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18/28

18:約束

 会話も少なく夕食をすませて、とりあえず自室へもどる。

 寝間着ではなく、普段着で寝台に横たわる。なにが起きるかわからないから。

 目を閉じても、眠りはなかなかやってこない。

 横になるだけでも違う、とは、患者さんによく言う言葉だった。

 実際、眠れないものなんだな、今度から発言に注意しよう。


 それでもうとうとしていたのか、ノックの音でびっくりしてしまった。

 慌てて起きあがって、ドアに走り寄る。


「伝令がきました。ガルドたちが帰ってくるようです」


 扉を開ければ、こちらもいつもの格好のままなレーヴィさん。手にはランプ。

 わたしもランプを手にして、二人で宿舎を出た。

 夜でもついている灯りのある場所を頼りに進んでいくと、むこうから物音がした。

 一歩前を譲らなかったレーヴィさんが立ち止まり、わたしに止まるよう言う。


「……お前ら、なんでここに」


 聞き間違えようのないガルドさんの声は、はっきりしていた。

 少なくとも、重傷患者が出せるものではない。

 ──ほっと息が出た。


「なぜって、心配だからに決まっているでしょう」


 心配。

 そう、心配だったんだ。


「毒はここまで回ってこないと言われていても、私は念のためを警戒しないとですし、あなたがたが無事に帰ってくるのかもですし、他にも色々あるんですよ」

「お……おう、そうだな」


 責任者のレーヴィさんには、考えなきゃいけないことがたくさんあるだろう。

 わたしは、無事かどうか、怪我がないかが最優先。


「セレまで起きていたのか?」

「だって。約束しました」

「……とりあえず報告は隊長、あなたから聞きましょう、怪我もしているようですし」


 かたり、とわずかな骨の音をさせて、ガルドさんがわたしに言う。

 そのあとレーヴィさんが、ガルドさんの後ろに声をかけた。

 ──そうだ、人間の隊長も同行していたんだった。

 前へ進み出た隊長さんに近づいて、灯りを寄せて確認する。骨は……


「右腕だけ、軽度のヒビですねー」

「わかりました」


 まず確認すべきなのに怠るなんて。

 でも、幸か不幸か大きな異常はないようだ。

 視界を変えれば傷も見えたけど、隊長さんは歩きかたも普通。

 毒の影響はわからないが、そこはレーヴィさんが診るだろう。


「セレさん、帰りは必ず誰かに送ってもらってくださいね」


 夜は危ないですから、と添えて、隊長さんと先に歩き、視界から消えてしまう。

 ……なぜか、わたしとガルドさんは置いて行かれた。

 ガルドさんもレーヴィさんに報告、すべきだと思うんだけど。

 解決したから急がない、ってことなのかな。


「とりあえず、お帰りなさいー」

「おう、ただいま」


 なにを話せばいいのかわからない。

 でも、まずは挨拶からだろうと思って声に出した。

 ガルドさんもいつもどおりに返してくる。

 わたしは一歩、ガルドさんに近づいた。

 すると当然、手に持っていた灯りもガルドさんに近くなる。


 姿がよく見えるようになって──


「──え」


 声が止まった。

 いつもの鎧は、ところどころが破損している。

 攻撃が当たって壊れたというより、酸で溶けたような感じ。

 それにより、普段は見えない骨が見える──はず、なんだけど。


「なにこれ。こんな骨の異常、知らない」


 鎧がなくなったことで肋骨がむきだしになっている部分がある。

 でも、本来あるべき骨の姿は見えず、代わりに変色して、一部分がボロボロになっていた。

 溶けているというより、金属が錆びたような具合。

 穴のように空いている部分も、少しだけある。

 以前に見せてもらった変色していた古傷とも違うものだ。


「ああ、毒のせいだな」


 やっぱりガルドさんにも吸入型の毒は無効化できないんだ。

 でも、これは、どうしたら治るのだろう。

 そもそも、治療できるものなんだろうか。

 少ない症例で骨の壊死は聞いたことがある。

 たしかそれは、──もとにもどらない、って──じゃあ、このまま?


