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07:外骨格

 翌朝。

 昨日と同じ時間に食堂へ行くと、レーヴィさんとガルドさんが同じ席についていた。

 まだごはんは運ばれていないから、時間は大丈夫そう。


「おはようございます、昨日はありがとうございましたー」


 挨拶と共にもう一度お礼を言うと、気にするなと返ってくる。

 おかみさんがお盆を持ってくるのが見えたので、手伝おうと腰をあげた。


「夕食時に見かけなかったので心配していましたが、問題はありませんでしたか?」


 そうしたら、レーヴィさんも立ちあがって、お盆を持ってくれた。

 なので結局、自分の分だけ机に置くことに。


「昨夜はメモを早く書き記しておきたかったのでー」

「……メモ、ですか?」

「あれ、ガルドさんから聞いていないですかー?」


 てっきり、わたしがくる前にそのあたりの報告は終わっていると思った。

 あ、でも、業務に関係ない話で、後回しでいいからかな。


「ガルドに聞くより、あなたに聞くほうが、……いや、どちらがマシですかね……?」


 後半はぼそぼそしていて聞きとれなかった。

 じゃあ、わたしが説明すればいいのかな。

 ということで、迷宮入口を確認したあと竜の話で盛りあがって、案内は途中になったと話した。

 レーヴィさんは猫背になりながら、剣状突起を抑えている。


「そうだ、午後、案内の続きをしようか?」


 補修作業が終わらないから、まだモグラ族は中へ入らない。

 だから、ちょっと時間が空くようだ。

 人間が補強する時は、兵の訓練も兼ねてガルドさんは行かないことが多いらしい。


「レーヴィさんの手伝いが途中になってもいいですかー?」

「今日はとりあえず、仕事の説明が主なので、構いませんが……」

「じゃあ、お願いしますー」


 教わっていない場所へ行く気はないけど、早めに聞いておけるなら、そのほうがいい。

 こういう場所では、なにが起きるかわからないものだし。


「人間の誰かを探すこともできますよ?」


 隊長とかそのあたりなら、とレーヴィさんが呟いている。

 昨日見かけたひとかな、挨拶したかぎり、悪い感じはしなかったけど……

 でも、今日は人間が洞窟に入る日なんだし、責任者不在はよくないだろう。


「ご迷惑じゃないなら、ガルドさんにお願いしたいですー」

「骨目当てだろ、お前」

「ガルド───!」

「骨も素敵だし説明もちゃんとしてるし、言うことないですからー」

「毎回思うが、感心するくらいはっきり言うな」

「───!!」


 レーヴィさんが口をぱくぱく動かしてる、過呼吸まで持っているのかな。

 開拓地の仕事で疲れているのかも。

 領主はここにいないって話だから、責任重大そうだ。


「じゃあなおさら、今日からしっかりお手伝いしますよー、できることはなんでも言ってくださいー」


 医局の先輩や先生も、毎日大変そうだったもの。

 書類仕事くらいしかできないけど、頑張ろう。

 わたしがそう申しでると、レーヴィさんはかすれた声でありがとうございます……と呟いた。

 それから骨さんに声をかけてなにか喋っていたけど、わたしはおかみさんを手伝って皿洗いをしていたから、内容はわからなかった。


 その後、一緒に執務室として使っている部屋へ案内された。

 文官も二人くらいいて、軽く会釈してくる。

 男性の骨格、年齢は若そう、開拓地だから体力のある若手を連れてきたのかな。

 どの机にも書類がたくさんあって、忙しいことが見てとれた。

 レーヴィさんに絶対に眼鏡をかけてきてください! と頼まれて、今日もかけている。

 仕事の時はいつもかけているから、書類仕事でも支障はない。


「あなたには、こちらの診療記録をお願いしたいんです」


 うずたかく積まれている一角が、それらしい。

 レーヴィさん以外に回復魔法の使い手はいなくて、医官は兵士のほうと兼任。

