18:約束
会話も少なく夕食をすませて、とりあえず自室へもどる。
寝間着ではなく、普段着で寝台に横たわる。なにが起きるかわからないから。
目を閉じても、眠りはなかなかやってこない。
横になるだけでも違う、とは、患者さんによく言う言葉だった。
実際、眠れないものなんだな、今度から発言に注意しよう。
それでもうとうとしていたのか、ノックの音でびっくりしてしまった。
慌てて起きあがって、ドアに走り寄る。
「伝令がきました。ガルドたちが帰ってくるようです」
扉を開ければ、こちらもいつもの格好のままなレーヴィさん。手にはランプ。
わたしもランプを手にして、二人で宿舎を出た。
夜でもついている灯りのある場所を頼りに進んでいくと、むこうから物音がした。
一歩前を譲らなかったレーヴィさんが立ち止まり、わたしに止まるよう言う。
「……お前ら、なんでここに」
聞き間違えようのないガルドさんの声は、はっきりしていた。
少なくとも、重傷患者が出せるものではない。
──ほっと息が出た。
「なぜって、心配だからに決まっているでしょう」
心配。
そう、心配だったんだ。
「毒はここまで回ってこないと言われていても、私は念のためを警戒しないとですし、あなたがたが無事に帰ってくるのかもですし、他にも色々あるんですよ」
「お……おう、そうだな」
責任者のレーヴィさんには、考えなきゃいけないことがたくさんあるだろう。
わたしは、無事かどうか、怪我がないかが最優先。
「セレまで起きていたのか?」
「だって。約束しました」
「……とりあえず報告は隊長、あなたから聞きましょう、怪我もしているようですし」
かたり、とわずかな骨の音をさせて、ガルドさんがわたしに言う。
そのあとレーヴィさんが、ガルドさんの後ろに声をかけた。
──そうだ、人間の隊長も同行していたんだった。
前へ進み出た隊長さんに近づいて、灯りを寄せて確認する。骨は……
「右腕だけ、軽度のヒビですねー」
「わかりました」
まず確認すべきなのに怠るなんて。
でも、幸か不幸か大きな異常はないようだ。
視界を変えれば傷も見えたけど、隊長さんは歩きかたも普通。
毒の影響はわからないが、そこはレーヴィさんが診るだろう。
「セレさん、帰りは必ず誰かに送ってもらってくださいね」
夜は危ないですから、と添えて、隊長さんと先に歩き、視界から消えてしまう。
……なぜか、わたしとガルドさんは置いて行かれた。
ガルドさんもレーヴィさんに報告、すべきだと思うんだけど。
解決したから急がない、ってことなのかな。
「とりあえず、お帰りなさいー」
「おう、ただいま」
なにを話せばいいのかわからない。
でも、まずは挨拶からだろうと思って声に出した。
ガルドさんもいつもどおりに返してくる。
わたしは一歩、ガルドさんに近づいた。
すると当然、手に持っていた灯りもガルドさんに近くなる。
姿がよく見えるようになって──
「──え」
声が止まった。
いつもの鎧は、ところどころが破損している。
攻撃が当たって壊れたというより、酸で溶けたような感じ。
それにより、普段は見えない骨が見える──はず、なんだけど。
「なにこれ。こんな骨の異常、知らない」
鎧がなくなったことで肋骨がむきだしになっている部分がある。
でも、本来あるべき骨の姿は見えず、代わりに変色して、一部分がボロボロになっていた。
溶けているというより、金属が錆びたような具合。
穴のように空いている部分も、少しだけある。
以前に見せてもらった変色していた古傷とも違うものだ。
「ああ、毒のせいだな」
やっぱりガルドさんにも吸入型の毒は無効化できないんだ。
でも、これは、どうしたら治るのだろう。
そもそも、治療できるものなんだろうか。
少ない症例で骨の壊死は聞いたことがある。
たしかそれは、──もとにもどらない、って──じゃあ、このまま?
