12:わからないこと
「気配、って……お前! 怪我してるじゃないか!」
中へ頭蓋骨をむけかけたガルドさんだったけど、わたしのほうを見て大声を出す。
怪我? そういえば、さっき爪で腕をやられたっけ。
思いだすと痛いから、忘れていたい。
「それは後回しでいいです、それより、中の様子を」
「いや、よくねぇだろ」
カタカタと小刻みな骨の音がする。
でも、モグラ魔族が暴れるほうが問題だ。
わたしが暴れたってたいしたことないけど、モグラ魔族だったらこの棟を崩壊させられる。
瓶を投げて出てきて、今のところ大きな物音もないから、うまくいってると思うけど……
「とにかく、中を確認してください」
「だが──」
「早く」
静かなのは、同士討ちなどをした可能性もある。
そうしたら、労働力も減るし、群れの雰囲気も悪くなる。
開拓の差し障りが出てしまうのだ。わたしの怪我より問題は大きい。
優先順位のわからないガルドさんじゃないのに、ちょっとしつこい。
「──わかった」
まだどこかからカタカタと音がするが、ガルドさんはうなずいて扉へ近づく。
かくん、と首の骨が動いてから、数歩、後ろに下がった。
「……妙なニオイがするな? 中の連中は……寝てるか、これは」
「それ、あんまり吸い過ぎないでくださいねー」
ほとんど匂いはしないはずなのに、嗅覚も鋭いのか、……どう感知してるんだろう。鼻骨で?
すごく気になる、でも今は質問時間ではない。
中で眠っているってことは、割った眠剤がちゃんと作用したんだ。
念のため、モグラ魔族が起きた時は、兵かガルドさんに見ていてもらおう。
ひとまず安心ということで、モグラ魔族が暴れて、眠剤を入れた瓶を割ったこと。
それにより今は眠っているだろうことを説明する。
「……とりあえず問題ないってことだな?」
問いいかけられたのでうなずいた。
兵を配備すれば、万一があってもなんとかなるだろう。
どうして暴れたのかなどの原因究明も必要だけど、それはあとでモグラ魔族に聞くしかない。
「じゃあ」
すっとガルドさんが近づいてきた、と思ったらひょいと抱えられた。
縦に荷物を持つみたいな感じで抱えられるのははじめてだ。
力があるからか、歩いていても全然ぶれない、凄い。
でも……なんでこの状況?
進行方向と逆に頭があるので、ぎりぎりまで首を曲げる。
どうやら、官舎に歩いて行っているようだ。
「あっちの気配は気にしておくが、次はお前の治療だ」
「自分で歩いて行きますよー?」
優先すべき報告は終えたのだから、治療はする。
しないと、次の業務に差し障りがあるのだし。
ガルドさんからレーヴィさんに伝えてもらえば、その間に治療できる。
レーヴィさんの回復魔法は、洞窟作業での怪我に使うべきで、わたしには必要ない。
「結構な傷なんだから、おとなしく担がれておけ」
痛いことは痛いけど、治療時に暴れられて怪我をすることは、実は結構ある話だ。
動物系の爪で引っかかれるのは、はじめてだけど、人間の爪は経験がある。
ひっぱたかれたりは過去にもあったから、気にしないのに。
「ったく……白い服が赤いんだぞ、肝が冷える」
「肝、ないんじゃないですかー?」
「うるせぇよ」
喋りながらも執務室にはすぐに到着した。
手が塞がっているからと、足で開けたらしい。行儀が大分悪い。
「どうしまし、……セレさん!?」
「白いワンピースが、あ、赤いいぃぃ?」
「な、ななななななんでー!?」
レーヴィさんと文官さんが、悲鳴をあげる。ちょっとうるさい。
腕の切り傷程度、命に別状はないんだから、平気なのに。
ガルドさんは文官さんの一人が飛びあがって空いた椅子に、わたしをそっと下ろした。
すぐにレーヴィさんが近づいてきて、回復魔法をかけていく。
「診療記録をとっていたら、数体が暴れはじめましてー、あ、緊急用の睡眠壺、使ってしまったので、わたしの給料から引いてくださいねー」
「報告はあとでいいから! おとなしく! して、ください!!」