「カエルを倒すのはそこまで苦労しなかったが、毒の池を浄化するのに時間がかかってな。でも無効化できたから、もう心配いらないぞ」


 お前のくれた魔道具もたすかった、なんて。

 骨も鳴らないってことは、当たり前だと思っている。

 毒の脅威がなくなった事実は、喜ばしいことだ。でも。


「なんで、そんな、平気そうなんですか。骨が、骨が傷ついてるのに」

「なんでって……もとどおりに治るし、そこまで痛みもないからな」


 え?


「……もとどおりに、治る?」

「ああ、治るぞ。以前に毒を受けた時も、治ったからな」


 つまり、人間の皮膚みたいに回復するということ?

 穴が空いても、錆びたようになっていても。

 だからガルドさんの態度は普通のまま。

 治ることを、知っているから。


「治、る……」


 どっと背中にのしかかられたみたいな気分になって、思わずしゃがみこんだ。

 灯りがゆらゆら揺れて、視界もなぜかブレている。

 そんなわたしに、ガルドさんもかがんでくれて、視界の先に汚れたブーツが入ってきた。

 池に入ったのか、ブーツも溶けた部分がある。でも、つま先の骨を見たいとは思えない。


「すまん、先に言えばよかったな」


 ガルドさんにとっての常識と、わたしにとっての当たり前。

 違うんだってわかっていたはずなのに、こんなに混乱してしまった。

 先入観はよくないと、心していたはずが。


「色は残るかもしれんが、ちゃんともどるから、気にするな」

「……色は気にしないけど、でも、気にします」

「うん?」


 ガルドさんにとっては、骨に色が残るのが古傷にあたる。

 普通の骨にはない痕の出方。

 変色自体に嫌な気持ちはないのは本当だ、でも。


「骨がまた生えるとしても、それでも、ガルドさんが傷つくのは、いやです」


 いやなんだ。

 我が儘な感情論だけど、突き詰めるとそれだけ。

 変色が戦いの証だとしても、そんなもの、なくていい。


「……そうか」


 がしゃり、と鎧の音がして、微かに頭をなでられる。

 それから、手をとられて、上にひっぱられた。

 ……そういえばずっとしゃがんだままだったっけ。

 ごそごそ音がしてしばらくすると、ガルドさんの指の骨が、わたしの目の下にふれた。

 長くて、少し太い、白い骨。

 横に動いて離れるのを、なんとなく見てしまった。


「……ガルドさんの立場的に、危険な場所に行くのはわかっています」


 止める気はないし、立場でもない。

 今回だって、多分ガルドさんがいなければ、こんなすぐ解決しなかった。

 隊長さんだって大怪我を負っていたかもしれない。

 開拓地にまで毒が回ってきたかもしれない。

 最適解なのはわかっている。


「だから、……だけど……」


 どう言葉を結べばいいんだろう。

 正解がわからなくて、言葉に詰まってしまう。

 はやくガルドさんを帰らせて、休ませなきゃいけないのに。

 また、視界がブレてくる。


「今日はとりあえず、もう休め。オレの傷はちゃんと治るから」

「じゃあ、治ったら、見せてください」

「ああ、約束する」

「指切り」


 あ? とガルドさんが声をあげて、骨がカクンと鳴る。

 人間のこういう行為は、流石に知らないらしい。

 わたしは強引にガルドさんの小指の骨に、自分の小指を絡めた。

 力一杯上下にぶんぶん振る。ちょっと固くて痛い。骨だから。


「約束の証です」


 もっともらしく言えば、ガルドさんはそうか、と信じてくれる。

 行くか、と呟いて、わたしを宿舎まで送ってくれた。

 このあとは、レーヴィさんに見てもらうと官舎へ行くらしい。

 レーヴィさんの回復魔法なら、きっとすぐによくなる。

 ついていきたかったけど、報告もあるなら同席するのはよくないし、明日の仕事もある。

 明日はモグラ魔族の毒が抜けているか確認しないとだから、朝から起きなきゃいけない。


 それに、今なら眠れそうだから。

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― 新着の感想 ―
針千本、のーめないっと。 無事、ではないけど、帰ってきてくれて良かったですね!
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