11:モグラ魔族
モグラ魔族による掘削が再開して数日は、概ね平和にすぎていった。
なぜなら、おねえさまの威圧が効きすぎて、はじめのころはおとなしかったから。
そのため、進みが遅くなってしまった。
怪我が少ないのはいいことだけど、掘る量が少ないのはいいのか悪いのか、微妙なところだ。
その合間に、日用品をとどけてくる商隊がもどってきた。
野菜などの食料品は、王都まで行く隊とはべつで、もっと短い期間でやってくる。
呼ばれたので行ってみると「ご要望の品です」と渡されたのは、たくさんの小さなリボン状の布。
質感的に麻っぽいのが多い、丈夫なのをと頼んだからだろう。
「ご令嬢にはふさわしくありませんが、話を聞くとこういったものが向いていると思いまして……ああ、勿論、気にいらなければ、もっと質のいいものをご用意させていただきます」
なんだか早口で色々と喋っていたけど、問題なさそうなので、お礼を言ったらびっくりされた。
モグラ用って書くと、ここに通っている商人はよくても、店のほうが意味不明だろう。
だから、犬や馬に飾りつけたい、と書いておいた。
「令嬢の気まぐれ、遊びだと思われたのでしょうね」
横で検品していたレーヴィさんが教えてくれた。
そういえば、いつだか令嬢が、馬のたてがみにビーズ? をつけたとか言ってたっけ。
馬にはなんの意味もないと思ったけど、あれはオシャレのつもりだったのか。
とにかく、目的のものが手に入ったので、文官さんも巻きこんで、現時点で浮かぶ花の名前を書きだした。
あとはこれを、リボンに刺繍すれば見分けやすくなる。
「刺繍……なんて、我々にはできませんが」
「わたしがやりますよー、簡単なものになりますけどねー」
だったら業務時間に入れていいです、と言われた。
刺繍糸もついでに頼んでおいたら、いつのまにか支払ってくれていた。
わたしの個人的なお金で出してもよかったのに。
「この中ならどの色がいいですかー?」
軽い怪我でやってきたモグラ魔族から、順に麻リボンを見せて、選んでもらう。
進みが遅い状況でも怪我をするということは、怪我の比率が高いと予測できる。
実際、骨も折った形跡があったりするから、はやめに認識して診療記録をつけておきたい。
重たい怪我だと本人に選ぶ余裕もないから、こちらとしてはちょうどいい。
モグラ魔族たちは好き好きに色を選んでいく。
わたしには同じに見えても、興味を示す色は別だから、やはり個性がある。
あとはガルドさんに頼んで、ボスとその部下? って言えばいいのかな、には、先にリボンを選んでもらった。
体格のいいボスは、流石に知性が高い様子で、じっくり悩んだあとひとつを選んだ。
そのあと軽く頭を下げてきたから、まかせてくださいと答える。
ボスの分はいったん預からせてもらい、少し刺繍にする。
「……難しそうだな」
ボスとそれ以外の区別は、こういう生物にとっては必要なことだと教えてくれたのはガルドさん。
天気もいいし、文官さんの仕事の隣で刺繍もなと、外へ出た。
いつものベンチで刺繍しているところに出くわして、隣で見たいというからどうぞーと返した。
骨が見られないのは残念だけど、まずはこっちを仕上げないといけない。
黙々と花の名を刺繍していたら、しみじみ呟かれた。
魔族にとっては珍しい作業だろう。
「面倒ですけど、やりかたは決まっているので、慣れればどうってことないですよー」
骨の刺繍ばかりしていたから、家庭教師には嘆かれたけど。
花自体を刺繍しろと言われたら困ったが、名前だけなら楽なほうだ。
ボス格だけは色糸で、太めの刺繍、他は単一のものにする。
声を出すと邪魔になると思ったのか、ガルドさんはとても静か。
でも、飽きることはないのか、ずっと隣にいた。
終業の鐘までには無事完成したので、完成したリボンをガルドさんに渡して、ボスにとどけてもらった。
そうしたら翌日、ボスのリボンを見て、他のモグラ魔族もほしくなったらしく、大挙して押し寄せてきた。
一度には困るけど、嫌がってないなら安心だ。
いっぺんには刺繍できないので、ひとまず色を選んでもらい、腕に結んでおく。
モグラ魔族たちは綺麗な色のそれを見て、キュイキュイ鳴いていた。
「丈夫な布といっても、限度はありますからねー、あと、汚れたら洗ってくださいねー」
わたしが声をかけ、ガルドさんが通訳? みたいなのをする。
キュイ! と並んで返事をしたのは、わかった、ってことかな?
