03:開拓地
「うーん、足ががくがくする……」
馬車の旅に慣れて酔わなくなっても、すわりっぱなしはきつい。
入口らしき門を抜けてすぐが開けていて、そこで馬車から降りた。
ぐっと伸びをしてから、周囲を見るけど、建物は遠い。
荷物を運んできた責任者は、門番と話をしている。
なんだけど、聞こえてくる言葉が、……崩落? 怪我?
「場所は奥ですかー?」
門番に問いかけると、まっすぐ行けばわかると思いますって。
ありがとうございますとお礼を言ってから、すぐに走りだす。
後ろでなにか叫んでいるけど気にしない。
大きな道を走っていくと、ばたばたと行き来が見えてきた。
鎧姿だし、駐屯している兵かな?
「怪我したかたはどこに運ばれていますかー?」
人間の骨格を持つひとに聞いてみると、あっちです、と大きめの建物を示される。
扉は開いていたので、そのまま入っていくと、左側がざわついている。
中へ入れば、広い場所にたくさんの……
「……もぐら?」
骨格的にはモグラに似ているけど、鼻あたりにあんな尖ったものはなかったような。
わたしは眼鏡のツルに指を当て、集中して視界を切り換える。
その状態でもう一度、見直して……うん、外見はモグラに似ているようだけど、鼻の部分が角みたいになっている。
先端が土で汚れていることからして、ここで掘削しているんだろう。
骨もちゃんと先端まで通っているから、こういう魔族ってことかな。
となると先ほどの崩落と怪我も繋がる。
他の部分はモグラの骨格に近くても、思いこみはよくない。
魔族は初見なんだから、必ず確認して判断する。
「──あなたは?」
モグラ? に埋もれるようになっていた男性が立ちあがった。
今の視界なら外見がわかる。わたしより年上で、服装からして上の立場だろう。
「派遣されてきた者ですー、まずは患者さんの確認、お手伝いしますー」
自己紹介なんてしている場合じゃない。
聞いたところだと、上級回復魔法の使い手はひとりのはず。
ということは、このひとだろう。
「わたしは骨に異常があるか調べられます、なのでー……」
ポケットに押しこんであった、短い紐をいっぱいとりだす。
いつ必要になるかわからないから、すぐ出せるようにしてあるものだ。
「赤は骨に異常あり、青は異常なし、よろしいですかー?」
「ええ。わかりました、よろしくお願いします」
判断がはやくてたすかる。
わたしは並んで横たわっているモグラ魔族を、端から順番にいつもの視界で見ていく。
骨を確認してから、失礼しますねーと断って、腕の先に紐を結んでいった。
それを見た回復魔法さんが、程度のひどいものから順に魔法をかけていく。
単純な切り傷と、骨までだと、魔法のかけかたが変わる。
内臓関係もわかるともっといいんだけど、私の視界じゃできないからしょうがない。
「それにしても、モグラ? 魔族ばかりなんですねー」
きゅいきゅいという鳴き声がひっきりなしだ。
声をかけているけど、聞きとれる単語での返しはない。
たまたま怪我したのがこの魔族だけなのか、救護室に他の魔族も見当たらなかった。
「モグラ魔族で合っています。角部分が鋭利で採掘に向きますが、知能が低いものが多く、ほとんどが発語できません」
痛くて鳴き声になってるんじゃなくて、もともとなのか。
それじゃあ、意思の疎通が難しい、なおさら治療が大変だ。
実際、どこが痛いか聞いても、いまいちはっきりしていない。
「だから命令もあまり聞かず、楽しくなって本能で掘りまくって事故や怪我が多いんですよ……!」
語尾が苛立ってるけど、使う魔法は的確だ、凄い。
どうやら、今回がはじめてじゃなさそうだ。
「翻訳してくれる魔族は現地で事後処理をしているはず。ですが、重症患者は早く治療したかった」
「それは同感ですー」
翻訳を待っているうちに悪化させるなんて言語道断だ。
だから言葉がわからなくても、治療をはじめようとしていたんだろう。
すべての魔族の骨状態を確認できたので、わたしは軽傷の手当にうつる。
回復魔法は使えないけど、傷の消毒などはできるから。
でも、言葉が通じないので、なかなか大変だった……こども相手してるみたい。
人間の子供よりすばしっこいし力もある。
何体かは走り去っていったけど、逃げる元気があるなら、そのままでもいいのかな。
「おかげで助かりました、ありがとうございます」
重傷への魔法をかけ終わったところで、治療は終わりにしたらしい。
別の部屋へ案内された。
感じからして、事務室……よりはちょっと立派かな?
置いてある家具は質素だけど、部屋の広さはなかなかだ。
「改めて。責任者のレーヴィです」
事前に聞いていた名前と一緒だから、間違いない。
初対面の相手には挨拶をちゃんとしなければ。上司にもあたるのだし。
そういえばちょっと血が飛んでいたから、いったん眼鏡を外す。
すると、レーヴィさんがえ? とびっくりした声をあげた。
顔にも飛んでいるのかもしれない。頬のあたりを適当にぬぐっておいた。
「セレと呼んでくださいー。セレとレーヴィだと、しりとりですねー」
「……そう、ですね」
覚えやすくていいやと思ったけど、レーヴィさんには面白くなかったらしい。
名前を認識するのが苦手だから、たすかるんだけどな。
「あなたは貴族令嬢だと伺ったのですが」
身分的にはわたしのが上になる。
医局でもそうだったけど、こういうのってややこしいらしい。
普通のひとは、身分が高いと偉い態度をとるものだから。
「そうですけど、わたしはあくまで手伝いですのでー、気にせず使ってくださいー」
貴族としてここにきてるわけじゃない。
レーヴィさんは優秀っぽいから、指揮は任せておけば安心そう。
わたしはそういうの、苦手だから。
「……わかりました。では、何かあれば仰ってください」
「はーい」
とりあえず納得してもらえたらしい。
送別会の時、先輩が「言動を見れば一発でわかるから、いつもどおりにしてなさい」って助言をくれた。
そのとおりにしたらうまくいった、今度、お礼の手紙を書こう。
──と、開いたままのドアを、わざわざノックする音がした。
「怪我した連中の処置、もう終わってるみたいだが、大丈夫だったか?」
声の主を見るためにむきを変えると、そこにはとても立派な首の骨。
がっしりした鎧の間から覗く頸椎から肩への流れが、すごく整っている。
「お疲れ様です、ガルド。セレ嬢のおかげで、効率よくできました」
「へぇ? 見ない顔だが」
凄い。こんなに綺麗な骨、生身ではじめて見た。
わたしの持ってる標本よりきれいかもしれない、確認しよう。
「さっき来た、……って!? なぜ、どこから骨格標本を出しているんですか!?」
うん、骨格の太さが違うけど、やっぱり標本よりすごくバランスがいい。
大抵は歪みがあるのに、つくりものみたいに均等だ。
でも、ちゃんと動いてる、生きてる。
「すげぇな、人間はこういうモンを持ってるのか」
カラカラと小さな乾いた音がする。
聞き慣れない音は、立派な骨さん……ガルドさん? からっぽい。
……あれ?
「人間でも持ち歩いているのはごく少数だと思いますよ……」
ガルドさんは、鎧を装着している。
普通の人間には、骨と鎧の間に肉があるから、そこには隙間があるように、わたしには見える。
でも、この骨さんの鎧は、骨とぴったりくっついてる。
わたしは外していた眼鏡を再びかけ直す。
魔法をかけてから、一度目をぎゅっと閉じて、開いて。
「骨が骨!」
「何言ってるんだオマエ」




