番外編5:母の心境
セレ視点ではない三人称になります
セレアドリエールは、赤子の時から美しさの片鱗を見せていた。
だから、考えに考えて、名前をつけたのだ。
名に負けぬ娘に育ってほしい、という願いをこめて。
その思いは、一応は叶った。
だが、強すぎたから、罰が当たったのかもしれない、とも、彼女は思っている。
生まれて少ししてから、すでに兆候はあった。
誰が近づいても、あまり表情が変化しない。
まさか盲目かと焦ったが、そうではなかった。
まだ赤子だし見分けがつかないのだろうと判断された。
だが、しばらくして、セレアドリエールの違和感の正体が判明した。
幼児の遊びとしておえかきをさせたのですが、とさしだされた紙を見て、卒倒した。
誰を描いているのかは、衣装からしか推察できない。
なぜなら、顔は白く塗られて──骨だったから。
どうやら、娘の視界では、誰もみな骨として見えているようなのだ。
だから誰が対応してもあまり変化がないし、笑ったり怒ったりにも乏しい。
恐ろしい事実に気づいた彼女は、使用人に箝口令を敷き、娘を邸から出さずに育てることにした。
視界のためだろう、大人数の中へ入るのは苦手のようだし、接触も好まない。
幼い段階で無理強いしても逆効果だと判断した。
家庭教師も吟味を重ねたおかげで、外で吹聴することもなく、娘の視界を理解した上で教えてくれた。
幸いなことに、視界以外は問題なく、勉強は特に優秀だった。
逆に刺繍などにはあまり興味を示さなかったが、それでも、課題として出されればきちんと完成させる。
長じても美しさは減ることなく増していったので、彼女はどうにか娘を「普通」にしたかった。
社交界デビューはまだ先だが、同世代の子供とのお茶会などはそろそろ考えるころだ。
しかし、彼女の思惑とは裏腹に、最近のセレアドリエールは調子を崩すことが多かった。
家庭教師の授業を受け、図書室に行く以外は、ほとんど部屋に引きこもってしまう。
食事の量も減り、顔色も悪くなっていた。
そこで、回復魔法も使える高名な医師を邸へ招待した。
視界を含めて、どうにか治療法がないかと思ったのだが、医師の結論は「固有魔法」だった。
役に立つものからくだらないものまで様々発現するものだが、まさか、視界が骨になるなんて固有魔法があるとは。
報告を聞き、絶望する彼女に、しかし医師は熱心に告げた。
「お嬢様は骨への勉強を熱心にされています。この能力は、必ず役に立ちます」
たしかに医者ならば、喉から手が出るほどほしい力だろう。
だが、娘は貴族令嬢なのだ。
そんな能力など、ないほうがよほどマシだったのに。
絶望しながら夕食の席につくと、いつもはほとんど喋らない娘が、熱心に今日あったことを話してきた。
医師の話が面白かったこと、骨の問題を出されて、当てたら褒めてもらえたこと。
しかも、うっすらと笑みを浮かべてすらいた。
うんうんとなごやかに聞いている夫たちを見て、彼女は気づいてしまった。
己は娘に、ずっと強いていたことを。
あからさまに言葉にしたわけではない。
だが、感じるものはあったのだろう。
骨の話をしてはいけないと判断する程度には、態度に出てしまっていたのだ。
はきはきと話す娘を久々に見て、彼女は反省した。
だが、どうしてもあきらめきれないのだ。
それは彼女自身が、婚約者候補から「顔が普通でつまらない」と却下された過去のため。
今の夫に不満はないどころか、選ばれなくてよかったと思ってすらいる。
けれど、彼女の中にいる少女は、あの時の拒絶を今も覚えている。
娘のような美貌なら、そんな扱いは受けない。
だから最大限活用しようと思うのに、当の本人にはとどかない。
もどかしくて、少しばかり苛立ってしまうのだ。
「あの……また、あの先生に、教わりたいです」
だが、小さな声で、申しわけなさそうに懇願する娘を見て、再び後悔した。
そばにいた夫が気遣うような視線をむけてきて、相談するより先に「いいですよ」と答えていた。
セレアドリエールにしては最大限の明るい表情になり、うれしい、と呟く姿に、胸が痛む。
