15:よくない
「ここで再会できたのも運命だろうし、王都にもどったら、正式に婚姻の申し出を……」
「──どこへ行ってたんだ?」
ぺらぺら勝手なことを喋っているうちは放置でよかったけど、ちょっと困る方向になってきた。
母も乗り気な相手だ、申しこまれたら勝手に受けてしまいそう。
会話を引き延ばしつつ、レーヴィさんのところに移動しようと考えていたら、割りこんできた低い声と、キシキシという音。
いつのまにか洞窟の近くまで、もどってきていたようだ。
「ガルド様、洞窟へ行ってらしたのですよね、お帰りなさいませー」
ここでいつもどおりに声をかけると、ブーツ令息がガルドさんを下に見る可能性がある。
それは避けたいので、敢えてきちんとした口調にした。
わたしの言葉に、違和感しかなかっただろうガルドさんが喋る前に、
「お、お前は……っ!」
ブーツ令息が悲鳴をあげて飛び退いた。
ガルドさんのことは知っているはずなのに、叫び声をあげるなんて。
「──ああ、久しぶりだな」
がしゃりと重たい鎧の音が響き渡る。
ぱっと見たところ、骨の欠損はなさそうで安心した。
お互い顔合わせはしていると朝に話していたのに、ちょっと変わったガルドさんの言い回し。
見知っているはずなのに、ブーツ令息はどうしてこんなに逃げ腰なんだろう。
「ガルド様、あとで少し報告がありますので、お時間をつくっていただければと思いますー」
「セ、セレアドリエール嬢、どうしてそんな骨に……」
もごもごと呟いているブーツ令息をちらりと見てから言うと、うっすら察してくれたらしい。
ガルドさんも令息に一瞥をくれる。すると彼はまたかすれた悲鳴をあげた。
「す、すまないが急用を思いだしたので、失礼する!」
護衛に支えてもらうようにしながら、官舎のほうへ走って行った。
そういえば護衛、ほぼ空気だった。蜂魔族相手に前に出ることもなかったし。
令息といい、なんだったんだろう。
「これで義務は果たしたことになりますかねー。ガルドさん、今日は患者、いますかー?」
接待相手がいなくなったなら、終了でいいはず。
ついていって世話を焼く必要はない、怪我ではないのだから。
今からじゃ服を着替えるのも手間だから、急患がいるならこのまま処置にあたろう。
「いや……今日は、あまり進まなかったから、重い怪我はない」
「それならなによりですー」
進みが悪いのは問題だろうが、わたしとしては怪我がないほうが重要だ。
にしても、どうにも歯切れが悪いような気がする。
いつもならもっとはっきり話してくれるのに。
「ガルドさん、疲れてます? なにか洞窟でありましたー?」
凶暴化を止めたりした? でも怪我はないし。
それとも迷宮の罠とか? 場所によっては、ややこしい謎かけもあったりすると聞く。
謎ときなら、種類によっては役に立てるかもしれない。
現物を見られないから、正確さには欠けるけど。
「……様づけだのなんだの、どうしたかと思った。あいつがいたからか」
わたしの喋りかたが変だったせいだった。
朝の段階で説明しておくべきなのに、忘れたわたしが悪い。
それでも、さっきは合わせてくれてたすかった。
「そうですね、あちらがわたしを貴族令嬢としか扱っていないようだったのでー」
「……どういう意味だ?」
ええと、説明が難しいな。
こういうの得意じゃないから……
わたしが言葉を探していると、ガルドさんはいつものように、近くのベンチを示した。
隣同士にすわるのも、大分慣れてきた。横だと骨が見えないのも、我慢できるくらいに。
「わたし自身は、ここに、医療従事者として仕事できていますー」
かくん、と骨があからさまにかしぐ。
「今さら何を言ってるんだ」
「ですよねー」
ガルドさんには不思議だろう。
だって、ずっと態度が一貫している。
レーヴィさんは人間だから、はじめはわたしへの対応にやや困惑していた。
でも、最初から仕事相手だという認識は間違えていない。
「……でも、ひとによっては、貴族令嬢のセレアドリエールしか見ないんですよー」
物見遊山できているわけじゃないし、ちゃんと、仕事として名簿に載っている。
だのに令嬢としか見てもらえないのは、本当は怒るところだ。
身分的にも立場的にも、ブーツ令息のほうが上にいるし、波風立てる価値がないから、しなかっただけで。
「成程。あいつはお前の評価を間違えているわけか」
「まあ、夜会でしか見ていないなら、しょうがない部分はあるんですけどー」
少し調べれば医局に勤めていることはわかる。
でも、母から敢えて言うなと口止めされていたから、社交の場で喋ったことはない。
推薦を受けて開拓地にきているのだから、実力があると判断してもらいたかったな。
まあ、おかげで予算とか色々すんなり通ったから、結果は十分だ。
「それと、あの状況で、わたしがいつもどおりガルドさんに声をかけたら、令息が失礼なことを言うかもしれないと思ったのでー」
魔族は人族のように明確な身分はないというが、ガルドさんは責任者だ。
決してブーツ令息が侮っていい相手ではない。
後ろには国もついている案件で、魔族に助力を請うている、この前提は大きい。
……のわりに、どうにも雑なのは、領主はやる気がなかったか、魔族への忌避感か、レーヴィさんが回せてしまっているからか。
