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12/28

12:わからないこと

「気配、って……お前! 怪我してるじゃないか!」


 中へ頭蓋骨をむけかけたガルドさんだったけど、わたしのほうを見て大声を出す。

 怪我? そういえば、さっき爪で腕をやられたっけ。

 思いだすと痛いから、忘れていたい。


「それは後回しでいいです、それより、中の様子を」

「いや、よくねぇだろ」


 カタカタと小刻みな骨の音がする。

 でも、モグラ魔族が暴れるほうが問題だ。

 わたしが暴れたってたいしたことないけど、モグラ魔族だったらこの棟を崩壊させられる。

 瓶を投げて出てきて、今のところ大きな物音もないから、うまくいってると思うけど……


「とにかく、中を確認してください」

「だが──」

「早く」


 静かなのは、同士討ちなどをした可能性もある。

 そうしたら、労働力も減るし、群れの雰囲気も悪くなる。

 開拓の差し障りが出てしまうのだ。わたしの怪我より問題は大きい。

 優先順位のわからないガルドさんじゃないのに、ちょっとしつこい。


「──わかった」


 まだどこかからカタカタと音がするが、ガルドさんはうなずいて扉へ近づく。

 かくん、と首の骨が動いてから、数歩、後ろに下がった。


「……妙なニオイがするな? 中の連中は……寝てるか、これは」

「それ、あんまり吸い過ぎないでくださいねー」


 ほとんど匂いはしないはずなのに、嗅覚も鋭いのか、……どう感知してるんだろう。鼻骨で?

 すごく気になる、でも今は質問時間ではない。

 中で眠っているってことは、割った眠剤がちゃんと作用したんだ。

 念のため、モグラ魔族が起きた時は、兵かガルドさんに見ていてもらおう。


 ひとまず安心ということで、モグラ魔族が暴れて、眠剤を入れた瓶を割ったこと。

 それにより今は眠っているだろうことを説明する。


「……とりあえず問題ないってことだな?」


 問いいかけられたのでうなずいた。

 兵を配備すれば、万一があってもなんとかなるだろう。

 どうして暴れたのかなどの原因究明も必要だけど、それはあとでモグラ魔族に聞くしかない。


「じゃあ」


 すっとガルドさんが近づいてきた、と思ったらひょいと抱えられた。

 縦に荷物を持つみたいな感じで抱えられるのははじめてだ。

 力があるからか、歩いていても全然ぶれない、凄い。


 でも……なんでこの状況?


