08:異質な骨
「おはようございますー」
大分慣れてきた朝の挨拶風景。
畑もつくっているといても、まだまだ行商に頼っている状況だというのに、おかずはちょっとずつ味が違っている。
おかみさんは凄いなぁ、と感心しながら食べていく。
ガルドさんの食事風景もちょっと見慣れてきた。
でも何度見ても、口内に入って歯で噛みつぶされると見えなくなるのが不思議。
胃腸がないから、全身に吸収されるようなものなんだろうけど。
……流石に食事の席で排出について訪ねるのはよくないから、やめておく。
「そうだ、レーヴィ、聞きたいことがあるんだが」
今日はモグラ魔族が中へ入るという話のあと、首の骨が軽く鳴る。
「モグラたちが、前につけてもらった色のついたヒモがほしい、と頼んできたんだが、意味わかるか?」
「紐……?」
──それって、もしかして。
わたしはレーヴィさんと顔を見合わせると、うなずかれた。
ポケットに手を入れて、ばらっとそれをとりだし、机に広げる。
はじめにここへきた時に使った、赤と青の紐。使わなかったけど、黄や緑もある。
「初日の処置が速かったとあなたも驚いていたでしょう。程度に応じてこの紐を結んで判別したんです」
「わたしが見て、骨に異常がありなしで紐を分けたんですよー」
医療の世界では当然のことだけど、多分、魔族には馴染みがない。
だから説明を加えると、がくん、と深めに首が動いた。
「なるほど。どうも連中、これが気にいったらしい」
……アクセサリーだと思ったのかな?
動物に近い魔族だから、装飾品の概念はなかったのかも。
個人的には、気持ちは尊重したい。
でも、これをいつもつけられると、いざという時の判断に困ってしまう。
「──似たものなら、なんでもよさそうですか?」
どうしよう、と悩んでいたら、同じく考えこんでいたらしいレーヴィさんが先に声を出す。
ガルドさんはおそらく、と返した。
「人族の毛皮は色がたくさんあって羨ましいと言っていた。身体を覆うのは邪魔で嫌だが、これくらいなら動くのにも支障がない、と」
毛皮……服のことを毛皮だと認識しているのか、面白いな。
普通のモグラなら、そこまで判別できないだろうし、やっぱり魔族のが知性はあるんだ。
「つまり、色はたくさんあっていい。──セレ嬢」
「はいー?」
「リボンを買う、というのはどうでしょう?」
「いいと思いますー行商人に頼めば、大体どこにも手芸店はあるでしょうしー」
ここに品を運んでくる商人なら、道中の店も把握しているだろう。
わたしが使っている紐は先輩たちに連れられて、王都の下町にある手芸屋さんに行った時に見つけたもの。
他のひとはリボンとかレースを選んでいたけど、わたしはこれを買った。
骨の見分けをした時に、目印があれば便利だと思ったからだ。
レーヴィさんの言葉から、わたしも目的が読めてきた。
「でも、リボンだと耐久性がいまいちじゃないですかー?」
「それは……そうかもしれませんね、モグラ魔族ですし」
「わたしも詳しくないので、手紙に要望を書いて、それに添うもの見繕ってもらいましょうー」
おしゃれに関心がないから、種類とかもよくわからない。
レーヴィさんも同じくらいのようだ、ガルドさんは、よくわからないと首の骨を曲げたまま。
麻布でもいいかもしれない。縄までいくとちょっと味気ないかな。
とにかく安価で、頑丈で、いくつか色があるもの。
わたしは思いつかないけど、多分、なにかしらはあるはず。
「……それが、なにになるんだ?」
いまいちわからないとまだ首をポキポキさせているガルドさん。
ガルドさんも、鎧からして実用重視っぽいから、ぴんときていないよう。
「ガルドさんはモグラ魔族、見分けがつきますかー?」
「いや、強い個体はわかるが、同じくらいの力の連中は難しいな」
魔族同士ならわかるのかと思ったけど、そうでもないみたい。
