番外編2:見た目と無表情の処世術
「昨日は強い口調で悪かったな」
翌日、終業後の時間に、ベンチに並んで腰かけて。
これもすっかり習慣と化したけど、逢瀬になるらしい。
たしかに、考えてみたら、ガルドさん以外と毎日これをする気にはならない。
だから、特別ということなんだろう。
それにしても、急な謝罪に首をかしげてしまう。
「謝られるほどのことじゃないですよー」
家出は常識的に考えると、褒められた行為ではない。
それに、強い口調とも感じなかったし。
「オレは、魔力だまりで生まれた個体だから、家族がいない」
西大陸にもある魔力だまりの中には、もの凄い濃度のところもある。
まれにそこで自然発生する個体がおり、それがガルドさんらしい。
同じ場所でまたなにか生まれることがあっても、血縁関係はないわけだ。
「……だから、そういうのが、羨ましい。それなのにオレのせいで、お前が家族と別れることになるのは、嫌だ」
「わかりましたー。なら、レーヴィさんに相談して、よかったですねー」
わたし一人では、最適解を見つけるのが難しかっただろう。
でもレーヴィさんなら、方法を考えてくれるはずだ。
計画さえできれば、実行するのはできると思う。
「すまんな、オレの我儘で」
「これからガルドさんとずっと一緒にいるんですから、禍根は残さないようにするのが大事ですよー」
でないと、あの時ああしていれば、とずっと思い続けることになる。
毎日顔を合わせる相手にそう感じて生きていくのは大変だ。
結婚って、そういう認識のすりあわせなのだというし。
今のうちに解決できるなら、そうすべきだろう。
わたしの言葉に、ガルドさんはぎし、と骨を軋ませた。
「……なら、オレだけ呼び捨ても不公平だから、お前も呼び捨てしたらどうだ?」
どうやら、さんづけと丁寧語が気になるらしい。
「うーん……貴族って、呼び捨てするのは下の相手ばかりなんですよねー、使用人とか」
「魔族はわりと呼び捨てだから、変な感じがするんだよな」
たしかに、イスキァおねえさまはガルドさんの上司の立ち位置のはず。
でも、様づけもないし、喋りかたも変わっていなかった。
実力主義だからなのかな、それとも、発語しない種族もいるから?
でも、こっちの常識と照らし合わせると、難しい。
「人族が呼び捨てする時……結婚したらその相手や子供は呼び捨てするらしいけど、……あ」
「……最終的にはそうなるから、いいんじゃないか?」
「そうかも。練習する」
自分で一緒にいるって言っておいて、うっかりしていた。
今夜、自室にもどったら試してみよう。
そして翌朝、見慣れた三人での朝ご飯。
「レーヴィさん、お茶ですー」
最初は恐縮していたレーヴィさんも、今はすっかり慣れた。
背中も曲がらなくなったし、いい傾向だ。
「ガルドには蜂蜜なし」
これなら甘すぎないと思うと渡す。
おう、と受けとりながら、小さく骨の音がした。
「……感慨深いですね」
レーヴィさんがしみじみしていた、よくわからない。
「練習したけど、仕事中は今までどおりにするし、慣れるまでは、混じると思う」
「ああ、無理にしてほしいわけじゃない」
特にレーヴィさんの前だと、なおさらやりづらい。
お茶を飲んでいると、そういえば、とガルド。
「口調といえば、その、伸ばすのも意味があるのか?」
仕事の時に使っている語尾のことだろう。
ガルドにとっては違和感があるのかな、自然に聞こえるように特訓したけど。
「これは、見た目と無表情の処世術だから」
かくん、と骨がずれた音がした。
首の骨も横にかたむいている。
全然わからないってことなんだろう。
礼儀作法の先生に言われたとおりなんだけどな。
どうしよう、とレーヴィさんを見ると、ため息を吐かれた。
「まずですね、セレさんは人間の感覚からすると、かなりの美人です」
「そうなのか」
「そうらしいですー」
自覚はないが、さんざん言われたので納得はしている。
一枚めくれば同じ骨だし、時代によって美人の定義も違うのにと言ったら、そういうことじゃない、と指摘された。
「そして、彼女は骨の視界なので、表情に乏しいところがあります」
「言われてみれば、兵士たちとは大分違うな」
普段は骨しか見えないから、相手がどんな表情かわからない。
だから、合わせるのも苦手だし、笑顔とかも得意じゃない。
それを隠すための、仕事中の瓶底眼鏡でもある。
ガルドはそういえば、みたいな感じで、全然気にしていないようだ。
そうだろうと思っていたけど、ちょっと、ほっとした、みたい。
「人間は美人が無表情だと、勝手に怒っているとか、近寄りがたいとか、恐そうと判断します」
「……うん?」
また首がずれる。外れないのが面白い。
そういえば昔読んだ物語で、頭蓋骨を手に持つ魔物の話があったけど、ガルドもできるのかな。
「こいつはちょっと、……いや、大分変わってるが、恐くはないだろ」
「ええ、きちんと話せばわかります。ですが、人間は見た目で判断することが多いんですよ」
魔族は見れば実力がわかるらしいから、印象で決めないんだろう。
でも、人族にはそれができない。
だから服装や装飾品で示していく。
「ヘンダーソン様の様子を思いだせば、わかってきませんか?」
ブーツ令息のことをひきあいに出すレーヴィさん。
ガルドはしばらく考えてから、ああ、と呟いた。
たしかにあの御仁は、わたしの外見だけで判断した好例だろう。
「夜会……貴族の集まりでは、下手に笑顔で愛想よくすると、ああいうのに絡まれるから、無表情でよかったんですけど、それだけじゃ態度が悪い、って判断されるんですよー」
下位貴族につきまとわれるくらいなら、高嶺の花でいたほうがいい、と母に言われていた。
だから、たまに行く夜会では、扇で口もとを隠して、あまり会話もしなかった。
それでもなんだか噂にはなっていて、貴族はそういうのが大好きって本当なんだな、と感心した。
「それで、その話し方にしたから、見た目と無表情の処世術、か」
「そう。先生と一緒に考えた」
あまり間延びしすぎると、扱いやすく感じられる。
だから絶妙な秒数を何度も試行錯誤して、今の数値に落ちついた。
おかげで、職場でも、お茶会でも、反感を買ったことはない。
礼儀作法を教えてくれた先生は、教授と同じく、折々に手紙のやりとりをしている。
「私は気にしませんが、他ではやはり、仕事用の喋りかたのほうがいいでしょうね」
噛み砕いて説明してくれたレーヴィさんにお礼を言うと、そう返ってきた。
わたしもそう思うので、わかりましたー、と承諾した。




