り切っていたぞ」
と聞かされ、エドワードは以前ロザリアと交わした、
「育ったら、見ていただけますか?」
という約束を思い出した。
「……では、そろそろ見に行かなければな」
と言いながらエドワードは優しく笑った。
――数日後、再び公爵邸。
前回訪れたときとは明らかに違うロザリア。
顔色もよくなり、表情も明るい。
エドワードはその変化に驚いた。
早く見せたくてうずうずしているのだろう。
ロザリアは嬉しそうにエドワードの前を歩いた。
「陛下、こちらです!」
ロザリアは弾むような声を上げ、エドワードを自分の庭へ案内した。
エドワードは、これまで見たことのないロザリアの姿を、不思議なほど自然に受け入れていた。
王太子妃となるため、常に完璧に振る舞っていたロザリアではなく、
「これは私が植えたんです」
「こちらは一度水をやりすぎてしまって」
「アントンに笑われてしまいました」
など、失敗したことまで楽しそうに話す十六歳のロザリア。
エドワードは、
『こんな顔で笑う子だったのか』
と、自分の知らなかったロザリアを見つけたような気がした。
ラディッシュを植えてから四十日ほどが経ち、ちょうど収穫の頃合いを迎えていた。
「見事なものだな。初めてとは思えない」
エドワードの言葉に嬉しくなったロザリアは
「陛下、一緒に抜いてみませんか?」
と、収穫に誘ってみた。
「いいのか、ぜひやらせてくれ」
エドワードはそう答えると、マントを側近へ預け、シャツの腕を捲った。
二人はそれぞれラディッシュの葉を掴むと、せーので引っこ抜いた。
「おぉ、まん丸で綺麗な赤いラディッシュだ。ロザリア、そちらのは……」
エドワードが隣のロザリアを見ると、ロザリアはなんだか不格好な長細いラディッシュを持っていた。
「君のはなんだか面白い形をしているな」
ふふっと吹き出したエドワードを気にも留めず、ロザリアは自分の持つラディッシュを真っ直ぐ見つめてぶつぶつ呟いている。
「同じ品種のはずなのに、何が違ったのかしら……水? 土かしら。それとも間引き不足だったとか? ……研究のし甲斐があるわ」
そこには、エドワードのよく知る真面目なロザリアがいた。
初めて見る無邪気なロザリア。
昔から変わらない真面目なロザリア。
どちらも彼女なのだ。
今のロザリアは、以前よりずっと自然に見えた。
そのことが、エドワードはなぜか嬉しかった。
そして、収穫したラディッシュはロザリアと料理長によって料理され、食事の席に出された。
少し歪に切られたラディッシュを、恥ずかしそうに並べるロザリアもまた、エドワードの知らないロザリアだった。
――帰りの馬車。
エドワードはロザリアの笑顔を思い出していた。
『元気になってくれて、本当によかった』
心から、そう安堵した。
馬車が公爵邸を離れてからも、今日のロザリアの笑顔が何度も浮かんでくる。
『もう少し、あの笑顔を見ていたかったな』
エドワードはそんなことを思いながら、窓の外へ流れていく景色を眺めていた。
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