14:ブーツ令息
翌日、食堂にガルドさんの姿があった。
昨日の朝も会ったのに、久しぶりな気がしてしまう。
「おはようございますー」
「おはよう。今日は動きづらそうな服だな」
挨拶のあとそう言われて、ですよねーと同意する。
持ってきた服の中で、一番質のいいものを選んだ。
でもこれ、入れた覚えはないので、侍女が勝手に入れたんだろう。
他にも、開拓地では使わないアクセサリー一式もあった。
困ったら売れってことかと思ったけど、多分違うのだろう。
あまり飾りたてて勘違いされても困るし、急患の時に邪魔だから、つけていないけど。
「……よくその感想だけですみますね」
お茶を飲みながらレーヴィさんが呆れた様子。
わたしも邪魔くさい服だという思いしかないけど。
ひらひらがやたらついているし、スカートのボリュームも多い。
レースもついてるし、おかみさんにまた洗濯で苦労させそう。
裾はシンプルだから作業はできるとはいえ、効率が落ちたら困るのに。
「イスキァ様などで慣れたつもりでしたが、まだまだ修行が足りない……」
声が沈んでいるし背も丸まっている。
おねえさまとわたし? 苦労させたっけ?
そもそも修行ってなんのだろう、よくわからなくてガルドさんと顔を見合わせる。
しばらくするとレーヴィさんの背はもどり、ブーツ令息がきた話になった。
ガルドさんも会ったことはあるって、それはそうか。
「普通の人間は、オレと会いたがらない。特にあいつは……だから、なるべく近づかないようにするさ」
「ガルド、それは……」
人体構造についても、家庭教師から少しは教わると思うのに、苦手なものなのかな。
血肉がついているとちょっと見た目が悪いけど、骨だけだからすっきりしてるのに。
自分にだって骨はあるのに、嫌がるという感情は、どうにも理解不能だ。
「開拓は人間の都合で、助力してくれている魔族に感謝すべきなのです。だのにこの体たらく……」
ブーツ令息や一緒にきた部下に聞かれたらまずいことをぼやいている。
わたしやガルドさんは告げ口なんかしないから、こぼしているんだろう。
この口調だと、今までにも色々小さな問題があったみたい。
ここは人族の領地で、今までもなんとかルタ地域だけで魔物を食い止めていた。
だから、魔族に協力してもらって迷宮の採掘をしているのは、完全にこちらの勝手。
だのに現地で回しているのはレーヴィさん。
もとの医局では、院長はなんだかんだ愚痴をこぼしながらも、毎日職場にきて診察を止めたことはなかった。
「こっちにも利はあるってアイツの話だ。オレも文句はない」
「魔族のみなさんって、結構優しいですよねー」
モグラ魔族と会話はできないが、リボンに感謝したようで、採掘途中で見つけた綺麗な石をくれた。
あとは、巣の近くにあった芋を持ってきたり。……根っこごと引っこ抜いてきたから、ちょっと困った。
料理はできないので、おかみさんに渡して、夕食のポトフになった。
治療のあとも、暴走していなければおとなしく休んでいるし、ヒトより余程手がかからない。
「それはあなたの態度によるところもありますよ、絶対」
わたしはいつもどおりにしているだけなのに?
