02:教授の提案
今日も医局には患者さんがいっぱい。
いつもどおり骨を見て、先輩たちに伝えていく。
でも、絶対すぐ患者さんに結果は言わない。
不安な状態での、あまりに速すぎる結果は、逆に信じられなくなるからって。
普通のひとは骨が見えないから、それはしょうがない。
そろそろ今日の診察もおしまいってころに、裏口から来客があった。
新人さん以外がざわめいている。
誰だろう、と私も見て──
「教授?」
「ああ、息災そうだね、何よりだ」
見覚えのある骨のかたちに思わず呟いて、教授のほうへ行く。
会うのは久しぶりだ、季節ごとの手紙は欠かしてないけど。
「おかげさまで、充実していますー」
ぺこりと頭を下げると、そうかそうか、と嬉しそうな声。
教授はここの創始者でもある、訪問は不思議なことじゃない。
だから、わたしをここに紹介してくれたんだし。
「診察が終わったら、少し話があるんだ」
教授は奥の部屋で待つという。
やがて最後の患者さんを診察し終えたところで、院長先生とわたしが教授のいる部屋へ。
他の職員はみんな先に帰された。
他にいないので、ティーセットを使い、教授のおかわりのお茶と、院長にも用意する。
二人はしばらく、最近の医局の様子などを喋っていた。
「──実は、セレ君に頼みがあってね。ルタ地域は知っているかな?」
「未開の地、ですよねー」
家庭教師に習ったから覚えている。
とある領地の中にあり、魔物がたくさんいて、近づくことのできない地域。
だから、辺境のそこは自衛が大変。
分断の山脈に近い立地だから、しょうがない、という認識と教わった。
「だが実は最近、ルタ地域の開拓がはじまったんだ」
まだ極秘だから他言しないように、と教授が言い、院長がこくこくうなずいている。
跋扈していた魔物が駆逐されて、道や集落の整備がはじまってるらしい。
「ところが、やはり色々と問題があり、特に怪我が多く出ているそうなんだ」
開発途中ってことなら、不思議ではない話だ。
魔物が攻めてきても大変だし、開拓中にも危険はある。
……だんだん、教授の言いたいことが読めてきた。
「そこで、セレ君に現地へ行ってほしいんだ。君の能力は必ず役に立つ」
「いいですよー」
「って、えぇ? あっさりしすぎじゃないかい?」
答えると、院長がびっくりしてこっちを見た。
教授にはお世話になっているから、恩返ししたいとずっと思っていた。
家にいると親がうるさいから、ちょうどいい。
あと、魔物や魔族の骨にも興味がある、どんなふうに見えるんだろう。
「怪我が多いということは、セレさんにも危険があるのでは?」
「いや、開拓作業の際にだから、後方にいる限りは問題ない」
院長先生が行くわけじゃないのに、細かく質問している。
開拓用の集落みたいなものは完成していて、普通の生活は可能らしい。
それなら、戦闘のできないわたしが行っても大丈夫そう。
ここで働くことになってから、使用人に一般的な家事も教わっているから、使用人なしでも平気。
「セレ君の交代要員は勿論派遣するが、医局としてはどうかな?」
患者数が多いから、一人抜けたままでは大変。
だから、教授の教え子から誰かを入れてくれるらしい。
院長はそうですね……と呟いた。
「セレさんと同じ仕事は誰もできませんから、効率は落ちるでしょう。ですが……それもいいと思います」
たまによくわからないことを言う院長先生は、今日も同じようなことを言う。
でも教授は、なんだか嬉しそうな声でなるほど、と返していた。
わたしがいる間は便利に使えばいいのに、みんなそうしない。
いなくなった時に困るし、使い潰すまねはできないからって。
意味は理解できるんだけど、不思議な感じは今もしてる。
「では、近日中に、君の実家に正式な使者を送る。王家の印が入るから、ご両親も反対はしないだろう」
開拓は王家主導だから、関係者以外に秘密なのかな。
じゃあ、それまで親には黙っていよう。
それからもう少し話をして、開拓地に行く行商人の隊に混ぜてもらうことになった。
護衛の問題も解決するし、出発日的にもちょうどいいだろうって。
「君にとっては、魔族のいる場所のほうが過ごしやすいかもしれない。色々なことを勉強してくるといい」
教授は子供のころみたいにわたしの頭をなでた。
能力について一緒に調べてくれて、骨を当てたら褒めてくれた時みたいに。
あの時と同じ、暖かいけど、嫌じゃない温度。
わたしは「はい」とうなずいた。
その二日後には、教授の言うとおり、正式な要請がとどいた。
お母様は不服そうだったけど、王家の紋章がついていたら断れない。
長いこと文句につきあわされたけど、最終的には了承してくれた。
ただし、予定期間より長引くのは、婚期を逃すから許さないって。
結婚なんて興味ないけど、ごねたら開拓地行きそのものを止められるから、しかたない。
出立までに支度を整えて、使用人に旅の心得を聞いたりもした。
医局にはギリギリまで勤務して、引き継ぎもする。
教えられる範囲で、骨を観察するコツも伝授した。
診察後、休憩室でだったけど、ちょっとした送別会も開いてもらったのにはびっくりだった。
新人さんが酔っ払ってなにか叫んで近づいてきたけど、先輩がどついて黙らせてた。
……最後までよくわからない新人さんだった。
そして出発の日、両親に見送られて邸を出る。
土壇場でやっぱり使用人を一人、って言いだしたので、さっさと歩きだして馬車に乗りこんだ。
いくつかの荷物は荷馬車に預けて、ルタ地域までの旅がはじまった。
──旅の間は、特に変わったことはなかった。
少しでも勉強しておこうと、急いで手に入れた魔族や魔物、動物の骨に関する書物を馬車で読んでいたら、思いっきり酔ったくらい。
本と眼鏡を落としてぐったりしているのを発見されて、数日は入れ替わり立ち替わり、休憩時間ごとに違う骨格のひとがやってきた。
お見舞いかと思ったら、好きなものとかかわいいものとかも聞かれたから、今一番かわいいと思ってるカモの骨についた話したら、みんな二度とこなくなったけど。
それが数回続いたあとは、必要最低限の会話だけになった。
理由はわからないけど、問題はないのでそのままにしておく。
途中までは宿に泊まれて、順調に進んだ。
でもルタ地域に入ってからは、開拓地までの道は整備途中で、また酔ってしまった。
宿もないから馬車で寝たのため、なおさらしんどかったけど、数日だからと耐えて。
ついに、わたしは開拓地に到着した。




