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15/28

15:よくない

「ここで再会できたのも運命だろうし、王都にもどったら、正式に婚姻の申し出を……」

「──どこへ行ってたんだ?」


 ぺらぺら勝手なことを喋っているうちは放置でよかったけど、ちょっと困る方向になってきた。

 母も乗り気な相手だ、申しこまれたら勝手に受けてしまいそう。

 会話を引き延ばしつつ、レーヴィさんのところに移動しようと考えていたら、割りこんできた低い声と、キシキシという音。

 いつのまにか洞窟の近くまで、もどってきていたようだ。


「ガルド様、洞窟へ行ってらしたのですよね、お帰りなさいませー」


 ここでいつもどおりに声をかけると、ブーツ令息がガルドさんを下に見る可能性がある。

 それは避けたいので、敢えてきちんとした口調にした。

 わたしの言葉に、違和感しかなかっただろうガルドさんが喋る前に、


「お、お前は……っ!」


 ブーツ令息が悲鳴をあげて飛び退いた。

 ガルドさんのことは知っているはずなのに、叫び声をあげるなんて。


「──ああ、久しぶりだな」


 がしゃりと重たい鎧の音が響き渡る。

 ぱっと見たところ、骨の欠損はなさそうで安心した。

 お互い顔合わせはしていると朝に話していたのに、ちょっと変わったガルドさんの言い回し。

 見知っているはずなのに、ブーツ令息はどうしてこんなに逃げ腰なんだろう。


「ガルド様、あとで少し報告がありますので、お時間をつくっていただければと思いますー」

「セ、セレアドリエール嬢、どうしてそんな骨に……」


 もごもごと呟いているブーツ令息をちらりと見てから言うと、うっすら察してくれたらしい。

 ガルドさんも令息に一瞥をくれる。すると彼はまたかすれた悲鳴をあげた。


「す、すまないが急用を思いだしたので、失礼する!」


 護衛に支えてもらうようにしながら、官舎のほうへ走って行った。

 そういえば護衛、ほぼ空気だった。蜂魔族相手に前に出ることもなかったし。

 令息といい、なんだったんだろう。


「これで義務は果たしたことになりますかねー。ガルドさん、今日は患者、いますかー?」


 接待相手がいなくなったなら、終了でいいはず。

 ついていって世話を焼く必要はない、怪我ではないのだから。

 今からじゃ服を着替えるのも手間だから、急患がいるならこのまま処置にあたろう。


「いや……今日は、あまり進まなかったから、重い怪我はない」

「それならなによりですー」


 進みが悪いのは問題だろうが、わたしとしては怪我がないほうが重要だ。

 にしても、どうにも歯切れが悪いような気がする。

 いつもならもっとはっきり話してくれるのに。


「ガルドさん、疲れてます? なにか洞窟でありましたー?」


 凶暴化を止めたりした? でも怪我はないし。

 それとも迷宮の罠とか? 場所によっては、ややこしい謎かけもあったりすると聞く。

 謎ときなら、種類によっては役に立てるかもしれない。

 現物を見られないから、正確さには欠けるけど。


「……様づけだのなんだの、どうしたかと思った。あいつがいたからか」


 わたしの喋りかたが変だったせいだった。

 朝の段階で説明しておくべきなのに、忘れたわたしが悪い。

 それでも、さっきは合わせてくれてたすかった。


「そうですね、あちらがわたしを貴族令嬢としか扱っていないようだったのでー」

「……どういう意味だ?」


 ええと、説明が難しいな。

 こういうの得意じゃないから……

 わたしが言葉を探していると、ガルドさんはいつものように、近くのベンチを示した。

 隣同士にすわるのも、大分慣れてきた。横だと骨が見えないのも、我慢できるくらいに。


「わたし自身は、ここに、医療従事者として仕事できていますー」


 かくん、と骨があからさまにかしぐ。


「今さら何を言ってるんだ」

「ですよねー」


 ガルドさんには不思議だろう。

 だって、ずっと態度が一貫している。

 レーヴィさんは人間だから、はじめはわたしへの対応にやや困惑していた。

 でも、最初から仕事相手だという認識は間違えていない。


「……でも、ひとによっては、貴族令嬢のセレアドリエールしか見ないんですよー」


 物見遊山できているわけじゃないし、ちゃんと、仕事として名簿に載っている。

 だのに令嬢としか見てもらえないのは、本当は怒るところだ。

 身分的にも立場的にも、ブーツ令息のほうが上にいるし、波風立てる価値がないから、しなかっただけで。


「成程。あいつはお前の評価を間違えているわけか」

「まあ、夜会でしか見ていないなら、しょうがない部分はあるんですけどー」


 少し調べれば医局に勤めていることはわかる。

 でも、母から敢えて言うなと口止めされていたから、社交の場で喋ったことはない。

 推薦を受けて開拓地にきているのだから、実力があると判断してもらいたかったな。

 まあ、おかげで予算とか色々すんなり通ったから、結果は十分だ。


「それと、あの状況で、わたしがいつもどおりガルドさんに声をかけたら、令息が失礼なことを言うかもしれないと思ったのでー」


 魔族は人族のように明確な身分はないというが、ガルドさんは責任者だ。

 決してブーツ令息が侮っていい相手ではない。

 後ろには国もついている案件で、魔族に助力を請うている、この前提は大きい。

 ……のわりに、どうにも雑なのは、領主はやる気がなかったか、魔族への忌避感か、レーヴィさんが回せてしまっているからか。