まあ、うまく回るならいいし、変えるつもりもない。
ブーツ令息相手には、令嬢状態をつくらなきゃだけど。
「補充の約束はとりつけましたから、あとは無理しないでくださいね」
「はい、大丈夫ですよー」
医局でも騒ぎはちょくちょく起きていた。
対処方法は先輩にも教わったし、実践したこともある。
全員分のお皿を重ねて洗い物を手伝っている間、男性二人がなにやら話していた。
普段やってこない、しかも仕事をしない偉いひとがくると、大変なんだなぁ。
午前中はレーヴィさんと一緒に官舎へ行って、診療記録をまとめていった。
いつもなら救護室のほうでやるんだけど、ブーツ令息が執務室にすわっていたからだ。
「これも大切なことですからー」と先に言えば、素晴らしいとか献身的とかのたまって邪魔はしないでくれた。
レーヴィさんがこれだけは確認してほしい書類を渡していって、滞っていた案件も片づいていく。
坑道が完成したら、今度は周辺の建物を建築することになるが、人員が足りないとか、そういう話らしい。
わたしがいつもどおり事務作業をしていれば、あちらも働くはずですというレーヴィさんの言葉どおりだった。
いつもなら手紙を出して返事を待って、と日にちがかかっていた諸々が、あっという間に片づいていく。
昼食はブーツ令息と一緒に食べた。
レーヴィさんたちは同席不可と言われて、官舎の使っていない部屋で、二人だけの食事。
護衛のひとたちの分は当然のようにない。
専用の料理人まで連れてきていて、久しぶりに豪華な食事を見た。
どうりで馬車が多いと思った。おかみさんのごはん、おいしいのに。
「セレアドリエール嬢、食後は少し歩かないか?」
メニュー内容をいちいち説明してくれるのを聞き流して、ようやく終わりが見えてきたころ、誘われた。
午後も仕事するべきだと思うけど、必須の書類は片づいている。
だったら官舎から令息を離すほうが、みんなも仕事がしやすいだろう。
わかりましたと応じて、ゆっくり食事をし、お茶も飲んでなるべく時間を潰してから、外へ出た。
ブーツ令息に手をとられ、歩いて行く。
わたしのいつもの視界では、骨だけだから、皮膚が見えない。
だから、接触はあまり好きじゃないし、したくない。
見えないなにかにさわられていて、しかも体温でぬるいから、すごく奇妙な感じ。
腕を組むほうがマシだけど、ブーツ令息とはしたくないので我慢する。
「護衛に周囲を確認させたら、美しい場所があると教えてくれてな」
「そうなのですねー」
護衛の使いかたが間違っている。
ガルドさんたちのおかげで、敷地内は安全だとはいえ、なにかあればレーヴィさんたちの責任になる。
そのあたりを考えて動いてほしい。
今は後ろに護衛がついてきているから、万一があっても大丈夫かな。
進んでいく方向は覚えがある、ガルドさんに案内してもらったところだ。
「ああ、見えてきた。白い花畑だ。あの夜会でも今日も、白いドレスだから、あなたに似合うと思ったのだ!」
白いドレスは親が勝手に仕立てたものだ、髪の色に映えるとかなんとか。
普段の服が薄いのは、血が見やすいから。
必要だからそうしているのであって、似合うとかはどうでもいい。
ブーツ令息はどんどん進んでいこうとするので、軽く手をひっぱった。
「お言葉ありがとうございますー。ですけれど、花畑は蜂魔族の生息地であることは、ご存じですかー?」
「は? 魔族?」
知らないらしい。いや、説明はあったはずだから、忘れているのかな。
危険に関することはちゃんと覚えておかないと、部下がいる身は特に。
かなり近づいたからか、大きな蜂が飛んできた。外骨格からして、女王だろう。
ブーツ令息は「ひぃっ!?」と叫んでわたしの手を離す。
あろうことか剣を抜こうとしたので、前に立って急いで女王に声をかけた。
「こんにちはー、花畑を見にきましたー」
わたしのことはちゃんと覚えてくれていたらしく、ぴたりと止まる。
普通は兵隊蜂だっけ? が偵察にくるだろうに、女王が先にきたのも、わたしがいたからかも。
「こちらの人族は、あなたの立派さにびっくりしたみたいですー、驚かせて申し訳ないですー」
実際、女王の姿は立派だ。
視界を切りかえると大きさだけでなく、蜂特有の縞模様も均等で美しいことがわかる。
羽も普通の蜂と違い、輝いているし、目の奥には知性が見える。
わたしの言葉に、女王蜂は羽を震わせると、すいっと花畑へもどった。
とりあえず、怒らせずにすんだようだ。よかった。
「蜂魔族は外敵から我々を守ってくれていますー、刺激せぬよう、下がりましょうー」
令息に声をかけると、こくこくとうなずいて、先を歩きはじめる。
エスコートのことも忘れているようだ、さわらなくていいから指摘しない。
しばらく歩くと、ようやく落ちついてきたのか、わたしの隣に寄ってくる。
べつに手をさし出す気はなくて、そのままにした。
「さっきは、その……失礼した。だが、私を守ってくれたあなたは、やはり女神のように美しかった!」
なんだそれ。
よく女神のようって使われるけど、女神の姿は芸術家によってかなり見た目が異なる。
たとえるのなら、誰の作品を参照しているか示してくれないと、理解できない。
それに、結果的に令息を守ったように見えても、開拓地の平和のためだ。
色々と勘違いされている、訂正しないと。
「ここで再会できたのも運命だろうし、王都にもどったら、正式に婚姻の申し出を……」
「──どこへ行ってたんだ?」




