19:この先(本編終了)
翌日の朝食。
普通にやってきたガルドさんは、破損した鎧の代わりに、べつの鎧を身につけていた。
念のために予備はいくつかあるらしい。
傷(ここではこう表現する)がどうなっているか見えなくなったけど、レーヴィさんも平然としていたので、口には出さないでおいた。
「事後処理がまだ必要か、このあと潜るが、まあ、問題ないだろう」
「わかりました、よろしくお願いしますね」
業務連絡も滞りなく終わり、ガルドさんたち精鋭がまず洞窟へ。
大丈夫なら、元気なモグラ魔族を連れて行って、穴をならすらしい。
そうしたらいつもどおり、あとは人族が坑道を整備していく。
仕事場へ行き、夜間の引き継ぎを行う。
患者は夜間も暴れることはなく、容態も落ちついていた。
兵士たちも異常を訴える者はいないというから、毒の影響は抜けたと言っていいだろう。
カエルの魔物は迷宮とは無関係で、ボスに勝てないから隠れて、池に巣をつくっていたらしい。
だから時間を置いたら復活することもない。
これが迷宮が産む魔物だったら、採掘できなくなるところだった。
開拓計画が白紙にならなくてよかった、とレーヴィさんが呟いていた。
仕事を終えるて外に出ると、なぜか毎日ガルドさんに会う。
いつものベンチに腰かけて、今日あったことを喋って、宿舎に送ってもらう。
約束はまだ果たされていない。見せられるようになったら、ガルドさんから申告するだろう。
いつもだったら、治る様子も観察したくなるけど……なんとなく、したくなくて、黙っていた。
無事な部分の骨ならとせがむ気にもなれず、数日が経過した。
「普通の服って新鮮ですねー」
「……おう」
カタカタカタカタ、と小刻みにわずかな音がする。
今日のガルドさんはお休みだったようで、珍しく、朝から布の服を着ていた。
破損した鎧は修理できる職人がいないそうで、ずっと予備のばかり。
形状にあまり違いはないけど、守りの魔法がかかっていたり、なにより素材が違うらしい。
蜂魔族の花畑が見える、ちょっと奥のほうへ散歩がてら歩いて行き、手前のベンチに腰かける。
こっちは、丸太を削っただけの簡単なものだ。
「治ったから、確認したいかと思ってな」
肋骨部分の話だ。
だからめくりやすいように服にして、なおかつ、人目につかないところを選んだのかな。
服を脱ぐなら、室内のほうがいい気がするけど、寒さは平気なんだろうか。
「……部屋の中で脱ぐと、それはそれでマズイだろ」
「診察は普通、天幕の中とかですよー?」
「──ああ、まあ、そうだが、診察するわけじゃないし」
ちょっと骨が軋む音がする。
ガルドさんの説明に、それもそうかと納得した。
骨の魔族である彼は、わたしがわざわざ見る必要はない。
……折角服なら、半袖にしてくれれば、ついでに気兼ねなく腕の骨も観察できたのに、残念ながら長袖を着ている。
裾にいくにつれて布が広がっていて、そこから白い骨が覗いているのだけど、なんだか、目がいってしまう。
ガルドさんはシャツの裾をめくりあげてくれた。
……一瞬、視線をやりづらい気がしたけど、あの時の骨を思いだしたからだろう。
治ったのだから、見ても、大丈夫。
わたしはじぃっとそこを注視した。
「本当に、もとにもどってる」
普通の骨ではありえないことだが、欠けたところは埋まり、骨と骨の接続部分も問題ない。
腐食のようになくなっていた箇所がどこだったか、ほぼわからない状態だ。
でも、よく見るとうっすら色味が違う。新しく生成されたからだろう。
時間が経てば、わからなくなりそうな程度だ。
ということは古傷で変色した部分も、削ったりすればもとの色になるのかな。
絶対に痛いだろうし、白さにこだわるのもどうかと思うから、やってくれなんて言うつもりはない。
とにかく。
手持ちの骨格標本と大差ない状態だ。
完治したと判断して間違いない。
いつのまにか詰めていた息を吐いた。
「……よかった」
「おう、なんなら触ってもいいぞ」
「それは、…………やめておく」
だってなんだか。……なんだろう?
悪いことではないのに、よくないような気がする。
「もうすぐ掘る作業は終わるから、モグラ魔族の手当てもなくなるな」
「そうなんですねー」
モグラ魔族の掘削が終わったら、あとは人間の仕事。
坑道を整備して、冒険者ギルドを設立して、そのための人員を配置して、……
「……ということは、そろそろわたしの仕事も終了ですねー」
希望すれば冒険者ギルドの医局勤務もできるかもしれないが、いったん契約は切れるはず。
あくまで開拓の手伝い、だったから。
この先どうするにしても、一度は実家にもどらないとだろう。
そうなったら、またここにくるのは……難しいかな。
「ガルドさんも帰っちゃうんですよねー?」
「ああ、ここは人族の領地だからな」
ガルドさんくらいの存在がいると、指揮系統の意味でもよくないだろう。
竜のダンジョンが人間だけで抑えられるか疑問だが、そういうことを考えるのはわたしの仕事ではない。
わたしは王都へ、ガルドさんは西大陸の、魔族の地へ。
西大陸の地理は知らないけど、王都からここまででもかなりあるのだ。
そのさらに先となると、……遠いなぁ。
「貴族社会は苦手だし、ガルドさんみたいなきれいな骨は他にないし、ずっとここで暮らせたらいいんですけどー」
うっかり、不可能な願望を呟いてしまった。
このままの状態なんてありえない。
開拓は終わるべきだし、モグラ魔族の怪我もなくなるべきだ。
だのに、今が一番、……そう、楽しいから、ついわがままを口にしてしまう。
「それなら、オレと一緒に来るか?」
「え?」
ぎし、と軋む音。
今日は鎧はないのに、どこから鳴ってるんだろう。
「これからもそばで、オレの骨が一番だと言ってほしい」
そんなの、近くにいるなら、いくらでも言う。
だって本当に、ガルドさんの骨が一番好きになったから。
……好き?
あ。そうか。これが好き、ってことなのか。
──だったら、願ってしまっても、いいのかな。
正しいか悪いかはよくわからないけど、ガルドさんにはすなおに答えることにする。
絶対、ガルドさんは否定しないから。
「わたしも、ずっとガルドさんの骨を近くで見て、きれいって言いたい、みたいですー」
「そこは断言してほしいんだがな」
カラカラと骨が鳴る。
なんだか楽しそうだ。
わたしも、なんとなく楽しい。
「まあいいさ。今後、な」
今後。この先。
つまり未来の話。
当たり前のようにガルドさんが口にする。
でも、そうか、一緒に行って、いいんだ。
──嬉しい。
「ちなみに、ゆくゆくは番……夫婦になる、って意味だぞ」
「なんとなく、そんな気はしていますー」
「そうか」
からん、と一回だけ小さな骨の音。
納得してくれたらしい。
わたしが結婚するとしたら、政略結婚だと思っていた。
だから正直、ちゃんと考えたことがない。
なので、まだ、恋とか愛とか、夫婦とか、そういうのはぴんとこない。
でも、これから一緒にいれば、多分、当たり前になっていくんだろう。
本編はここまでです、ありがとうございました。
エピローグなどの番外編が、八話ほどあるので、
毎日一話ずつ更新していきます。