 進行方向と逆に頭があるので、ぎりぎりまで首を曲げる。

 どうやら、官舎に歩いて行っているようだ。


「あっちの気配は気にしておくが、次はお前の治療だ」

「自分で歩いて行きますよー?」


 優先すべき報告は終えたのだから、治療はする。

 しないと、次の業務に差し障りがあるのだし。

 ガルドさんからレーヴィさんに伝えてもらえば、その間に治療できる。

 レーヴィさんの回復魔法は、洞窟作業での怪我に使うべきで、わたしには必要ない。


「結構な傷なんだから、おとなしく担がれておけ」


 痛いことは痛いけど、治療時に暴れられて怪我をすることは、実は結構ある話だ。

 動物系の爪で引っかかれるのは、はじめてだけど、人間の爪は経験がある。

 ひっぱたかれたりは過去にもあったから、気にしないのに。


「ったく……白い服が赤いんだぞ、肝が冷える」

「肝、ないんじゃないですかー?」

「うるせぇよ」


 喋りながらも執務室にはすぐに到着した。

 手が塞がっているからと、足で開けたらしい。行儀が大分悪い。


「どうしまし、……セレさん!?」

「白いワンピースが、あ、赤いいぃぃ?」

「な、ななななななんでー!?」


 レーヴィさんと文官さんが、悲鳴をあげる。ちょっとうるさい。

 腕の切り傷程度、命に別状はないんだから、平気なのに。

 ガルドさんは文官さんの一人が飛びあがって空いた椅子に、わたしをそっと下ろした。

 すぐにレーヴィさんが近づいてきて、回復魔法をかけていく。


「診療記録をとっていたら、数体が暴れはじめましてー、あ、緊急用の睡眠壺、使ってしまったので、わたしの給料から引いてくださいねー」

「報告はあとでいいから! おとなしく! して、ください!!」


 めちゃくちゃ怒りながらも魔法は的確だ、やっぱりすごい。

 鈍い痛みがどんどん引いていって、完全に消えるまでもすぐだった。

 レーヴィさん、優秀だなぁ。

 でも、ここまでしっかり魔法をかけなくてもいいのに。


「まったく……傷が残ったらどうするんですか」


 おしまいです、と手が離れて、ぽかぽかした魔法の感触もなくなる。

 ほんの少しのあとも残らないくらい、完全にかけてくれたらしい。


「わたしは骨以外あまり見ないので、別に気にしませんー」


 普段の視界が骨だから、自分の肉体にも興味が薄い。

 貴族令嬢としては、傷があるのはまずいだろうけど、見えないし。

 患者さんにも傷のあるひとはたくさんいる。

 わたしだけ、綺麗に治してもらうこともないだろう。


「──自分に無頓着すぎる奴が、他の奴も救えるのか?」


 もの凄く低い声。

 いつもと違いすぎるから、ガルドさんだと気づくのが遅れた。

 顔を上げると、眼球の奥の暗闇が、鈍く光っているようだった。

 ガルドさんの言葉に、たしかに、と思う。

 治療すべき側がなんらかの不調を抱えていたら、万全の行動がとれない。

 腕の傷のせいで治療を失敗したら大変だ。


「あちこちから血を流しているのに、先にモグラのほうだと言われて、オレは、……」


 骨の魔族に血はないから、驚かせた?

 でも、他の魔族は血がある種族も多い、モグラ魔族のだって見たことがあるだろう。

 ガルドさんはなにか言いかけて、でも結局、言葉は止まった。


「モグラどもの様子を見てくる。お前はおとなしくしてろよ」


 小刻みな骨の音は、指先から首のあたりまで万遍なく響いていた。

 それがどういう理由なのかは、わからないけど。


 背中をむけられて、ちょっと、喉に骨が引っかかったみたいだった。



 その後、着替えをしてきてくださいと言われて、宿舎にもどった。

 わたしを見たおかみさんも悲鳴をあげたので、血まみれの服は隠しておくべきだった。

 別の服を着るついてに鏡で確認したら、たしかに結構赤かった。

 それからちゃんと報告しようと官舎にもどったら、


「なんで戻ってきたんですか!?」


 叫ばれた。そのまま休んでよかったって。

 でも怪我は治ったし、報告はあとでって言ったのはレーヴィさんだ。

 だからもどってきたと言ったら、大きなため息を吐いたあと、聞きましょう、と言われた。

 治療が終わってから凶暴化して、瓶を投げて、と経緯を伝えていく。


「……睡眠瓶の使用責任は不問とします、元々、緊急時用に存在しているのですから」


 本来は上司の判断を仰ぐものだけど、許可をとっていたら被害が出たから、今回はおとがめなし。

 給料天引きもしないと言われた。結構高額なのに、大丈夫なのかな。


「今日はもう休んでください、送りますから」


 強く言われたので、おとなしく従うことにする。

 モグラ魔族のほうは、兵が見守りに入るから大丈夫って。

 治療自体は終わっているけど、記録がまだなのに。

 仕事を途中で放りだしたみたいで、気になってしまう。


「ガルドとの話し合いは明朝にしましょう、あなたも気まずいでしょう?」

「気まずい……」


 今、ガルドさんと会ったら。

 なにを話せばいいのか、よくわからないから、気まずいのは合っているんだろう。

 骨の話は駄目だし、事態の報告も、あまりよくない感じがする。

 怪我も治ったから元気だけど、魔法による治療は体力を消耗する。

 眠気が出てきたし、休んでおくべきなのは、知識としても理解してる。


「体調が回復しなければ、明日の業務には就かせません。ですから、ちゃんと、休むように」


 念を押されて、おかみさんにまで言付けてレーヴィさんはもどっていった。

 事後処理で時間がかかるだろうに、手伝わせてくれない。

 おかみさんは血まみれの服を見たせいで、ものすごく心配してくれて、介護の勢いだった。

 丁重に断って普段どおりの食事をもらい、はやめに休むことにした。


 ──なんだか、ここにきてから、わからないことが増えた気がする。

 でも、嫌な気分じゃない。

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― 新着の感想 ―
いやいや、痛みはしっかり感じましょうよー、セレちゃん! 白い服が血まみれって怖いからね? なんでそんなに無頓着なのー。
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