 魔族側はこういう事務をするものがいない。

 となると、治療関係の報告書は全部レーヴィさんが担当者になる。

 開拓や迷宮の進捗も確認しないとだろうから、それは過労にもなりそうだ。


「ただ……モグラ魔族は見分けがつかなくて……あなたはどうです?」

「流石のわたしも、すぐには難しいですねー」


 骨の形状は少しずつ異なるが、大きな差がある個体は少なかった。

 となると、個々の見分けはかなり難しい。

 どうやら明確な名前も持っていないので、なおさら区別できないんだとか。

 そのあたりは、野生動物の群れと似ているのかな。

 喋れない、名前もない、……うーん、これはなかなか大変。


「ですので、個別の診療記録ではなく、どのような状況が多かったかなどをまとめていただければ」


 怪我をしやすい箇所、その度合いがわかれば、治療に生かせるし、準備もできる。

 でも、この書類のまとまらなさを見るに、追いついていないのは明らかだ。

 一度に怪我する数が多いし、個別の診療記録がつくれないって、こんなに大変なんだな。


「わかりましたー」


 モグラ魔族だけでなく、建築に関わったひとや、情報用に兵の情報もある。

 そっちは名前があるから、まだ分類しやすい。

 種族で分けて、それから職業別にしよう。

 人族はいつもの形式で診療記録をつくって、モグラ魔族は怪我の内容別でとりあえずまとめる。

 兵舎の医官も、同じようなかたちで記録しているだろうから、あとで合わせればいい。

 大筋が決まったので、早速、作業にとりかかることにした。


 黙々と作業したけど、当然、終わるわけはなくて。

 昼食の時間なので今日はここまでで、と切りあげることにした。

 文官さんたちも休憩に入るというから、今日は一緒にお昼。


「午後はガルドに案内してもらってください」

「嬉しいけど、いいんですかー?」


 みんなは仕事を続けるのに、わたしだけというのは申しわけない。

 まだまだ終わっていないのだし。


「場所を覚えてもらうのも大切ですから。それに、口頭より実際に見てみるほうがいいでしょう」


 それもそうか、と納得した。

 大雑把な地図は頭に入れたけど、実物はまた違うものだ。


「それと……」


 小さい声が続いた。

 大事なことを聞き逃してはまずい。

 一歩近づくと、一歩半下がられてしまった。


「ガルドはいい奴ですが、魔族ゆえに口調が伝法だったり、我々の常識が通じなかったりします。なにか困った時は、すぐ私に伝えてください」

「今のところなんの問題もないですけど、覚えておきますねー」


 言い淀んでいたのは、ガルドさんのことだったからみたい。

 レーヴィさん、色々と心配して大変そう。

 なんだか、患者さんに苦労していた先生を思いだしてしまう。

 医局時代も、先生に実家で飲んでいるお茶をすすめたら気にいっていたから、今度、個人的に注文しておこう。


 そんなこんなで、昼食のあとは兵舎へむかった。

 どこにいるかわからないので、とりあえずだ。

 すると、ちょうど途中で見慣れてきた骨が歩いてきた。


「こんにちはー、今日もよろしくお願いしますー」


 近づいて挨拶すると、おう、と返事。

 こっちだ、と進みはじめたので、横について歩いて行く。

 今日もしっかり鎧を着こんでいるので、あんまり骨は見えない。

 日中、魔物に襲われることはまずないといっても、警戒は大切だ。

 鎧が外せるか聞いてみたいけど、難しいだろう。


「基本的に、柵で囲ってある範囲は安全なんだが、一部、柵のない場所があるんだ」


 そこだけ注意してほしいって。

 だからレーヴィさんも、実際に見たほうがって判断したのか。

 奥のほうはまだまだ手つかずの森林が残っている。

 最寄りの集落からここまで、一応道はつくってあるけど、整備状況はまだまだだったし。

 迂闊に森に入れば迷うし、魔物が掃討された今は、野生動物がもどってきている可能性も高い。


「……このへんからでいいか」


