17:異変
「重いものを運んでくれて、ありがとうございますー」
「これくらい、軽いですよ」
護衛の兵士さんに、とどいた備品を運んでもらった。
患者がいない時はいいのに、レーヴィさんはあの一件から、必ず一人つけてくれている。
迷惑じゃないのかなと聞いてみたけど、
「貴族令嬢だということを抜きにしても、あなたは戦闘能力のない女性ですからね」
ときっぱり返ってきた。
たしかに、護身術もからっきしだし、強い魔法も使えない。
一人配置するくらいは普通だからと言われて、今に至る。
荷物を持ってくれたりはするけど、職務中に雑談をすることはなく、後ろで待機している。
実家もそうだったし、これが普通で、ブーツ令息の護衛のほうが変だった。
ただ、毎日変わるので、区別できずに兵士さんでひとくくりにしちゃっている。
今度、兵舎のほうの診療記録を見せてもらえないかな。
備品は片づけ終わったし、診療記録もまとまってきた。
採掘と補強という仕事だから頻発する怪我のまとめもしはじめている。
傾向がわかっていれば、発注もしやすくなるし。
午前中は無事にすぎ、レーヴィさんたちとお昼を食べて、お茶をふるまう余裕もあった。
事態が動いたのは、午後、少し経ってから。
「このあと患者が多く運ばれてきます! どうやら、毒とのこと!」
「わかりましたー」
伝令の兵が走ってきた勢いそのままに報告する。
毒。であれば、必要な対処は。
窓は開いている。
ベッドは午前中に掃除をすませたから問題ない。
棚の中から毒消しを探す、……この地域ではあまり聞かなかったから、数は少し心許ないかもしれない。
そもそも、モグラ魔族に効くのかわからないし、人族と同量では多すぎる可能性がある。
計量するための器具も準備しておこう。
「すみませんが、お湯の準備をお願いしますー」
「はい!」
護衛の兵と、伝令兵が大きな声で返事をして動きだす。
次は清潔な布、これは山ほどある。
専門ではないので、あとは思いつかない……と思っていたら、レーヴィさんが飛びこんできた。
指揮はレーヴィさんに任せて、わたしは患者の到着を待つ。
わたしたちが毒を受けたらいけないので、しっかり装備も整えた。
「第一陣です、まだきます!」
口もとを布で覆った兵士が、モグラ魔族を運んでくる。
いつもと違う状況でも、することは変わらない。
集中して、まずは骨の状態を確認する。
骨折のある個体には目印の紐をいつもどおりに結び、続けて視界を変えて、顔色を観察。
「赤チューリップさん、聞こえますかー?」
麻リボンに刺繍された名を呼んで、意識レベルも調べ、反応をチェック表に書いて、紐にくくりつける。
これを患者の数だけこなしていく。
普段は骨だけ見るけれど、今はそれだけじゃ足りない。
正直、こんなに視界を切りかえるのは大変だけど、泣き言は口にできない。
小さめの個体は吸いこんだ毒が影響しているのだろう、声をかけても反応が薄いし、鳴き声はか細い。
ふれた身体も冷えている、処置を急がなくては。
「セレさん、見終わったら解毒薬を、こちらの匙で一杯ずつ与えてください」
解毒薬を確認していたレーヴィさんの指示に応じて、小さな匙で飲ませていく。
毒が回っているから、暴れることもなく飲ませられた。
飲む力が残っているなら、まだなんとかなりそうだ。
「経過観察し、改善が見られなければもう一匙です」
「承知しましたー」
砂時計をひっくり返し、目安の時間をつくっておく。
モグラ魔族を運んできた兵士に毒の影響は少ないようだが、気分が悪くなったら申告するようにとレーヴィさんが叫んでいる。
叫びながらも魔法は続くのだから、やっぱり凄い。
ただ、レーヴィさんの回復魔法では毒は消せない。
ひたすら診察や治療を続けているが、毒によるはきっけなどの自覚症状は出ていない。
これなら耐性のないわたしも、このまま作業を続けらる。
何度かにわけてモグラ魔族が運ばれてきて、最後の一団の処置をはじめたころ。
「様子はどうだ」
ガルドさんが入ってきた。
さっと目線を送る。骨に異常はない。
すぐ目の前のモグラ魔族が、解毒薬を飲みこんだかの確認にもどる。
「もう少しで落ちつきます」
レーヴィさんが治療の合間に返事をしている。
実際、怪我は少なめだ。
問題なのは吸いこんだらしい毒のほう。
今のところ、重篤な症状はなさそうだとレーヴィさんは見ているけど。
「手が離せるようになったら来てくれ、今後の行動を決めたい」
「わかりました」
そこからのレーヴィさんはさらに凄かった。
怪我の治療が必要なモグラ魔族にものすごい勢いで魔法をかけていく。