リボンがついたからか、少しだけ、モグラ魔族たちが動きを気にするようになったと報告も受けた。
こういうところを起点に、無理をしない考えができてきたらいいな。
骨を観察できるのは勉強になるけど、しなくていい骨折なら、ないほうがいいもの。
なんて、平和な日を挟みつつ──
「失礼します! 怪我モグラを連れてきました! まだ来ます!」
「はい、わかりましたー、とにかくここから並べてくださいー」
ばたばたと兵士がモグラ魔族を抱えて飛びこんできた。
毎日用意してある藁床を示し、横たわらせてもらう。
怪我の度合いで位置を分ける余裕は……なさそう。なら、紐で区別だ。
ざっと見たところ、骨の異常は少ない、程度は軽めかな。
「セレさん、状況は」
「まだくるそうです、ひとまずいつもの方法でー」
「お願いします」
少ししてやってきたレーヴィさんは、腕に紐のついている個体から回復魔法をかけていく。
……でも、今日はちょっといつもより、暴れ気味のような?
怪我の度合いは、視界を切り替えても、数日前とあまり変わらない。
そのわりにモグラ魔族の動きがせわしない、レーヴィさんも魔法をかけづらそうにしている。
兵士によって運びこまれた総数も、ここ数日と比べると倍以上だ。
突然の増加の理由が気にかかる。でも、それはあとで調べること。
とにかく骨の異常を確認し、終わったら軽傷の手当てを進め、識別の麻リボンが残っているかも調べておく。
どうやら、なくしてしまった個体はいないようだ、これなら記録もつけやすい。
「……よし、終わりました」
しばらくして、ふうっと息をつくレーヴィさん。
これだけの数に程度の強弱はあれど、回復魔法をかけられるのだから、やっぱりたいしたものだ。
疲労のせいか猫背にもどってしまっている。
でも、しんどそうだし、今は指摘しないでおこう。
「じゃあ、あとはまかせてくださいー」
「手が足りなければ、兵を呼んでください」
「わかりましたー」
書類仕事の残っているだろうレーヴィさんは執務室にもどってもらう。
器具の片づけや記録などは、わたしの仕事だし、一人でもできる。
……まあ、この数全部は、時間がかかるけど、しょうがない。
やるか、とできたての診療記録を開き、麻リボンの色と名前を頼りに書き加えていく。
黙々と記述していたのと、わたしは武術はからっきしなので、全然気配に気づかなかった。
──ざく、となにかが切れる音とともに、熱い感触。
急いでふりむくと、そこそこ大きめの個体がいた。
その個体は、もう一度、鋭利な爪をふりおろす。
慌てて身体を捻ったけど、腕にまた痛みが走った。
ぎゅっと目を閉じてから開き、視界を切り替える。
まずい。
理由は不明だが、モグラ魔族の目は明らかに平素と違う。
充血している上に、妙に強く光っている。
旅の途中で見た、凶暴化した魔物に似た状態だ。
周囲のモグラ魔族にも、ややその傾向が見られるようだ。
一匹が動いたせいか、他の個体もゆらゆらと動きはじめる。
わたしは診療記録を思いっきり目の前の個体に投げつけた。
目くらましにもならないけど、驚かせることはできたらしい。
駆け足で棚にはりつき、そこから液体の入った瓶をとりだす。
モグラ魔族たちが近づいてくる前に、それをできるかぎりの力で、かれらの中心部に投げこんだ。
ガシャン! と割れる音を確認ながらまた走り、扉から出てきっちり閉める。
それから、ハンカチで口を覆い、外から窓を閉めていった。
こちらからではきちんと閉まらないだろうが、やっておかないとまずいことになる。
すべての窓を閉めたところで、一息。
兵士を呼んできたいけど、扉を開けられたら困るから、離れづらい。
巡回の兵士とか、ちょうどよくきてくれないかな。
「セレ、モグラ魔族の様子はどうだ?」
「あ、ガルドさん、ちょうどいいところに。中の気配、探ってください」
事後処理を終えると、ガルドさんは毎回モグラ魔族の状態を確認にくる。
いつもなら中で診療記録の読みかたを教えつつなんだけど、今日はまだ無理だ。
でも、ガルドさんなら、中の状態がどうか、わかるらしいから、開けていい時期も計れるはず。
「気配、って……お前! 怪我してるじゃないか!」