 ガルドさんが止まって、あそこを見ろ、と指で示す。

 先にあるのは……花畑だ。

 白い花がたくさん咲いている。種類はよくわからないし見慣れないものだ。


「魔族の地域に咲く花ですかー?」

「ああ、つっても、どこでも条件が揃えばあれだけ咲く」


 見渡す範囲にずらりと咲いているから、壮観だ。

 花は詳しくないが、環境に左右されづらいのだろう。

 でも、なんでこれを見せにきたのか、理由がわからない。


「花の上にいるモノは、お前の目で見えるか?」


 花の上。

 視線を上げると、ぼんやりとしたいくつもの姿が見えてきた。

 この見えかたは覚えがある。ちゃんとした骨の姿ではない、これは。


「昆虫ですかー?」

「ああ、やっぱりはっきり見えないのか」

「そうですねー、骨がないのでー」


 昆虫にあるのは骨に似た外骨格だけだ。

 だからわたしの視界では、外骨格の輪郭が浮かぶ感じになっている。

 骨がある生物に比べると見えかたが薄いので、気づきづらい。

 でも普通の昆虫は小さいことが多いから、毒を持っていたりしないかぎり、わからなくても問題ない。


「蜂、ですかー? でも、なんだか大きいようなー」


 昆虫の外骨格も、知識としては蓄えている。

 医局勤務で、皮膚関連の患者さんの場合、必要になるから。

 大きな蜂もいるけど、この距離でこれだけ見えるって、幼児の頭蓋骨くらいあるんじゃないかな。


「あれも魔族だ」


 だから大きいし、記憶と外骨格がやや異なるのか。

 説明によると、あの白い花(名前も聞いたけど忘れた)の蜜を餌にしており、花を植えれば意図的に住処をつくることもできる。

 花を荒らさないかぎりは敵対しないので、柵をつくりにくい斜面から、未開拓の奥部分との境界に植えて防衛に代えている。

 一匹ずつの力は弱くても、集団で襲われればかなりの脅威になるので、ある程度賢い動物や魔物は寄ってこないんだとか。

 魔物避けにもなって、経費もかからない。

 とても便利な魔族だ、ここで調査を進めて報告すれば、人族にも有用なんじゃないかな。


「もっと近くに行っても、花を見るだけなら刺されはしないが、用がなければこのくらいの距離が安全だな」

「わかりましたー、外骨格には興味ないので、近づかないでおきますー」


 防衛柵としての価値は調べるべきだけど、専門ではないから、きっと誰かがやってくれるだろう。

 わざわざここまでくる必要もなさそうだし、覚えておけば十分だ。


「あの蜂魔族も、発語はできないんですかー?」


 意図的に巣をつくったというけど、普通の蜂でも養蜂がある。

 でも、たしかに魔族、と言ったから、ある程度の意思の疎通はできるはず。

 わたしたちがここにきた時、まとまった数の蜂がしばらく規則的に飛んでいた。

 ただ、それ自体は昆虫でもある行動だった気がする。


「モグラ魔族と同じで、得意じゃないな。だが、女王蜂の知能は高い」


 ……蜂の口って、どんなだっけ? よく知らないが、発語しやすそうではないか。

 でも、無数の働き蜂を従えられるだけの知性はあると。

 話していると、とりわけ大きな蜂が近づいてきた。

 でも、速度はゆっくりだし、距離をあけたところで止まる。


「アレが女王だ。長く見てたから気にしてきたんだな。──コイツを案内してただけだ、問題は起きてない」

「最近ここにきましたー、しばらくいるので、お見知りおきをー」


 挨拶すると、明確に異なる羽の音がした。

 しばらくじっと見つめられる気配。

 それから、ふいっと花畑にもどっていく。


「顔は覚えただろうから、バカな真似しなきゃ大丈夫だ」


 あ、やっぱり今のは応答だったんだ。

 認識してもらえたなら安心だ。

 白い花しか食べないのかな? 蜂の生態は知らないから、普通のも今度調べてみよう。

 そのあとは柵をたどってぐるりと回って、宿舎まで送ってもらった。

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