10:腕の骨
「──あ、腕の骨」
思わず呟いてしまった。
窓の外を見ると、まだ暮れてはいないが、時間の問題だ。
今日は無理かな……明日の朝、見せてもらえるかな。
約束したから、すぐ見たいけど、仕事のほうを優先させるのは当然だし。
ものすごく、残念だけど。
「あとはレーイちゃんに話せば問題ナイから、行っていいわよォ」
くすくすと笑うイスキァおねえさま。
舌がヒトと違うからか、笑う時に少し摩擦音みたいなのがする。
骨の音とは違うからすぐわかる。
「アイツなら、ここを出てすぐ右にいるわよォ」
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとうございます、イスキァおねえさまー」
「ハァイ、またお話しましょうねェ」
ちょっと悩んだけど、一番偉い存在が許可したならいいはずだ。
わたしは貴族に対して行う礼をきっちりきめてから、官舎を出た。
おねえさまの言うとおり、出てすぐに目を惹く骨が見つかる。
ここにいるってことは、官舎に用事があるのかな?
「お疲れ様です、ガルドさんー」
「セレ。……あいつはいないのか?」
「あいつ?」
どいつのことだろう。該当者がふたりほどいる気がする。
どっちも官舎にいるから、答えは同じだ。
「蛇女のほうだ」
「おねえさまはレーヴィさんと話してますーわたしは先に失礼させてもらいましたー」
おねえさまに報告かな? 同じ魔族同士だし、連絡も色々あるだろう。
でも、わたしの言葉を聞いたガルドさんは、よし、と呟いて官舎とは反対へ進みはじめる。
数歩先でふりむくと、怪訝っぽく? 首の骨を傾けた。
「どうした? 腕の骨、見るんだろ?」
あれ? 連絡はいいのかな?
でもガルドさんは官舎に入る様子はない。
だったら日が落ちる前に見たいから、小走りについていった。
前の時と同じ、ちょっとしたベンチに落ちつくことにする。
今回もハンカチを敷こうとしたら、ガルドさんが手に持ってた布をばさっと広げてくれた。
……マントっぽいけど、ほら、と言ってるので、すわってしまう。
よく見たら肩についていた短いマントがない。これか。
わたしがすわるまでの間に、ガルドさんはがちゃがちゃと腕の鎧にふれていた。
なにかが外れる音とともに、ばらっと前腕部を覆っていた鎧が外れる。
今のは、肘部分のつなぎめを解いた音だったらしい。
「上は肩周りから外すのが面倒だから、とりあえずここだけでいいか?」
「見せてくれるだけで嬉しいですー」
マントは留めていないけど、肩口部分には色々ついている。
そこから外さないと、上腕部は動かないのだろう。
今からじゃ時間がないし、大変そうだから、文句は言わない。
両腕とも外してくれて、橈骨と尺骨が綺麗に見えた。
腕の骨を見ると、同じくらいの体格のヒトよりは、骨が太いようだ。
骨だけで身体を支えなくちゃならないのだから、当然といえば当然だろう。
ちなみに頭蓋骨は大差ない、むしろ大きくなったら重心的に大変だからかな。
「よいしょっとー」
いつもの標本を魔道袋からひっぱりだす。
わたしの右にはガルドさん、左には骨格標本。
ふたつの橈骨と尺骨を見比べられるなんて、すごく贅沢だ。
「普通は別のモンが入ってると思うがな」
カラカラと愉快そうに顎の骨が揺れる。
一応、携帯食料とか、万一の時のお金とかも入ってはいる。
でも、この骨を入れるための袋だから。
とにかく、見比べるとやっぱり違う。
ガルドさんは背も高いから、骨の太さや長さが違うのは当たり前だけど。
標本は人道的な問題で模型だから、理想的な骨の形状をしている。
だから左右揃っているし、比率も美しい。
でも、生きているガルドさんの骨のほうが、歪んでいても自然に見える気がする。
つくりものすぎると、生物らしくなくて、不自然に感じるのかな。
「……そういえば、鎧は金属製なんですねー?」
「どういう意味だ?」
「おねえさまは服もつくれるって言っていたのでー」
ガルドさんもひとに変化できるかは聞いていないけど、強いのだから可能性はある。