けれどそれでも、心のどこかで、医師によって「普通」になってくれれば、と願ってしまった。
医師は仕事もあり、家庭教師のように通うことはできなかったが、それでも足繁く訪れてくれた。
娘の調子はみるみるよくなり、少しずつ、使用人たちとのやりとりも増えていった。
礼儀作法に問題はないと判断したので、喋っていいことなどをきちんと話しあってから、お茶会への初参加を果たした。
しかし、残念ながら友人はできなかった。
受け答えはきちんとするし、念を押したから骨の話をすることもなかった。
だが、それだけだった。
けれどここで娘を責めても、お茶会を嫌がるだけだろう。
だから間隔をあけて、主催者の異なる茶会に何度か参加させてみたが、結果は芳しくない。
幼いながらもその美貌で、婚約者の打診はあったが、うまくまとまることはなかった。
そうこうしているうちに社交界デビューの年齢を迎え、それ自体は無事に終わった。
だが、令息からの熱い視線も、令嬢からの羨望と嫉妬も、セレアドリエールには響かない。
興味のない話につきあわされ、骨のことは語れずで、夜会に行きたくない、と言うようになった。
大人の仲間入りをしたのだから、いつも母がそばにいるわけにもいかない。
このまま無理に夜会に連れて行くのは得策ではないが、しかし、婚約者も探したい。
どうしたものかと悩んでいると、学院の教授に出世した彼が、ある提案をしてきた。
そんなこんなで娘は令嬢の身分を隠して働きはじめた。
はじめは渋々だったが、医院の先輩女性と出かけることになった、と報告を受けた時は、部屋にもどってから快哉を叫んでしまった。
娘に社交性を身につけさせてくれるのなら、身分なんてどうでもいい。
たまの夜会も義務と出てくれるし、この調子でならうまく結婚できるのでは、と思っていた。
思っていたのだが。
「ということで、こちらがガルドです」
「よろしく頼む。……伝法な口調ですまない、どうも、喋り慣れなくて」
開拓地への推薦が王宮のものだったので、これまた渋々送りだしたら、結婚相手を連れて帰ってきた。
魔族との交流を深めていこうと考えている国王には渡りに船で、大歓迎だと言われてしまい、認めざるをえない状況だ。
一体どんな魔族がくるのかと、戦々恐々としていたのに。
やってきたのは背の高い、美形の男性だった。
並の者より、頭ひとつ以上は上だ、立った状態では話もできない。
白銀の髪の毛に黒い瞳で、セレアドリエールと並ぶととても映える。
ただ、ふるまいは貴族とは思えぬもので、付け焼き刃感が強い。
ルタ地域の魔物殲滅に従事したというから、こちらでいう軍人だからなのだろう。
そのわりに体格はすらりとしていて、筋肉ばかりの様子はない。
特に指は細く長く、そこだけ見れば芸術家のようだ。
指だけではなく、身体全体、とても均整がとれている。……そう、不自然なほどに。
「開拓地の仕事が終わったら、そのままガルドと一緒に西大陸に行きますー」
娘の中ではもう決定事項のようで、こちらへの問いかけは一切ない。
そういう子だと知っているので、驚きはしないが、相変わらずかと嘆きたくはなる。
ガルドという男がセレアドリエールとこちらを交互に見て、なんとも言えない表情をしていた。
娘よりこの男のほうが、よほど話が通じそうだ。
ならば、と彼女は侍女たちを全員下がらせる。
「あなた、魔族というけれど、本当の姿があるのじゃなくて?」
魔族についての知識などない。
だが、これだけははっきり断言できる。
「セレアドリエールが、見目のよい男性を選ぶとは思えないわ。なにかからくりがあるのでしょう?」
「……流石、セレの両親だ」
男は息を吐くと、少しだけ微笑んだ。
「この姿は偽りではない、魔法によるものだ。だがたしかに、オレの普段は違う姿をしている」
どうやら、こちらを騙すために、敢えて美形にしているわけではないようだ。
それにしても魔法でとは。予想以上にこの男は多才であるらしい。
妻と夫は無言で目線をかわし、うなずきあう。
