表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮の糸 第1部 The Lotus Threads.  作者: 村井由弥
第1章 花中の君子
PR
9/30

1ー⑨ 花中の君子(2)

 彩羽はスケッチしている最中、一度だけさっきまで2人でいた東屋(あずまや)を振り返ったが青年の姿は見えなかった。またゴミ拾いに行ったのかもしれない。

 

 静かにそこにいる蓮池と対峙(たいじ)しているうちに、少しずつ冷静さを取り戻した彩羽はさっきの青年とのやり取りを振り返り、もしかすると彼なりのユーモアだったのかもしれないと考え直した。

 これが絵を描く対象物だったら、自分の知らない側面を見つけたときはすんなりと受け入れられるし、むしろ面白いとも思う。どうしてあのひとの場合は息が詰まってしまったのか。

 

 こんなとき、双子の妹の実咲(みさき)だったら明るく笑って上手く答えて、さらに親しくなるきっかけにするのかもしれない。けれど揶揄(からか)われたと思った自分は上手く応答できなかった。

 幼少期の頃から社交的に器用に立ち回れなかった自覚はあるが、大学生になったいまも対して変わっていない。


 彩羽は片付けて東屋に置いてあった荷物をまとめ、出口への小道を重い足取りで歩き始めた。

「おつかれさまです」

 背後から声がして振り返ろうとすると『そのままで』、と静止された。蓮池の青年れんの声だった。


「すみません」

「え?」

「先ほどは」

「いいえ……」

「よくなかったですよね。反省しています。すみません」

「そう、ですか」


芙蓉(ふよう)にも(しか)られました」

 青年の靴の底が雑草をそっと踏む音が聞こえた。

「反省します。それだけです。さようなら」


 青年が言い終わる前に、彩羽は(なな)め後ろを振り向いた。そして思わず眉をひそめた。

 髪で(なか)ば隠れて表情はわからないが、首をもたげた様子はこれまで彼の表情のなかでいちばん暗かった。このあと(どろ)の池に入水しかねないほどに。


「あの」

 彩羽は思わず青年を引き留める。

「だい、大丈夫です。わたしは気にしてません。あとお掃除……お疲れさまです」

 

 彩羽はつい、遠足中に引率者からはぐれて不安そうな子供を(はげ)ますような言い方をしていた。出どころのわからない罪悪感すら覚えた。彩羽の声は知らないうちに普段通りのトーンに戻っていた。


 うつむいていた彼は顔を上げ、たどたどしく言葉をつなぐ彩羽を見て再び目線だけを下ろした。


「髪、切られたんですね」

「あ、はい……」

 (うるお)いを含んだ青年の藍色の瞳が、まばたきにより微かに揺れた。そしてゆっくりと口元は笑みを()う。


「また来てください」


 ひたあい駅から家までの帰り道、彩羽は空色からラベンダーに淡く移染(いせん)してゆくビルの上空を(なが)めながら歩いた。

 やっぱり源氏名なんじゃないかな、(はす)(きみ)。などと思いながら。


 第1章おわり

 第2章につづく

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