09:おねえさま
「──ああ、やっぱりお前が見ると、混乱するんだな」
覚えた手の骨が、わたしの視界を塞いだ。
ふっと目の前が暗くなり、異質な骨は見えなくなる。
混乱しかけていた頭が、少しだけ落ちついた。
「アラァ、ガルドのお気に入りのコなのォ?」
「違ぇよ。おい、今すぐ元の姿に戻れ」
「エェ? こんなカワイイコの前でなんて、可哀想よォ」
「いいから、早くしろ」
気心の知れた仲、というやつなんだろうか。
二人はぽんぽんと小気味いい会話の応酬をしている。
……元の姿? 骨がおかしいってことは、ヒト型の魔族じゃない?
女性に見えていた存在がしょうがないワネェ、と呟くと、視界が開けた。
ガルドさんの手の骨は、わたしの肩あたりにとどまっている。
すると、急に周囲の狭い範囲にだけ霧が出た。
目の前の女性の、一筆書きでぎゅっと詰め込まれていた骨が、みるみるほどけて、長い一本になっていく。
──この骨のかたちは、知っている。大きさが段違いとはいえ、間違いない。
「蛇!」
まっすぐ連なる骨のかたちは、とてもわかりやすい。
頭と尾を除けば、多少の太さは異なっても、骨のつきかたは一緒。
そうか、だから人族の骨の位置になっていても、おかしく見えたんだ。
「……アナタ、違う目を持っているのねェ」
どことなく不自然さのある発音にも納得だ。
なるほど、それなりに高位の魔族なら、外見も変えられるのか。
でも、骨格はどうしようもないから、人間の姿に模倣しても、限度があると。
蛇の骨だから一筆書きのようになったのは理解できた。
でも、蛇って手、というか指は存在しない。
「指とか手って、ちゃんと動かせるんですかー?」
「セレさん──!!」
「──ふ、うふふふふッ! おもしろいコねェ!」
いつのまにかきていたらしいレーヴィさんが細い声でわたしの名前を呼んだ。
初対面のイスキァさんに質問するのは失礼だったかな。
と思うとまた霧みたいなのが出て、骨が曲がりくねっていく。
すぐ次の瞬間には、またみっちみちの骨状態になったから、人間に擬態してるみたい。
一時的に視界を切りかえると、想像どおり、大人の女性が笑顔を浮かべていた。
すぐにもとの見えかたにもどすと、人間ではありえない骨なのに配置は人間なので、まだちょっと混乱する。
女性はその状態で、ひらひらと手にあたる部分を動かしてみせた。
……もとの状態より骨が小さくなって、指先の骨を模しているらしい、凄い。
「骨が縮まって痛くないんですかー?」
「アタシたちに自覚はナイから、なんともないワヨォ」
つまり、見える私だけが変に思ってしまう。
自分の意思で変化しているから、苦痛とかはないのかな。
魔族については知らないことだらけだ、すごく勉強になる。
他の骨の場合、変化はできるのか、その場合の骨の移動はどうなのか、……興味は尽きない。
「もっと色々知りたいです、聞いてもいいですかー?」
多分、蛇さんは魔族の中でも強いんだろう。
こんな見事な変化、人間でできるって話はそうそう聞かない。
骨の異常に気づかなければ、普通の人族なら見分けられないだろう擬態の完成度。
でも、魔法でその状態を維持しているなら、かなりの力があると想像できる。
なおかつ、魔族は実力主義、つまり強い蛇さんは偉い。
ここでわたしが暴走したら、国際問題になる、非礼は許されない。
「アタシを知りたい? いいワヨォ、ただ、そうねェ……お姉様って呼んでくれたらネェ」
「イスキァおねえさま、って呼べばいいんですかー?」
なにその安い条件。
それくらいならいくらでも呼ぶ。
わたしが試しに口にすると、イスキァおねえさまはきゃぁっと声を弾ませた。
腕部分の骨を大きく伸ばして近づいてきて、……でもガルドさんが前に出て阻んだ。
「とりあえず仕事が先だろ。──セレ、コイツは一応俺の上司だ」
「王の直属部下の一人よォ」
「あちこちを回ってるんで、ここにくるのも時々だけどな」
「大変なんですねー、イスキァおねえさま」
蛇おねえさまは、名前呼ぶと喜ぶみたいだから、なるべく入れてみる。
そのほうがわたしも覚えられるし。
本当の責任者だけど、しょっちゅういないから、ガルドさんが名目上ってことらしい。
……魔族側って、人手不足なのかな? ひとじゃないけど。
「詳しい話は仕事のあとでネェ、アタシは洞窟に行くカラ」
「わかりました、行ってらっしゃい、イスキァおねえさま、ガルドさんー」
開拓の責任者なら、一番気にするのは洞窟……迷宮だろう。
おねえさまは手をふると、颯爽と洞窟のほうへむかっていった。
ガルドさんも当然ついていくんだろうと声をかけたけど、なぜか立ち止まってもどってくる。
「おかしな骨を見て、びっくりしただろ。あとで俺の腕の骨でも見るか?」
腕の骨!