あれだけ連続で使ったら疲労も大変だろうに、厭う様子はない。
ガルドさんが声をかけてからさほどかからずに、治療は終わってしまった。
軽い怪我は敢えて治さない、自然治癒力の妨げになるから。
魔族は人族より回復力が高いし、怪我が治ったと喜んで、穴を掘りはじめることもある。
「セレさん、あとはお任せします」
「わかりましたー、行ってらっしゃいー」
元気な兵にも手伝ってもらい、続きの処置をしていく。
かなり時間が経過しても、兵も、わたしも、大きな不調は出ていない。
こういうことが何度もあったら困るが、やっぱり医療系の人材ももう少しほしい。
看護師系の勉強もはじめておこうかな。
念のため毒を受けたモグラ魔族はここで一晩休ませることになり、兵によって食事が運ばれる。
つらそうな個体には手伝いもしたんだけど、わたしはこういうの、経験が少ないので下手だった。
これも、もう少し練習しておこう。
「セレさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様ですー、意識不明や急変はないですー」
モグラ魔族に食事を与えていると、ガルドさんとレーヴィさんがもどってきた。
端的に報告すると、二人ともほっとしたように肩の骨が下りる。
「では、セレさんは上がってください」
「はい、お疲れ様ですー」
夜間は兵が交代で見守ってくれる。
無理をして、明日以降の治療ができなくなってはならない。
気にはなるが、ここはすなおに休むべきだ。
「オレはこれから洞窟へ入り、カエルを倒してくる」
「カエルですかー」
カエルって骨が独特だから、結構好きだけど、魔族となるとどうなんだろう。
宿舎までの短い道のりで、二人が説明してくれた。
モグラ魔族が採掘していたら、空洞に出たこと。
そこにはカエルの魔物がおり、そいつが住処にしていた毒池からの毒にモグラ魔族が倒れていった。
ガルドさんたちは急いで採掘した石で穴を仮に塞ぎ、緊急呼びだしを使用し兵を連れてきて、脱出。
さっきの会議で、放置はできないと討伐が決定したという。
ものが毒だから急ぐべきということなんだろう。
討伐に行くのは精鋭が数名。いたずらに増やしても毒の影響を受けるだけだから。
当然、その中にはガルドさんも入っている。
強いし隊長格だ、行くのは不思議じゃない。
こういう時に椅子でふんぞり返るような性格じゃないんだから。
でも。
ガルドさんは、骨の魔族だ。
現物を見たわけじゃないから推測だけど、毒を吸いこんで具合が悪くなったというなら。
呼吸器のないガルドさんは、どうなる?
「強さはさほどじゃない。毒さえなんとかなれば、討伐は可能だ」
骨の音はしないから嘘じゃない。
──毒さえ。そう、問題は毒だ。
肺には吸いこまない。肺がないから。
なら、骨全体で毒を受ける可能性は?
皮膚からなら内臓に達するまで時間がかかる。
だからモグラ魔族に触れたわたしたちは重症化しなかった。
でも、骨に直接となったら。
「……これ、あげます」
「ん?」
ポケットからいくつかの玉をとりだして、ガルドさんに渡す。
ここに派遣されるにあたって、実家から押しつけられたものは色々ある。
その中の魔道具たちだ。
「全部地面に投げて割ると、効果が出ます。これは周囲に張る結界、こっちは煙幕、これは爆音ー」
毒をつくるカエルは放置できない。
生身を採取したい気持ちはあるが、吸いこむと危険なら排除すべきだ。
会議の決定は理に適っているのだろう。
戦闘に参加できない、部下のわたしに、文句を言う権利はない。
「使えそうだったら、遠慮なく使ってくださいー」
「ああ、ありがとうな」
わたしが討伐に行くガルドさんにできることは、これくらいだ。
あとは、帰ってきてからしか、なにもできない。
……それも、骨に異常があった時だけ。なんて。
「帰ってきたら、足の骨でもどこでも見たいところを見せてやるよ」
ぽん、と頭に手が置かれた。骨だから、暖かさは感じない。
隣でレーヴィさんが息を詰めていた。令嬢相手にすることじゃないって思っているんだろう。
でも、わたしは気にしない。
というか、頭をなでるなんて、子供扱いみたいだ。
たしかに、いつもねだってばかりだった。
だったら今も、そうしてしまおう。
「見たいのは、折れていない骨ですよー、それ以外は嫌ですからねー」
「ああ、わかってる」
宿舎へもどるわたしとレーヴィさん、洞窟へ行くガルドさん。
すぐ中へ入って食事をして、睡眠時間を確保しなきゃいけない。
でも姿が見えなくなるまで、動けなかったし、レーヴィさんもなにも言わず、一緒にいてくれた。




