番外編7:レーヴィ
レーヴィ視点の三人称です
レーヴィは、とある貴族の三男として生まれた。
その時点で、平和な世ということもあり、世継ぎにはなれないと決まったようなものだった。
ただ、領地は爵位のわりに広大で、代々、兄弟が方々に行き手伝っていた。
だからレーヴィの両親も、兄と同じ家庭教師をつけてくれた。
彼は聡いこどもだったので、早々に己は兄の補佐をするのだと認識していた。
ならば事務や経理だろうと、そちらを熱心に学んでいった。
ところが、兄弟で同じ教師だったゆえに、レーヴィが兄たちより計算に強いことなどが明らかになってしまった。
それだけならまだよかったのだが、回復魔法の素質まで持っていた。
戦もなく、部下が育っている環境なら、兄も十分に領主としてやっていける程度の力はあった。
だが、性格に難ありの兄は、優秀なレーヴィを誇るどころか疎ましく思い、さらには自分の立場を脅かすのではないかと勝手に脅えだした。
面倒なことになる前に、レーヴィは学術都市と呼ばれる地の大学校へ行くことにした。
通うのは己と似た、跡継ぎではない、他のなにかで身を立てなければならない者や、奨学金などで入学した庶民。
貴賤はほとんどなく、あるのは純粋な成績のみ。
レーヴィはまずまずの成績をおさめ、同時に回復魔法の腕も磨いた。
卒業後は成績によっては、紹介状を書いてもらえる。
レーヴィの成績ならいくつか選べるはずで、なるべく実家から遠い場所を希望するつもりだった。
だが、両親からあとを継いだ兄が、家族ということで成績を知り、勝手に勤め先を決めてしまった。
実家と縁のある伯爵家で、断ることはできなかった。
仕方がないと勤めはじめると、伯爵自身は選民意識のある凡人だったが、職場の環境は悪くなかった。
目立ちすぎないよう、けれどきちんと仕事をこなしていた日々は、回顧すると一番平和だった。
それから数年経ち、急にルタ地域の平定を開始する、と発表された。
寝耳に水と驚いたが、どうやら主導は王宮と聞き、納得した。
ルタ地域は魔物で溢れており、他の地域にそれらを侵入させないよう守るだけで精一杯。
それが伯爵の言い分で、王家も長い長い間、そのままにしていた。
世論は大変な地を持つ伯爵に同情的で、国からも少しの助成がある。
どう転ぶかわからない殲滅戦を考えるより、現状維持のほうが楽だと考えていたはずだ。
伯爵の考えも、ある程度は理解できた。
だのになぜいきなりと思ったら、どうやら東西交流の一環らしい。
魔族がどういう存在か、まだ人間が把握できていないのに、共同戦線とはむちゃくちゃだ。
王都に入れるのは反対派が多い、ならば危険地帯に放りこもう、というわけだ。
一応の大将は伯爵だが、彼が剣を握った話はついぞ見たことがない。
指揮はこれまでもルタ地域の防衛を担っていた将軍となり、レーヴィも従軍するよう命じられた。
実務処理能力があり、回復魔法も使える、たしかにうってつけだろう。
拒否できるわけもなく、レーヴィは防衛用の砦へ兵とむかうことになった。
砦での顔合わせは、伯爵とその後継者、魔族側からも数名だった。
参加させられたレーヴィは、魔族の責任者を見て驚いた。
あれだけ嫌だとこぼしていた伯爵たちすら、大喜びしたほどだ。
「魔族側の責任者、イスキァよォ。実際の戦闘はコッチのガルドがするケド、要望はアタシにお願いねェ」
言葉遣いはおかしなものだったが、それをねじ伏せる美貌の女性だったのだ。
隣の男との落差もあり、輝いて見える気すらした。
伯爵たちが直視できずにいる、その隣の男は、
「よろしくな」
骨の魔族だった。
魔族には色々な種類がいると聞いていたが、魔物との区別も危ういこちらには、恐いばかりだ。
しかも隔ての山から分けて東にあたる、こちら人間の神話では、西の魔族は神の失敗作である、とされている。
創世神話など、直に見たものはいないのだから、適当な創作だとしても、長年そう語られてきたのだ。
そうそう簡単に、認識を変えるのは難しい。
顔合わせがすむと、伯爵たちはイスキァがいなくなってすぐに帰ってしまった。
あまりにも現金すぎるが、いないほうが気を遣わずにすむ面もある。
相手方も、人間側の複雑な感情は承知の上らしい。
ガルドと数人の魔族のみだが、必要以上に近づこうとはしない。
だが、ルタ地方を救うために、白い目で見られることを承知で赴いてくれたのだ。
しかも戦闘で怪我、下手をすれば死ぬ可能性もある。
そんな相手に礼を尽くさないのは、レーヴィとしては耐えられない。
いざ作戦が開始されると、ガルドは驚くほど強かった。
基本的には剣での攻撃だが、魔法の力が付与されているのか、恐ろしいほどあっさり切り伏せていく。
共闘し、目の当たりにした軍人たちは、ガルドに尊敬のまなざしをむけるようになった。
戦術について話し合う隊長にレーヴィも加わっていたので、一週間もすると、互いに呼び捨てする仲にまでなった。
見た目こそ驚くものだが、ガルドは実に気のいい男だった。