普段は鎧でほとんど隠れて、肘や手首が見えないから気になっていたところだ。
「見ていいなら見たいですー」
「よし。じゃあ、あとでな」
からん、と軽い音がどこかから響く。
ガルドさんはレーヴィさんに挨拶すると、蛇おねえさまを追って行った。
びっくりしたのは本当だけど、おかげでガルドさんの骨が見られるなら、とても運がいい。
隣ではレーヴィさんが、はーっとため息をついている。
「……私がはじめてイスキァ様に会った時とは別の意味で衝撃的でしたね……」
「普通のひとは、大きな蛇を見たらびっくりですものねー」
「あのかた、最初は美しい女性の、……いえ、なんでもありません」
ごにょごにょと言うからよく聞こえなかったし、空咳で誤魔化したってことは、追求しちゃ駄目なんだろう。
とりあえずわたしは診療記録のひな形をつくっておくことにした。
そんなこんなで、昼食を挟んで新しい診療記録をつくることに。
リボンで識別ができても、なにかしら名前がないと記述するのも、覚えるのも難しい。
でも、かれらは名前を持っていない、必要がないから。
まさか実験動物のように番号をつけるのも駄目だ。
わたしが悩んでいると、文官の一人がリボンの色に合わせて花の名前を使えばと提案してくれた。
蜂魔族の巣以外にも、ちょこちょこ花畑があるのこの開拓地。
モグラ魔族がやたらに掘るのを止めるため植えているらしい。
綺麗な花があると、掘ったらいけない、と判断するからだとか。
花なら種類もいっぱいあるから、ちょうどよさそう。
「ただいまァ」
日が暮れる前に蛇おねえさまが帰ってきた。
骨の詰まり具合からして、人間の姿を模しているらしい。
洞窟では蛇の姿だったろうに、わざわざ擬態するんだ、不思議。
「イスキァ様!」
「お疲れ様です! ご無事でしたか?」
文官さんたちがわたしの横を抜けていき、すごい熱心に声をかけている。
業務中はあんなに弾んだ声を聞いたことがなかったから、違いにびっくりした。
おねえさまって人気ものなんだな、と感心しながら記録を続けていく。
「セレちゃん、約束よォ、お話しまショ」
「えーっと……」
そうしたら、おねえさまが机の前に立って手をさしのべてきた。
一段落はつけられるけど、まだ業務時間中だ。勝手に判断はできない。
ちらっとレーヴィさんを見ると、構いませんよ、と言ってくれた。
終業時間はまだ先だけど、文官さんたちの仕事もキリがいいから終わりにするようだ。
わたしが見ると、レーヴィさんの背筋が伸びる、骨のために普段からちゃんと頑張ってほしい。
レーヴィさんは文官さんをねぎらうと、かれらはものおねえさまに挨拶して、すごくゆっくり退出した。
わたしたちが移動すればいいだけなのに、残るんだ?
