01:職場と家
「おはようございまーす」
朝、いつもどおりの時間。
職場である医院の扉を開け、挨拶をする。
他のみんなと挨拶をかわしながら奥へ行き、準備をすませた。
院長たちみんなと、今日の確認をする。
あとは掃除をしたり、備品の確認もすませて、あっというまに時間はすぎる。
そうして診察開始時間になれば、たくさんのひとがやってきた。
ちらっと見たけど、待合室はいっぱいになっている。今日も患者さんは多そうだ。
受付で係員がかれらに問診票を渡し、必要事項を記入してもらう。
順番に横並びで五つに分かれた診察室へ入ってもらい、医師の診察を待つかたちだ。
「問診票、拝見させていただきますねー」
その前にわたしが中へ入り、記入内容を確認する。
必要があれば少しの質問も。
病院ならどこでも、よく見かける光景だろう。
でも、本当の仕事はそれじゃない。
度の入っていない眼鏡越しに患者さんを確認する。
問診票で患者さんが記していた箇所をまず検分。
でも、本人の自覚が薄い部分の骨にも異常があることが多い。
本人の言葉は大切にするが、信じ切ってはいけない。
だから、必ず全体を見る。
裏へもどると、待っていた医師に結果を告げる。
「一番さんは骨に異常なし、二番さんも同じく。三番さんは右上腕部骨折、四番さんは右足小指にヒビ、五番さんは痛いと訴えている箇所に異常はありませんが、背骨にわずかなヒビがありますー」
「いつもながら立て板に水だねぇ……」
白衣を着た先生は慌ててメモをとっていく、いつ見ても指の骨が長い。
よし、と呟いた先生は手前の診察室へ入り、的確に治療の説明をしていく。
最後に、魔法を使うか、自然治癒にまかせるかの確認も。
魔法を使うと高額になるけど、急いでいる患者さんは選択することもある。
方針が決まれば、処置室へと患者は移動する。
そして、診察室には新しい患者が入れかわり。
わたしはまた、問診票の確認のていをとって、かれらの骨を見ていく。
先生は診察をしているので、ここからは奥にいる別のひとに骨の様子を伝える。
「次の一番さんは申告箇所が複雑骨折、二番さんはちょっとのヒビです。これくらい」
指で大きさを示すと、目の前のひとが息をつく。
黄色い札だから、最近入ったばかりの新人さんだったはず。
新人さんの骨はとても健康、いいことだ。
「本当にセレさんの判定は素早いですね……!」
「見えてるものを言ってるだけですからー」
なんだか熱心に褒められたけど、当たり前のことを感心されても困る。
わたしは三番の診察室が入れかわったので、そちらに入った。
大分歪んでる骨だなぁ。
「なんだ、地味な格好のねーちゃんだな」
ぶちぶち文句を言う、ここは病院で酒場じゃないから、適した服装なのに。
医師じゃないから白衣は着ていないけど。
患者さんは問診票を出さず手に持ったままだ。
「若いんだから、ダサい瓶底眼鏡なんてもったいないだろ、それに少しは愛想よくしろよ」
「問診票をお願いしますー」
診察に若さも愛想も関係ない。
よくあることなので気にせず問診票を要求すると、まだなにか言っていたが、構わず受けとる。
骨に関係ないので気にせず確認して診察室を出る。
その後も入れかわっていく患者をどんどん見ていく。
診察は尽きることなく、午前最後の患者が帰ったところで受付が閉じる。
声がかかり、みんなでお昼休憩だ。
ごはんは、いつも近くの食堂にとどけてもらって、全員で一緒に食べる。これは、院長の方針。
打ち合わせとかも行う場所だから、広さは十分。
「はい、セレさんの分」
首の骨が綺麗な先輩がお茶をいれて、机の上に置いてくれる。
湯気の立っているお茶は、かなり熱そう。
「ありがとうございますー」
「はい、次」
「どうも。……どうしてセレさんには手で渡さないんです?」
「彼女、熱さに弱いのよ」
お礼を言って、ちょっと冷めたところで手にとると、新人さんがなにか聞いて、先輩が返していた。
気にせずごはんを食べはじめる。
みんなが喋る色々な話を、ぼんやりと聞きながら。
休憩中は仕事の話をしない、というのが院長の決めごとなので、休日のすごしかたとか、流行のこととか。
どれもよく知らないから、いい情報になる。
食事が終わったら、午後の診察開始だ。
いつもと変わらない仕事。でも、骨はみんな違う。
……あ、この患者さん、事故で凄い骨が歪んでいたけど、綺麗になってる。よかった。
そうして仕事をしていれば時間はあっという間にすぎて、終了時間になる。
「あ、あの、セレさん!」
帰り支度をすませて出ようとすると、黄色い札の新人さんが待っていた。
お疲れ様ですとは言ったのに、わざわざ待っていたらしい。
なにか伝えてないことあったっけ?