「失礼でなければ、見せてくれるかい?」
「ああ、構わない」
「ガルド、いいの?」
驚いた。娘が、相手を気遣っている。
それほどセレアドリエールにとって、ガルドは特別なのだ。
……いや、そうでなければ、結婚すると決めるわけがないが。
ガルドは小さくなにかを呟く。
すると、はっきりしていた輪郭が薄れていき──
「ほ、骨……」
娘がはじめての給料で買った人体模型を思いだした。
覚えず夫の腕にすがると、優しくなでてくれる。
「きれいな骨ですよね、特に頭蓋骨の曲線が大好きなんです」
母にはわかる。娘は今、笑っている。
表情の変化は本当に些細だが、生まれた時から見ているのだ。
とても嬉しそうに、夫となる魔族の骨を見つめて、褒めている。
対するガルドのほうも、嬉しそうな気がする、骨の今は表情が読めないが。
──結局、この子は、そうなのね。
「納得したわ。とても」
「うん、そうだね」
隣で夫もうんうんと首を動かしている。
「──どうぞ、娘をよろしくお願いします」
思うところがないとは言わない。
だが、少なくともこの男のもとでなら、娘は自分の視界を気にしなくていい。
それは、母が考えるより、きっと重要なことだろう。
「感謝する」
少なくともこの魔族は、セレアドリエールを大切にしてくれる。
王も結婚に賛成しているから、助力をするはずだ。
伯爵家としても、損はない。
──その後、騎士団長だと知った両親は、良縁どころじゃない、と驚いて。
「婿殿、少しはこちらの常識を知ってもらいます!」
礼儀作法や常識の本を送られることになるのは、もう少しあとの話。
☆☆☆
「いやぁ、妻も娘も似たもの同士の頑固で、困らせたねぇ」
報告のあとも、ちょっとした騒ぎがあった。
西大陸に行く前に、今までの養育費をいくらか返す、とセレが言いだしたからだ。
「いつ、私が返せと言いました?」
「言ってないけど、母様が望む娘にはなれなかったから、その分は払うべきって」
「あなたを育てたのは我々、親の考えです。返せなんて頼むわけないでしょう」
「でも」
「でも、じゃありません」
論点がお互い絶妙にかみ合わないから、話も終わらない。
家族がいたことのないガルドは、止めていいのかもわからない。
どうしたものかと悩んでいると、父親につつかれてひっそり部屋から退出することに成功した。
いいのか、と思ったが、自発的に出てきたわけではないので、いいのだろう、多分。
「妻も複雑でね、迷惑をかけるかもしれないが、何かあったら相談してくれ」
「ああ……いや、それはお互い様だろう」
なにせ己は魔族だ。
もっと反対されることも覚悟していたのだし。
「あと、これはあくまで提案で、強制ではないけれど、子供ははやいほうがいいと思うよ」
ぎし、と骨を慣らすところだが、今は変化しているので音はなかった。
「……どんな子が生まれるか、わからないが」
「そうだねぇ、でも、貴族のほとんどは魔族の血が入っているから、今さらだよ」
しれっととんでもない事実に驚いてしまう。
もっとも、隠したい家が多いし、情報は意図的に消されていることが多いけどね、とのほほんとつけ加えられた。
流石、セレの父親というべきか、穏やかな見た目と中味は一致しないようだ。
「魔族の血が濃ければそっちで、育てづらければこっちで。今なら我々もまだ若いから、手伝えるしね」
どのみちあの子ひとりじゃ、子育ては難しいだろうし、と呟く。
たしかに、セレの視界の面でも、他の諸々を考えても、西大陸での子育ては大変だろう。
ガルドは今の段階ではそこまで先を考えてはいなかった。
そもそも、西大陸でセレが生活できるようになるまでも、しばらくかかる見通しだ。
子供となればさらに先、はるか彼方に感じていた。
だが、もし困っても、頼る先がある。
それはずいぶんと、安心できる。
「……その際は、よろしくお願いする」
「案外孫を挟んだほうが、二人も激突しないかもしれないからね」
にっこり笑う義理の父は、魔力も少なく、強くもない。
だが、怒らせるのはやめておこう、と思った。




