番外編8:令嬢の噂話
どこぞの令嬢たち視点の三人称です
「見まして? あちら」
「まあ、珍しい、セレアドリエール様よ」
とある日のお茶会、とあるテーブル。
席に案内された令嬢たちは、少し離れた別の席についた令嬢に釘付けだった。
「今日もお美しい……」
ほう、と嘆息しても、誰も否を唱えない。
それほど、セレアドリエールの美貌は飛び抜けている。
だが、彼女はお茶会にも、夜会にもあまり出てこない。
出席しても、あまりひとと話すこともないから、仲のいい令嬢もいない。
普通ならばそんな令嬢は、あまり好印象を持たれないものだが、彼女は違う。
令息に媚びを売ることもなく泰然としている姿が、美しさと相まって、なにもかもを黙殺するのだ。
「吸血嬢の再来ですわね」
「本当に。同性ですけど、もし微笑まれたら吸われてもいいと思ってしまいそう」
「わかりますわ」
うっとりとさざめきあう令嬢たち。
吸血嬢とは、昔の逸話だ。
この地が戦争に明け暮れていたころ、とある貴族が魔物と結婚した。
彼女は赤い瞳の美女で、吸血しなければ生きていけない吸血魔物。
だが夫である人間以外からは吸わないと決めて、生涯その誓いを破らなかったという。
どこの家名なのか、事実なのかはわからない。
戦乱の時代だったために、情報が失われているからだ。
だが、ロマンティックな物語は、今でもこうして残っている。
セレアドリエールの赤い瞳と容姿は、その逸話を思い起こすに十分だ。
だから密かに、かつてと同じとされる名──吸血嬢と呼ばれている。
と、彼方のテーブルから悲鳴が聞こえてきた。
淑女にあるまじき、と眉をひそめたが、理由に気づけば彼女たちも声を上げる。
はしたないとわかっていても、ばたばたと椅子を蹴倒した。
なぜなら机の先から飛んできたのは、蜂だったからだ。
しかも、かなり大きい。刺されでもしたら一大事だ。
──だというのに、セレアドリエールだけは平然と椅子に座り続けていた。
迂闊に動くほうが危ないと頭でわかっていても、逃げたくなるのが普通だというのに。
泰然とした姿に、令嬢も、駆除に駆けつけた騎士も目が離せない。
蜂は無事に排除され、お茶会は再開される。
「恐ろしくなかったのですか、と伺ったら、いいえ、ですって!」
「さすがですわね……!」
他のテーブルから得た情報で、再び盛りあがる令嬢たち。
こうした具合で、セレアドリエールとしての株は、本人のあずかり知らぬところで上がり続けていた。
──そして時はすぎ。
「聞きまして? セレアドリエール様がご結婚なさると」
「ええ、しかも相手は魔族ですって」
「とても美しい方だそうですわ」
「しかも、魔族の王の腹心だとか」
しばらく見かけなかったと思ったら、急に決まった結婚話。
令嬢たちの間で持ちきりになるのは当然だった。
セレアドリエールと関わりのある者からのたっての頼みで、ルタ地域にむかった彼女は、そこで魔族の青年と出会った。
そして心を通い合わせ、結婚することになったのだという。
「まるで昔話の再来ですわね」
「やはり吸血嬢なのでは……!」
きゃあきゃあとはしゃぐ令嬢たちによって、二人の結婚は歓迎されることとなる。
──しかし彼女たちは知らない。
「吸血嬢ってなんだ?」
「なんだかわたし、昔のだれかに似てるとかで、そういう二つ名がついてる」
「吸血する魔族はたしかにいるが……」
「ガルドには血がないから、吸いたくても吸えないのにね。あ、髄液とかあるかな?」
「……なんだって?」
面倒くさいから指摘しないだけで、二人とも、吸血とは無縁だということを。