「僕、セレさんをもっと知りたくて、このあと、」
「知りたいですかー? じゃあこれで勉強しましょうかー」
そういえば新人さんには、まだわたしの骨語りをしていなかった。
勉強熱心な相手には、応じるのが先輩のつとめって先輩が言っていた。
多少帰りが遅くなっても、今日は大丈夫。
いつも持っている魔法袋から、一番のお気にいりをとりだす。
実物そっくりだし、綺麗なかたちの子なのだ。
「な、ななななんで袋から骨格標本が出てくるんですか!?」
なんでって。だって骨のことを知るにはこれが一番じゃない。
どこが折れているか、歪んでいるかを理解するには、正常なものを覚えないと。
きょとんとしているわたしに、新人さんはそうじゃなくて、って困ってる。
「──君ね、ちょっとこっち来なさい。セレさんは帰っていいわよ、お疲れ様」
どうしようか考えていたら、後ろから出てきた先輩が間に入ってきた。
新人をひっぱっていったので、わたしは挨拶して家に帰る。
……うーん、格好いい骨のほうがよかったのかな?
今度、収集品から別のを見繕って持っていこう。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、お嬢様。……表から入って構いませんと、何度も申し上げておりますのに」
「んーでも、歩きだし」
表の入口は馬車が入れる大きな門だから、開け閉めに時間がかかってちょっとめんどくさい。
それなら使用人用の、裏の通用口のが楽でいい。
ちょうど、乗り合い馬車からも裏のが近いし。
「セレアドリエール」
声がして見上げると、二階から下りてくるお母様がいた。
鮮やかな赤っぽいドレスを着ている。
「ただいま帰りました」
挨拶すると、階段を降りてきて、ため息をこぼす。
ぱらぱら、と扇を動かすけど、どっちみち表情はわからない。
「もう少し早く帰ってきてくれたら、夜会に連れて行けたのに……」
あ、やっぱり。派手なドレスだから今夜は出かけるんだ。
新人さんと喋ったりしたから遅くなったの、ちょうどよかった。
わたしは興味ないのに、お母様はいつも連れて行かせようとする。
骨がドレス着ているのを見たって、面白くないのに。
「あなたもいい加減、結婚相手を決めないといけない年齢なのよ」
「でも今は仕事が楽しいから」
これは嘘じゃない。
勉強にもなるし、仕事はとてもやりがいがある。
教授が紹介してくれたんだし、ちゃんとやりたいとも思っている。
「だからって……貴族の令嬢は、婚家の跡取りを産むのが一番の仕事なのよ」
お母様にはその仕事が向いてたんだろうけど、わたしはそうじゃない。
向き不向きがある、というだけじゃ駄目なのが、貴族なんだけど。
「この間の夜会で、ヘンダーソン様はじめ数名から、あなたに会いたいと言われているのよ」
この間……しょうがなく出た夜会の話かな。
ふたりほどから特に熱心に話しかけられた気がする。
どちらかがヘンダーソン様、なんだろう。
骨の長さ的に、靴にしかけをつけているひとがいたのは覚えてるけど、あとはわからない。
まだまだなにか言いたそうなお母様に、
「時間、大丈夫?」
声をかけるとはっとした顔で柱の大時計を見て、大変! と叫ぶ。
馬車の用意はできています、と告げる使用人にうなずいて、表玄関へむかう。
でもその前にふり返って。
「今度の夜会は必ず一緒に行きますからね!」
……首に縄でもつけられそう。やだなぁ。
その日は残業させてもらおうっと。