──なんだか、全部の気もする。
「べつにあいつに何を言われても、気にならんが」
骨の音はしない。だから本音だ。
ガルドさんは魔族で、実力がすべての世界で生きている。
彼にしてみれば、本当にたいしたことないのだろう。
──でも。
「でも、それじゃ、よくないんですよー……」
言語化できなくて、科白の最後は小さくなってしまった。
人族側として? 多分違う。じゃあ、どういうことかっていうと──
「そんなことより。お前、あいつの番になるのか?」
「人間の場合は婚姻、結婚。男は夫、女は妻ですねー」
ガルドさんの場合、見た目はヒトに近いけど、周囲がモグラ魔族とかだから、番って感覚なのかな。
わたしは気にしないが、訂正だけはしておく。
番って表現だと、人族には印象が悪そうだから。
「用語はいい。つまり、結婚するのか?」
「しませんよー」
正確にはブーツ令息とは結婚するつもりがない、だけど、似たようなものだしいいだろう。
そうだ、伯爵家から婚約の打診がきたら厄介だから、レーヴィさんに話はしておかなきゃ。
さっき逃亡した状態からすると大丈夫な気もするが、こういう事態に関して、わたしの勘は当てにならない。
「できれば『セレ』をみてくれない相手とは、結婚したくないですー」
貴族に生まれたからには、結婚せず生きていくのは難しい。
幸い、手に職というか、この能力があるから、他の令嬢よりは一人で生きていける可能性がある。
それでも、両親に押し切られたら、結婚することになるかもしれない。
ここでただのセレとして生活していて、すっかり忘れていたけど、思いだすと少し憂鬱だ。
「事情はよくわからんが、とりあえずアイツとどうこうならないなら、安心した」
ごとり、と妙に鈍い金属音。
なんだろうと横を見ると、窮屈そうに鎧を動かしていた。
当然だがたいしてズレることはないので、胸骨は見えない。
ガルドさんの言いかたは、単に「サボりがちな令息だから」という感じとも違うような。
「あの令息と、なにかあったんですかー?」
「ああ、顔合わせの時に、父親と同席していたんだ」
開拓をはじめるに当たり、魔族側はおねえさまとガルドさん、人族側は、当主と息子たちが立ち会った。
その場にブーツ令息もいたわけだ。
まだなにもなかった現地、つまりここにみんなで訪れて、ざっと必要な施設などの話をした。
当然、迷宮も見たわけで、ところがブーツ令息は制止も聞かずに中へ入ってしまった。
護衛は一緒にいたけど、その時は整備どころかルートも未確定なころ。
急いでガルドさんたちが追いかけて、魔物に襲われていたところを救助した。
「でかいのを倒して、怪我がないか確認しようと近づいたら、泡吹いて倒れた」
……なるほど。
令息のやらかしとしては時折聞く話だ。
度胸試しだと魔物退治に出かけて、返り討ち、というやつ。
それでガルドさんに対して、あんな反応になったと。
「命の恩人に、失礼ですねー」
「まあ、襲われた直後にオレの姿じゃ、仕方ない」
「顔というか、骨ですけどー」
「だからなおさら、だろう」
普通のひとはそうらしいと頭では理解している。
でもわたしにはぴんとこない。
魔物に襲われた経験があれば、わかるのかな。
「オレを恐れるのは仕方ないと思うが、その程度じゃここではやっていけない」
令息は、というか、社交界のひとはわたしの視界を知らない。
母から絶対に明かすなと念を押されている。
でも、結婚するとなったら、流石に隠してはおけないだろう。
政略結婚になったとしても、骨格標本の収蔵品は持っていきたいし。
──あの令息に教えたら、それでもわたしを女神だと言うんだろうか。
なんとなく、言わない気がする。
「少しお前の見た目が違うだけで、あの調子。セレはセレなのにな」
でも、ガルドさんは違う。
カラカラと骨が怪訝そうに傾いていた。
ガルドさんは、べつにわたしのような見え方じゃない。
それなのに、ドレスを着ていようが、白衣だろうが、眼鏡をかけていてもいなくても、頓着しない。
わたしが、骨しか見えなくて、皮膚や服装が気にならないように。
「……とりあえず、予算がほしいし、波風立てないために、あのひとの前ではさっきみたいにしますけど、流してくださいー」
「ああ、どうも居心地悪いが、しばらくの間なら我慢するさ」
「よろしくお願いしますー」
その後、蜂魔族との一件を話していると、終業の鐘が鳴った。
ガルドさんと宿舎のほうにもどったら、ちょうどレーヴィさんがやってきた。
いつも以上に身体が曲がっていて、一瞬、別人かと思ってしまった。
先にガルドさんがレーヴィさんの名前を呼んでくれたので、間違っていないと確認できた。
疲れた声で、令息が急に帰ると言い張って、もうここを出て行ったと聞かされる。
急に準備をさせられたから、疲れているらしい。
「いないほうが楽なので、ありがたくはありますがね」
この調子だと、帰り支度でも無茶ぶりをされたのだろう。
……もしかしなくても、我々に責任が、ちょっとはあるかもしれない。
わたしはそっと横を見上げると、ガルドさんと目が合った。
今度、わたし個人のお金で、レーヴィさんに胃に優しいお菓子を差し入れよう。