だから鎧も身体の一部かもしれないと思ったんだけど。
わたしがイスキァおねえさまを引き合いに出すと、ああ、と理解してくれた。
「それじゃ結局生身と変わらないだろ、戦うには不利すぎる」
たしかに。
後衛だったらいけるかもだけど、剣を持って直接戦闘するなら、防具は必須だ。
魔法で鎧をつくっていたら、魔力が切れた時に文字通り骨だけになってしまう。
つまり、全身を覆っているものは、すべてなにかしらの素材で作成したもの。
骨だけってすっきりしていて、綺麗だと思うけど、実際はなかなか大変なんだ。
生物に肉と皮膚がついているのも納得する。
「……あれ、このへん、色が違います?」
左手の橈骨に一部変色が見られる。
火で焼かれた際に、そばにあったものの色が移ることはあるけど、そのわりに範囲が狭い。
「ああ、これは昔の傷だな」
「ガルドさんの場合、傷はこうなるんですかー」
怪我をしても、血が出たりはしない。血が存在しないから。
でも、削れたり歪んだり、折れたりもする。
時間をかけて回復すれば、もとどおりの位置にもどるけど、傷跡みたいに色が残る、ということらしい。
「俺は骨が身体だからな。もっと酷い状態になったら、復元しないかもしれんが」
つまり、酷い状況になったことがない。
やっぱり、ガルドさんは強いんだなぁ。
ぱっと見たところ、腕に他の傷……変色は見受けられない。
残るほどの怪我を負っていない、ということだ。
勿論、防具をつけているからというのもあるだろう、でも、実力も理由のはずだ。
骨の染色方法もあるけど、そういうのとは違う。
生きている骨のガルドさんだからこその、色だ。
「真っ白じゃなくて見栄えが悪いか?」
「いいえー、存在しているって実感できますー、見聞きするのって、大事ですねー」
骨の魔族がいることも知らなかったし、想像もしていなかった。
実在しているガルドさんに会えて、骨だからこその話も知れた。
わたしの見えている世界でも、まだまだ把握していないことがある。
それを認識できたのは大きなことだ。
「機会があったら、……いえ、なんでもないですー」
ガルドさんにとっては服を脱いでくれ、と頼まれているようなものだ。
骨だけの状態は見慣れているけど、全裸を晒すのはやっぱり嫌だろう。
わたしだって、流石にどうかと思うし、相手によっては訴えられるものだ。
「まあ、いくらなんでも鎧をすべて外すのはな」
「ですよね、そんな失礼は言えませんー」
素足だって、令嬢は出すなと怒られる。
足くらいいいじゃないか、なんて言ってはいけないのだ。
魔族は色々な種族がいる、それぞれ羞恥の感じかたも異なるだろう。
モグラ魔族の場合、色とりどりの衣類に魅力を感じていても、着たいとは思っていないのだし。
「……普通は顔を見ただけでびびられるんだがなぁ」
カララ、と顎の骨が揺れる。
顔の全面はほぼ見えている状態だ。
目にあたる部分は、通常の骨なら空洞なだけだけど、漆黒に塗りつぶされたようになっている。
時々光るから、おそらく、目の代わりになっているのだろう。
正確には骨ではない歯も綺麗に並んでいるから、発語はかなり自然。
喉も肺もないけど、呼吸するような言葉の途切れもある。
「頭蓋骨もそんなに差がないのに、不思議ですねー」
食物が消えていくさまは驚くかもしれないが、概ね人間と同じかたちなのに。
どこに怯える要素があるのか、よくわからない。
首をかしげていると、またカラカラと乾いた音がする。
そこで、作業終了の鐘が鳴った。
「明日からはモグラ魔族の採掘が再開だから、あまり喋れないが、朝食は同席する」
もとどおりに腕を覆ったあと、宿舎まで送ってくれたガルドさんは、魔族用の宿舎へもどっていった。
わたしも宿舎へ入り、おねえさまとの会話を知りたがる文官さんに、ドレスの苦労について話しましたと答えたら、どういうことですか? と重ねて問いかけられた。
詳しく答えるべきか悩んでいると、レーヴィさんがやってきたので、話はおしまいになった。