しっかり区別できるのは、群れのボスとその部下くらいだって。
つまり、普段よく怪我する個体の区別はついていない。
「……同族や近い種族なら、それでも個々にわかるって話だ」
少しだけ低くなった声のトーン。
モグラに近い種族……あれ、モグラ魔族は普通のモグラの見分け、つくのかな。
今度、聞けそうだったら、ガルドさんに通訳をお願いしよう。
「我々の場合は、ほとんどわかりませんー。でも、色の違う布をつけさせてくれるなら、わかるようになりますー」
研究用の動物相手には当たり前にしていることだ。
ただ、モグラ魔族はちゃんとした一個体だから、区別のためだけの札をつけるわけにはいかない。
でも、むこうから望んできたなら話は別だ。
レーヴィさんはぐっと拳を握りしめて、熱く喋る。
「そのリボンなりに、便宜的な名前をつければ、さらにわかりやすくなります、そうすれば……!」
「個別の診療記録がつくれますねー」
そうしたらもっと便利になるし、治療もしやすくなる。
これは早急にとりくむべきだ。
似たような数の多い魔族にも有効となれば、さらにやる意味があがる。
「セレ嬢、手紙の内容はお願いしていいですか? 私は鳥を用意しておきますので」
勿論、と請け負って、いったん自室へもどる。
便せんをとりだして、ほしい品とその理由を簡潔に書いていった。
端切れでもいいから、なるべく色々な色を用意してほしいと強めに記しておく。
モグラ魔族と書くと嫌がられるかもしれないので、そこはぼかしておいた。
あとは連絡用の速鳥にお願いすれば、商隊に合流できればそっちへ、まにあわなければ王都の決まった場所へ飛んでいく。
責任者の判があれば、優先的にとりかかってくれるはずだ。
急いでレーヴィさんのもとへ持っていくと、他の書類と合わせて出すと言って支度しに行った。
それを見送りながら、ふと思いだす。
先輩から髪の毛を結ぶのに使いなさいって、リボンをもらっていたような。
一言ことわって、再び自室へもどった。
日によって変えるなんてめんどくさいから、働く時用の服のポケットに入れっぱなしに……あった。
何度か入れたまま洗濯してるから、ちょっとヨレてるけど、使えるからいいや。
これを試しにモグラ魔族に見せて、こういうのでもいいか聞いてみよう。
ついでにハンカチも何枚かひっぱり出す。
スカーフくらいの大きさでもつけてくれるなら、そのほうが見分けやすい、……でも、大きすぎるかな?
となると今まとめている診療記録も、個別にできる可能性が高い。
今ならまだ終わってないから、ここから少し記述を変えておけば、修正も減る。
そんなことを考えつつ、宿舎から官舎までの短い距離を歩いていくと、
「あらァ? 見慣れないお嬢さんねェ?」
聞いたことのない女性の声がした。
開拓地にいる女性は、おかみさんを除けば、兵にほんの数名だったはず。
でも、兵にしては言葉遣いがおかしい。
誰だろうと音のほうへ目をむけて──
「え」
絶句した。
だって骨が、変。
骨は見える。見えるけど、でも。
こんな見えかたはじめてだ。
なにこれ?
「話にあった新しいコかしら? アタシ、イスキァよ、よろしくねェ」
「は……は、い、よろしく、お願いします。セレと呼んでください」
おおらかに話しかけてくるのに、どうにか返事をする。
わたしの耳には、普通に歩いている足音が聞こえている。
二本の足の骨があるように見えているから、不思議はない。
でも、骨のつきかたが、おかしすぎるんだ。
骨はわたしたちに似ている。でも、決定的に違う──なんで、どうして。
こんなの、見たことない。
でもこれ、本人に聞いていいことなんだろうか。問いかけるにしても、どうやって?
「──ああ、やっぱりお前が見ると、混乱するんだな」
覚えた手の骨が、わたしの視界を塞いだ。
ふっと目の前が暗くなり、異質な骨は見えなくなる。
混乱しかけていた頭が、少しだけ落ちついた。