めちゃくちゃ怒りながらも魔法は的確だ、やっぱりすごい。
鈍い痛みがどんどん引いていって、完全に消えるまでもすぐだった。
レーヴィさん、優秀だなぁ。
でも、ここまでしっかり魔法をかけなくてもいいのに。
「まったく……傷が残ったらどうするんですか」
おしまいです、と手が離れて、ぽかぽかした魔法の感触もなくなる。
ほんの少しのあとも残らないくらい、完全にかけてくれたらしい。
「わたしは骨以外あまり見ないので、別に気にしませんー」
普段の視界が骨だから、自分の肉体にも興味が薄い。
貴族令嬢としては、傷があるのはまずいだろうけど、見えないし。
患者さんにも傷のあるひとはたくさんいる。
わたしだけ、綺麗に治してもらうこともないだろう。
「──自分に無頓着すぎる奴が、他の奴も救えるのか?」
もの凄く低い声。
いつもと違いすぎるから、ガルドさんだと気づくのが遅れた。
顔を上げると、眼球の奥の暗闇が、鈍く光っているようだった。
ガルドさんの言葉に、たしかに、と思う。
治療すべき側がなんらかの不調を抱えていたら、万全の行動がとれない。
腕の傷のせいで治療を失敗したら大変だ。
「あちこちから血を流しているのに、先にモグラのほうだと言われて、オレは、……」
骨の魔族に血はないから、驚かせた?
でも、他の魔族は血がある種族も多い、モグラ魔族のだって見たことがあるだろう。
ガルドさんはなにか言いかけて、でも結局、言葉は止まった。
「モグラどもの様子を見てくる。お前はおとなしくしてろよ」
小刻みな骨の音は、指先から首のあたりまで万遍なく響いていた。
それがどういう理由なのかは、わからないけど。
背中をむけられて、ちょっと、喉に骨が引っかかったみたいだった。
その後、着替えをしてきてくださいと言われて、宿舎にもどった。
わたしを見たおかみさんも悲鳴をあげたので、血まみれの服は隠しておくべきだった。
別の服を着るついてに鏡で確認したら、たしかに結構赤かった。
それからちゃんと報告しようと官舎にもどったら、
「なんで戻ってきたんですか!?」
叫ばれた。そのまま休んでよかったって。
でも怪我は治ったし、報告はあとでって言ったのはレーヴィさんだ。
だからもどってきたと言ったら、大きなため息を吐いたあと、聞きましょう、と言われた。
治療が終わってから凶暴化して、瓶を投げて、と経緯を伝えていく。
「……睡眠瓶の使用責任は不問とします、元々、緊急時用に存在しているのですから」
本来は上司の判断を仰ぐものだけど、許可をとっていたら被害が出たから、今回はおとがめなし。
給料天引きもしないと言われた。結構高額なのに、大丈夫なのかな。
「今日はもう休んでください、送りますから」
強く言われたので、おとなしく従うことにする。
モグラ魔族のほうは、兵が見守りに入るから大丈夫って。
治療自体は終わっているけど、記録がまだなのに。
仕事を途中で放りだしたみたいで、気になってしまう。
「ガルドとの話し合いは明朝にしましょう、あなたも気まずいでしょう?」
「気まずい……」
今、ガルドさんと会ったら。
なにを話せばいいのか、よくわからないから、気まずいのは合っているんだろう。
骨の話は駄目だし、事態の報告も、あまりよくない感じがする。
怪我も治ったから元気だけど、魔法による治療は体力を消耗する。
眠気が出てきたし、休んでおくべきなのは、知識としても理解してる。
「体調が回復しなければ、明日の業務には就かせません。ですから、ちゃんと、休むように」
念を押されて、おかみさんにまで言付けてレーヴィさんはもどっていった。
事後処理で時間がかかるだろうに、手伝わせてくれない。
おかみさんは血まみれの服を見たせいで、ものすごく心配してくれて、介護の勢いだった。
丁重に断って普段どおりの食事をもらい、はやめに休むことにした。
──なんだか、ここにきてから、わからないことが増えた気がする。
でも、嫌な気分じゃない。