「イスキァ様の種族を、知らせていない者もいるので」
「あ、そういうことですかー」
扉を見ていたからか、レーヴィさんが教えてくれた。
だから席を外させたし、喋る場所もここのままなのか。
宿舎の食堂とかだと、誰かくるかもしれない。
イスキァおねえさまはレーヴィさんの机の近くに置いてあった椅子に腰かける。
誰もすわらないからずっと不思議に思っていたけど、専用の椅子だったみたい。
一見すると装飾はないけど、細かい木彫りがあって、かなり高級な椅子だ。
レーヴィさんの椅子もなかなかだけど、質は落ちる。
つまり、ここにすわった蛇おねえさまが一番、格上ってことだ。
改めてじっと見つめる。
蛇だと知った今は、骨がみっしりしていても、不思議だけど混乱はない。
でも、それで人間みたいに動けるのは凄い。
視界を切りかえると、本当にヒトにしか見えないのに。
「洋服って、どうなってるんですかー?」
髪の毛は外皮を基準にしているだろうし、瞳はもとのままだろう。
となると謎なのは服だ。
最初に会った時にちょっとだけ蛇にもどって、また変わったけど、着替えている様子はなかった。
変身中に素肌を見た覚えもない。
「普通に着ることもできるけど、変化の魔法で身につけることもできるわよォ」
「便利なんですねー」
着るというより、皮膚が重なるような感じ?
正直、かなり羨ましい魔法だ。
洗濯は実家でも、ここでもやってもらってるけど、おかみさんから「白い服は洗濯が大変なのよ」とこぼされてしまった。
実家では洗濯が大変なんて、使用人がわたしにこぼせるわけない、ちょっと反省した。
変化の魔法が使えれば、シミ落としの苦労も減る、でも人間には使用不可かな。
おねえさまの実年齢は訊ねないけど、見た感じは妙齢の女性だ。
先輩くらいかな? 母よりは間違いなく下。
「骨はないのに、胸は大きいんですねー」
「アタシの好みもあるケド、ニンゲンのオスにウケがいいのよォ」
「そういえば、夜会で挨拶すると、大体みなさん胸もと見ますねー、脂肪の塊なだけなのにー」
わたしが思いだしながら呟くと、イスキァおねえさまはケラケラ笑った。
夜会服はデコルテがどうのこうので、母が仕立てたものを着ていた。
まあ、動物も気を惹くために尻尾の色を鮮やかにしたりするから、似たようなものだろう。
隣ではレーヴィさんがげほげほとむせている。誤嚥するような年齢じゃないと思うけど。
コルセットしなくてもいけそうな、細い腰も楽そうでいい。
でも、ずっと保持するなら魔力は相当使うはず。
伸ばした爪にも色がついているし、細かな制御をこなしているんだろう。
やっぱり強い魔族は凄いんだなぁ。
「ウフフ、セレちゃんって面白いわァ」
おねえさまはずっと楽しそうだ。
特に気にいられるようなことを話したつもりはないけど、関係が良好になるならいいことだ。
隣でレーヴィさんは剣状突起を抑えてる、なんだか見慣れてきた。
そのあとイスキァおねえさまのここでの役割も教えてもらった。
探索魔法などが得意なので、迷宮に入り、掘るべき方向を見つけるのだそう。
モグラ魔族は示した箇所にむかって掘る……のだけど、大抵ズレたり、楽しくなって掘りすぎる。
忙しいのもあるが、モグラ魔族が萎縮することもあり、常駐はしていない。
強い魔力を持っているかららしい、魔族同士は人間より、感知力が高いようだ。
「ちょっと大きなポイントを当てられそうなのよォ、だから、セレちゃんやレーイちゃんは、近づかないようにねェ」
ずっと掘っている場所の奥には、なにかがありそうなのだとか。
ただ、迷宮自体が魔力に満ちているため、高位魔族のおねえさまでも、確証はない。
鉱床なら最高だけど、魔物がいる可能性もある。
「採掘方向はガルドに教えたから、あとで確認してねェ」
「承知しました」
「──あ、腕の骨」