 ──なんだか、全部の気もする。


「べつにあいつに何を言われても、気にならんが」


 骨の音はしない。だから本音だ。

 ガルドさんは魔族で、実力がすべての世界で生きている。

 彼にしてみれば、本当にたいしたことないのだろう。

 ──でも。


「でも、それじゃ、よくないんですよー……」


 言語化できなくて、科白の最後は小さくなってしまった。

 人族側として? 多分違う。じゃあ、どういうことかっていうと──


「そんなことより。お前、あいつの番になるのか?」

「人間の場合は婚姻、結婚。男は夫、女は妻ですねー」


 ガルドさんの場合、見た目はヒトに近いけど、周囲がモグラ魔族とかだから、番って感覚なのかな。

 わたしは気にしないが、訂正だけはしておく。

 番って表現だと、人族には印象が悪そうだから。


「用語はいい。つまり、結婚するのか?」

「しませんよー」


 正確にはブーツ令息とは結婚するつもりがない、だけど、似たようなものだしいいだろう。

 そうだ、伯爵家から婚約の打診がきたら厄介だから、レーヴィさんに話はしておかなきゃ。

 さっき逃亡した状態からすると大丈夫な気もするが、こういう事態に関して、わたしの勘は当てにならない。


「できれば『セレ』をみてくれない相手とは、結婚したくないですー」


 貴族に生まれたからには、結婚せず生きていくのは難しい。

 幸い、手に職というか、この能力があるから、他の令嬢よりは一人で生きていける可能性がある。

 それでも、両親に押し切られたら、結婚することになるかもしれない。

 ここでただのセレとして生活していて、すっかり忘れていたけど、思いだすと少し憂鬱だ。


「事情はよくわからんが、とりあえずアイツとどうこうならないなら、安心した」


 ごとり、と妙に鈍い金属音。

 なんだろうと横を見ると、窮屈そうに鎧を動かしていた。

 当然だがたいしてズレることはないので、胸骨は見えない。

 ガルドさんの言いかたは、単に「サボりがちな令息だから」という感じとも違うような。


「あの令息と、なにかあったんですかー?」

「ああ、顔合わせの時に、父親と同席していたんだ」


 開拓をはじめるに当たり、魔族側はおねえさまとガルドさん、人族側は、当主と息子たちが立ち会った。

 その場にブーツ令息もいたわけだ。

 まだなにもなかった現地、つまりここにみんなで訪れて、ざっと必要な施設などの話をした。

 当然、迷宮も見たわけで、ところがブーツ令息は制止も聞かずに中へ入ってしまった。

 護衛は一緒にいたけど、その時は整備どころかルートも未確定なころ。

 急いでガルドさんたちが追いかけて、魔物に襲われていたところを救助した。


「でかいのを倒して、怪我がないか確認しようと近づいたら、泡吹いて倒れた」


 ……なるほど。

 令息のやらかしとしては時折聞く話だ。

 度胸試しだと魔物退治に出かけて、返り討ち、というやつ。

 それでガルドさんに対して、あんな反応になったと。


「命の恩人に、失礼ですねー」

「まあ、襲われた直後にオレの姿じゃ、仕方ない」

「顔というか、骨ですけどー」

「だからなおさら、だろう」


 普通のひとはそうらしいと頭では理解している。

 でもわたしにはぴんとこない。

 魔物に襲われた経験があれば、わかるのかな。


「オレを恐れるのは仕方ないと思うが、その程度じゃここではやっていけない」


 令息は、というか、社交界のひとはわたしの視界を知らない。

 母から絶対に明かすなと念を押されている。

 でも、結婚するとなったら、流石に隠してはおけないだろう。

 政略結婚になったとしても、骨格標本の収蔵品は持っていきたいし。

 ──あの令息に教えたら、それでもわたしを女神だと言うんだろうか。

 なんとなく、言わない気がする。


「少しお前の見た目が違うだけで、あの調子。セレはセレなのにな」


 でも、ガルドさんは違う。

 カラカラと骨が怪訝そうに傾いていた。

 ガルドさんは、べつにわたしのような見え方じゃない。

 それなのに、ドレスを着ていようが、白衣だろうが、眼鏡をかけていてもいなくても、頓着しない。

 わたしが、骨しか見えなくて、皮膚や服装が気にならないように。


「……とりあえず、予算がほしいし、波風立てないために、あのひとの前ではさっきみたいにしますけど、流してくださいー」

「ああ、どうも居心地悪いが、しばらくの間なら我慢するさ」

「よろしくお願いしますー」


 その後、蜂魔族との一件を話していると、終業の鐘が鳴った。

 ガルドさんと宿舎のほうにもどったら、ちょうどレーヴィさんがやってきた。

 いつも以上に身体が曲がっていて、一瞬、別人かと思ってしまった。

 先にガルドさんがレーヴィさんの名前を呼んでくれたので、間違っていないと確認できた。

 疲れた声で、令息が急に帰ると言い張って、もうここを出て行ったと聞かされる。

 急に準備をさせられたから、疲れているらしい。


「いないほうが楽なので、ありがたくはありますがね」


 この調子だと、帰り支度でも無茶ぶりをされたのだろう。

 ……もしかしなくても、我々に責任が、ちょっとはあるかもしれない。

 わたしはそっと横を見上げると、ガルドさんと目が合った。


 今度、わたし個人のお金で、レーヴィさんに胃に優しいお菓子を差し入れよう。

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