「カエルを倒すのはそこまで苦労しなかったが、毒の池を浄化するのに時間がかかってな。でも無効化できたから、もう心配いらないぞ」
お前のくれた魔道具もたすかった、なんて。
骨も鳴らないってことは、当たり前だと思っている。
毒の脅威がなくなった事実は、喜ばしいことだ。でも。
「なんで、そんな、平気そうなんですか。骨が、骨が傷ついてるのに」
「なんでって……もとどおりに治るし、そこまで痛みもないからな」
え?
「……もとどおりに、治る?」
「ああ、治るぞ。以前に毒を受けた時も、治ったからな」
つまり、人間の皮膚みたいに回復するということ?
穴が空いても、錆びたようになっていても。
だからガルドさんの態度は普通のまま。
治ることを、知っているから。
「治、る……」
どっと背中にのしかかられたみたいな気分になって、思わずしゃがみこんだ。
灯りがゆらゆら揺れて、視界もなぜかブレている。
そんなわたしに、ガルドさんもかがんでくれて、視界の先に汚れたブーツが入ってきた。
池に入ったのか、ブーツも溶けた部分がある。でも、つま先の骨を見たいとは思えない。
「すまん、先に言えばよかったな」
ガルドさんにとっての常識と、わたしにとっての当たり前。
違うんだってわかっていたはずなのに、こんなに混乱してしまった。
先入観はよくないと、心していたはずが。
「色は残るかもしれんが、ちゃんともどるから、気にするな」
「……色は気にしないけど、でも、気にします」
「うん?」
ガルドさんにとっては、骨に色が残るのが古傷にあたる。
普通の骨にはない痕の出方。
変色自体に嫌な気持ちはないのは本当だ、でも。
「骨がまた生えるとしても、それでも、ガルドさんが傷つくのは、いやです」
いやなんだ。
我が儘な感情論だけど、突き詰めるとそれだけ。
変色が戦いの証だとしても、そんなもの、なくていい。
「……そうか」
がしゃり、と鎧の音がして、微かに頭をなでられる。
それから、手をとられて、上にひっぱられた。
……そういえばずっとしゃがんだままだったっけ。
ごそごそ音がしてしばらくすると、ガルドさんの指の骨が、わたしの目の下にふれた。
長くて、少し太い、白い骨。
横に動いて離れるのを、なんとなく見てしまった。
「……ガルドさんの立場的に、危険な場所に行くのはわかっています」
止める気はないし、立場でもない。
今回だって、多分ガルドさんがいなければ、こんなすぐ解決しなかった。
隊長さんだって大怪我を負っていたかもしれない。
開拓地にまで毒が回ってきたかもしれない。
最適解なのはわかっている。
「だから、……だけど……」
どう言葉を結べばいいんだろう。
正解がわからなくて、言葉に詰まってしまう。
はやくガルドさんを帰らせて、休ませなきゃいけないのに。
また、視界がブレてくる。
「今日はとりあえず、もう休め。オレの傷はちゃんと治るから」
「じゃあ、治ったら、見せてください」
「ああ、約束する」
「指切り」
あ? とガルドさんが声をあげて、骨がカクンと鳴る。
人間のこういう行為は、流石に知らないらしい。
わたしは強引にガルドさんの小指の骨に、自分の小指を絡めた。
力一杯上下にぶんぶん振る。ちょっと固くて痛い。骨だから。
「約束の証です」
もっともらしく言えば、ガルドさんはそうか、と信じてくれる。
行くか、と呟いて、わたしを宿舎まで送ってくれた。
このあとは、レーヴィさんに見てもらうと官舎へ行くらしい。
レーヴィさんの回復魔法なら、きっとすぐによくなる。
ついていきたかったけど、報告もあるなら同席するのはよくないし、明日の仕事もある。
明日はモグラ魔族の毒が抜けているか確認しないとだから、朝から起きなきゃいけない。
それに、今なら眠れそうだから。