戦闘のあとのわずかな時間に、人間の兵士と模擬戦をしたりもする。
強さと面倒見のよさに、兵士たちはすぐになついた。
終わりの見えない魔物との戦いだから、ルタ地域の防衛に当たる兵士は出入りが激しい。
それが解決するかもしれないという希望で、兵はやる気に満ちていた。
掃討を続けていった結果、原因は迷宮であることが判明した。
中の様子によっては、これまでお荷物でしかなかった地域が、宝の山になる。
迷宮の踏破もすることになり、近くに簡単な野営地を設けた。
このころには、レーヴィも大分こうした生活に慣れて、がたがたの木箱の上でも綺麗な報告書がつくれるくらいだ。
「ハァイ♪ レーイちゃん」
ガルドが迷宮発見の知らせを出したのだろう、イスキァが急にやってきた。
レーヴィ、という発音が難しいらしく、愛称のようになっている。
それは構わないのだが、ちゃんづけはどうにも面はゆい。
しかし、これだけの美人だと、嬉しい気持ちもあるわけで。
「イスキァ様、わざわざありがとうございます」
「いいのよォ、それに、ワタシも迷宮に入るからァ」
楽しみねェ、と笑いながら告げてくる。
「危険ですよ、探索は我々が……」
もし怪我でも負ったら。
その際は己が回復魔法を全力でかけるが、危険からは遠ざけたい。
だが、イスキァは笑みを浮かべたままだ。
「ワタシ、ガルドより強いわよォ?」
え、と驚きの声を出してしまった。
妙齢の美女であるイスキァは痩身にぴったりした服を身につけている。
ガルドより強い、という言葉の意味が、見た目からは想像できない。
筋肉があるようには見えないから、魔法使いなのだろうか。
あまりに心配そうな表情を晒していたのか、イスキァは苦笑いをこぼす。
すぅ、と周囲に突然霧が起きて──
「──コレでも、心配するかしらァ?」
気づいた時、眼前にいたのは巨大な蛇だった。
ものの数秒で再び霧がかかり、美人の人間にしか見えないイスキァになる。
「……恐がらせちゃうから、迷宮は魔族だけで行くわねェ」
困ったように眉を下げている。
あきらめの混じった表情を見て、レーヴィは慌てて口を開いた。
「申し訳ないです、驚きました。ですが、姿と強さは比例するものではありません」
正直、とても驚いたし、艶やかな姿にときめいていたから衝撃もある。
しかし、それと戦闘の危険性はまた別だ。
大蛇だから強い、とはかぎらない。ガルドより強いと断言しているから、問題ないのだとしてもだ。
レーヴィのまっすぐな視線に、イスキァはぽかんとした顔から、ウフフ、と微笑む。
微笑はやはりとんでもなく美しくて、レーヴィはちょっぴり、複雑な男心を抱えてしまう。
「ありがと、レーイちゃん。本当に大丈夫だから、心配しないでねェ」
人間に危険なものがあるかもしれないから、と、ほんのわずかな兵のみで、迷宮へ潜っていった。
おそらく、イスキァの本体を多数に見せたくないのだろう。
察したレーヴィは協力し、己すら同行しなかった。
回復役のいない探索ということで心配だったが、かれらは最深部のボスを討伐して帰還した。
ボスが復活するまでの間に、人間も含めて迷宮を探索し、有用であるとの結論が出た。
報告書を提出すると、王からの要請もあり、ここに集落をつくると決定した。
最初から実務に当たっていたレーヴィは、当然のように引き続き担当となり、魔族側の責任者もガルドが続投となった。
新たにモグラ魔族やらも増えて、賑やかになったが、同時に増える怪我人の数。
回復魔法の使い手を増やすのは難しくとも、人員は増やしたい。
だが、魔族を恐がらず、差別せず、医術の心得があり、できれば事務もできる人間など、簡単に発見できたら奇跡だ。
駄目元で医術と回復魔法を習った教授に手紙を送ると「ぴったりの人物がいる」とまさかの返信。
条件のふたつでも当てはまれば御の字と思って待ちわびた。
そうしてやってきた彼女は、色々と変わっていた。
貴族令嬢と聞いていたのに、第一印象は瓶底眼鏡の地味な女性。
服は流石に仕立てのいいものだが、とてもシンプルなもの。
処置も適切だし、こういう令嬢もいるのかと思っていたら、眼鏡を外すととんでもない美人が出てきた。
けれど中味はただの骨好きで、宿舎の質素な部屋に文句もつけない。
イスキァの時で懲りたはずなのに、美しい素顔に見とれてしまった事実に、レーヴィは地味にへこんだ。
とはいえ能力としてはとても有用だったので、早々に彼女を令嬢として扱うのはやめたけれど。
まあ、骨を見る能力のおかげで、ガルドを恐がらないから、ちょうどよくはあった。
そんなこんなで、やってきた令嬢に振り回されて、さして年の差もないのに保護者みたいになって。
開拓が終わったところで西大陸に行った彼女とその夫の言葉により、魔族の地に勧誘されるなんて。
勿論この時のレーヴィは、想像すらしていなかった。
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